(2021年12月3日)
本日の東京新聞朝刊に、「女子テニス中国大会中止 WTA発表 彭帥選手の安否懸念」の記事。中沢穣記者が北京から送稿しているものだ。現地特派員の存在は重要だと思わせる。
【北京=中沢穣】中国の女子プロテニスの彭帥(ほうすい)選手(35)が張高麗(ちょうこうれい)前副首相(75)に性的関係を強要されたと告白した問題で、ツアーを統括する女子テニス協会(WTA)は1日、香港を含む中国で開かれる全ての大会を中止すると発表した。女性の権利侵害に対して厳しく臨むべきだとの声が国際的に高まっており、来年2月の北京冬季五輪に政府高官などを派遣しない外交ボイコットの議論が各国で加速する可能性もある。
◆中国外務省「スポーツ政治化に断固反対」
WTAのスティーブ・サイモン最高経営責任者(CEO)は声明で「中国は極めて深刻な問題に、まともな方法で対応していない。彭さんが自由で安全かどうか、検閲や強制、脅迫を受けてないかについて、重大な疑念を抱いている」と非難した上で、「検閲なしで、透明性のある完全な調査の実施」を要求した。
中国では2019年に女子ツアー9大会が開催されており、中止がWTAの財政に打撃となるのは必至だ。しかしサイモン氏は「中国で大会を開いた時に選手やスタッフが負うリスクを憂慮している」と訴えた。
これに対し、中国外務省の汪文斌(おうぶんひん)副報道局長は2日、「中国はスポーツを政治化する行為に断固反対する」と述べた。冬季五輪の外交ボイコットへの飛び火を警戒しているが、中国は香港や少数民族問題などに加え、女性の権利侵害という新たな問題の火種も抱えた形だ。
なんとも胸のすくようなWTAの清々しい姿勢ではないか。そして、これと鮮やかな対照をなす中国当局の反吐の出るような薄汚い反応。
事態に複雑さはない。副首相の地位にあった権力者が、女子テニスプレーヤーに性的な暴行を加えた。被害者がネットに、そのように告発したのだ。もちろん、その真実性が確認されたわけではない。しかし、その内容は冗談で言えることではない。弱い立場にある者が、渾身の覚悟で社会に世界に訴えたものであることは、容易に理解可能である。
普通の社会なら、まずは性的被害を告発した被害者の言い分に耳を傾け、次いでその真偽を加害者とされた者に確認することになろう。社会的な糾弾も、刑事訴追も迅速におこなわれねばならない。当然のことながら党の体質に対する厳しい批判も徹底されることになろう。
ところが、そのような真っ当なプロセスは、断ち切られたままなのだ。中国のメディアは党幹部の違法を追求できないのだろうか。中国の刑事法は、権力者を処罰するようにはできていないのか。
むしろ、被害を訴えた者の消息が不明となり安否が気遣われるという恐るべき事態となっている。中国に人権はないのか。人権擁護のシステムはないのか。WTAの、「選手の人権を擁護するため」とする対抗措置は、道理のあるものと受けとめられねばならない。
中国外務当局の「中国はスポーツを政治化する行為に断固反対する」という声明は噴飯物である。要するに、中国にとって面白くないということを表白しているだけで、何も述べてはいないのだ。「政治化」をマイナスイメージのレッテル用語に使うと、自らに跳ね返って来ることにもなろう。
「スポーツを政治化する行為」とは、冬季オリンピック開催を中国の国威発揚の手段とし、あるいは共産党権力の強大さを誇示する機会として利用することである。女性プレーヤーの人権擁護のためのWTAの措置を「スポーツを政治化する行為」という発想が理解できない。そもそも、この局面でなぜ外務当局が出てくるのだろうか。それこそ、「スポーツを政治化する行為」ではないか。要するに、党のため・国家のために不都合な行為は、どんなレッテルを貼ってでも糾弾しようというだけのことでしかない。
そこまでの中国当局の反応には、さして驚かない。驚くべきは、次の中沢穣記者の報告である。
◆一方、この問題は中国では一切報道されていない。元最高指導部メンバーである張氏の性的スキャンダルは共産党の権威を傷つけかねず、習近平(しゅうきんぺい)指導部がサイモン氏の求める調査(「検閲なしで、透明性のある完全な調査の実施」)に応じる可能性は乏しい。
北京の現地で、下記URLのような現場写真や記事を送ってきている中沢穣記者が、「この問題は中国では一切報道されていない」というのだから、間違いなかろう。香港では難しかった報道統制、中国本土でなら徹底できるのだ。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/144438
共同通信も、「彭帥さんの放送中断 中国 NHK海外ニュース」という、次の記事を配信している。
【北京共同】中国で2日夜、NHK海外放送のニュース番組が中国の元副首相に性的関係を強要されたと告白した同国の女子テニス選手、彭帥さんの問題を伝えた際、放送が中断された。中国当局は国内で彭さんに関する騒動に注目が集まらないよう、徹底した情報統制を敷いている。
中国は「民主主義の形は一つではなく、各国それぞれの民主主義のスタイルがある」という。自国民の性犯罪被害を、加害者が党幹部だからという理由で秘匿し、徹底して報道を統制する。これが「中国流の民主主義」であり、中国流の「人権」状況なのだ。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2021.12.3より
http://article9.jp/wordpress/?p=18077
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://article9.jp/wordpress/?p=18077
〔opinion11541:211204〕