――八ヶ岳山麓から(503)――
昨年12月25日、中国環球時報紙は黒龍江省社会科学院東北アジア研究所研究員の笪志剛(たんしごう)氏の「日本に対中国外交の『確定』を求む」という論評を掲載した。
まず笪氏は、岩屋毅外相の中国訪問を評価して次のようにいう。
「現在、権力基盤の脆弱な石破茂政権にとって、中国との関係改善はまさに急務である。1972年田中角栄が政権をかち取った直後に当時の大平正芳外相を中国に派遣し、日中関係の『破氷』を達成しようとしたペースと、石破茂政権成立直後の岩屋毅外相の訪中とは、その速さの点で酷似している」
注)大平外相は、日中国交正常化のために田中角栄首相が訪中したとき同行したのであって、「田中角栄政権成立直後の大平外相の訪中」はなかった。
あのとき、中国では日本が中国に日中戦争の謝罪に来たといわれた。笪志剛氏はこれを念頭に置いて発言しているようだ。
笪氏は、論評の末尾でふたたび岩屋外相訪中にふれて、「(日本外交は対米依存という)制約があるにもかかわらず、石破内閣の発足以来、日中関係の安定的発展に向けて発表された前向きなシグナルは、依然称賛に値するものである」という。岩屋外相訪中がこんなにほめられてよいものか、わたしにはいまのところわからない。
不思議なことに、笪氏は日本の対中国外交を論じながら、福島第一原発の処理水海洋放出、日本水産物の中国輸入停止、中国での邦人拘束、尖閣海域での中国海警船の航行、中国による日本近海でのブイの設置などの日本が懸案とする事項にまったくふれていない。台湾については従来の主張を以下のように繰り返しただけだ。
「日本側が……一つの中国の原則を揺るぎなく堅持し、中国に対する客観的・理性的・積極的かつ友好的な認識を確立し、『相互協力のパートナーであり、互いに脅威とならない』といったコンセンサスを実際の行動に反映できるかどうかが、両国関係改善の見通しに影響を与える」
また、笪氏は石破氏が著書で日米地位協定の再検討を主張したことを念頭に置いて次のようにいう。
「アメリカの政権交代は大きな不確実性を生むだろうが、日本に微妙な外交状況をもたらす。石破茂内閣が内外の利害に基づいて中国との関係改善を図ろうとすれば、アメリカ政府の中国封じ込め抑圧政策と『衝突』する」「また『対米同権』を図り、『対中関係改善』を望むとき、石破がどの程度の意志を持ち、ワシントンからの圧力にどこまで耐えられるかは、ことに直面するまではわからない」
笪氏はさらに、日中関係が米中関係の従属変数であることを次のように表現している。
「石破政権が中国との関係改善において、より複雑な現実に直面していることは、もとより承知している。戦後のアメリカとの同盟関係は日本の外交・安全保障政策のカナメとされてきた。アメリカ『要因』は、日本の対中関係改善にとって、今後も大きな制約となるだろう。日本の右翼保守勢力はアメリカをいわゆる『国の基本』とさえ呼んでいる。アメリカからの『脱却』を望む日本の政治家は、ほぼ例外なくワシントンから警告され、牽制されている」
これだけわかっていれば、日本が対中国外交において、ワシントンからの圧力に押し切られることは明らかである。「直面するまではわからない」問題ではない。日米地位協定の検討に入ることもきわめて難しい。自民党右派はもちろん反対するし、立憲民主党も国民民主党も、またその背後の「連合」も、日米同盟を支持しているのである。
笪氏の論評のカナメは以下ある。
「近年、日本はアメリカの中国牽制戦略に盲従し、政治・外交・安全保障レベルで中国包囲網に参加し、生産・サプライチェーン、科学技術の封鎖などで多くの手を打ってきたが、これは日本企業の利益に明らかな損害をもたらし、あるいは国内物価の安定や日本の一般庶民の生活に直接間接に影響を与えている」
ここにある「アメリカの中国牽制戦略に盲従し、……」という無遠慮な言い方の裏には、アメリカ・オランダ・日本3国が中国に対して行っている「半導体の対中国包囲網」がある。アメリカは2018年に回線幅7nm(ナノメートル)以下の先端プロセス技術に欠かせないEUV(極端紫外線)露光システムの対中輸出を禁止するようオランダに要請した。さらに2022年に、スーパー・コンピュータや人工知能(AI)に使う先端半導体やその部品製造に必要な装置、技術について、中国への輸出を事実上禁止した。
これにオランダと日本が同調したため、中国の半導体製造装置メーカーの技術力は、日米欧の大手と互角に競える水準には至っていない。そこで笪氏は、日本に対してアメリカに「盲従」するのをやめよ、というのである。
笪氏の論評が環球時報に載った翌日、中国外交部(外務省)の外交官養成機関である外交学院の王帆院長の論評が同紙に掲載された。題して「中米関係の発展は 『競容)』に向かう」という。
王氏は、「中国の見解では、いわゆる『中国との不公正な競争』はアメリカ側の過剰な不安の産物であり、その判断自体が不公正である」とし、「アメリカは中国に適切な競争に参加させる気がないのだろうか?」という。
王氏は米中関係を「競合(競争と合作)」という言葉で定義するだけでは不十分であり、「競合」よりも「競容(競争と包容)」という言葉が必要だという。「『競容』とは、ゼロサムではなく、目的は包括的な発展であり、相互促進は相互のやっつけあいではない。競容の手段は温和・正当・合理的であって、排他的ではなく、両立可能なものであり、競容の原則の共有と共通のルールが重視される」
「『競容』を実現させるためには、まずアメリカが融和的でなければならない。アメリカ側には、特にハイテクの分野では、他国がアメリカに取って代わったり、追い越したりすることを許さないことが前提だと言う人がいる。現実には、特にハイテク分野でアメリカを凌駕できる国は世界にはないのだから、アメリカが過度に心配する必要はない」
王氏もなんだかだといいながら、トランプ氏による中国への関税制裁を警戒し、ハイテクすなわち先端半導体製造技術などの禁輸措置解除を求めているのである。
にもかかわらず、トランプ氏の関税制裁はインフレを恐れず行われるだろうし、先端半導体製造技術の解禁など問題にならない。それだけでなくウクライナ戦争をめぐる中国の対ロシア援助を問題にしてくるかもしれない。これに対して習近平氏のトランプ氏に対抗するカードは、レア・アースの輸出停止など限られたものである(習氏にとってまずいことに、この頃レア・アースはカナダやインドネシアなどでも発見されている)。
環球時報は中国共産党の準機関紙で、中共中央の意向をあからさまに示すことで知られている。これからすると、笪氏が居丈高に日本の対米従属を指摘し、王帆氏がアメリカに対して腰を低くして「包容」を求めた意味は、獅子は手ごわいから狐を恫喝したということか?
トランプ氏の対中国攻勢が始まると、中国の日本へ圧力は避けようにも避けられない。中国依存度の高い日本経済に対する習近平氏のカードはかなり存在する。石破政権は政権基盤の脆弱な中、これから難題に立ち向かわなければならない。 (2025・01・04)
初出:「リベラル21」2025.01.08より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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