中国・アセアンの恥部、広がる魔界のネットワーク

 タイと国境を接するミャンマー側のミャワディ近郊のシュエコッコという急造都市が、この2月以降国際ニュースの見出しを飾るようになった。話の発端は、中国の映画俳優王星氏が犯罪組織によってタイからシュエコッコ―にある犯罪拠点に拉致され、国際的な詐欺行為に加担させられたという事件からであった。しかし犯罪の拠点は、ミャンマーだけではなく、ラオスのゴールデン・トライアングルやカンボジアのシアヌークビルなどいくつもの地域に広がっている。それらの元締めは中国系巨大犯罪組織だとされ、パンデミックの時期から本格化したオンライン特殊詐欺などの闇ビジネスに(強制)加担している人間は、多国籍にわたり1万人以上、中国本土を中心とする被害額は640億ドルにのぼるといわれている。中国人が絡むと、犯罪のスケールが大規模化・ネットワーク化し、脆弱な統治機構ではとても太刀打ちできない。
 一昨年、ミャンマーのシャン州北東部で始まった少数民族にタアン解放戦線(TNLA)とミャンマー民族民主同盟(MNDAA)による「10.27作戦」は、発端は中国国境地帯のコ―カン自治区の首都ラオカイにあるオンライン詐欺の拠点をつぶすために、中国政府が糸を引いていたといわれる。中国政府からの再三の取り締まり要請にミャンマー国軍が腰を上げなかったため、業を煮やして警告の意味で上の二つの武装勢力による進攻作戦にゴーサイン出したのだという。この作戦で、詐欺産業に深く関与していた軍事政権寄りの民兵組織であるコーカン国境警備隊はつぶしたが、しかし薬が効きすぎて、シャン州北東部でミャンマー国軍は大敗北を喫したため、中国は慌てて少数民族武装組織に停戦をするよう圧力をかけたのである。

ラオス政府と合意して建設したゴールデン・トライアングル経済特区  YouTube
 ニ十世紀後半、ミャンマー・タイ・ラオスにまたがる国境地帯(ゴールデン・トライアングル)は、中央政府の統治が及ばず、もともとアヘンの生産地であったところである。戦後この地域のビルマ側を支配していたクンサーとか、ローシンハンといった地方軍閥は、麻薬(アヘン、ヘロイン)取引で巨万の富を築き上げた。ローシンハンは1990年代に軍事政権に帰順し、それと引き換えに様々な利権を手にし、その子のスティーブンの代になってから、ミャンマー有数の巨大なコングロマリット「アジア・ワールド」を築き上げた。ローシンハンにかぎらず、ミャンマーの大企業の本源的蓄積は、ほとんどが麻薬取引かヒスイなどの宝石採掘かによるものである。1998年、筆者は水産加工業や酒造業者などの前身を調べたことがあったが、大半はすねに傷を持つ身であり、つまりは麻薬シンジケートに関与していた。またそのほとんどが、華僑か華人系、少数民族出身であり、ビルマ族は少なかった。ビルマ族で出世しようと思えば、国軍士官学校に入り、ゆくゆくは将官となって利権に与るのが一番であった。華僑や印僑と違って商才に乏しい(?)傾向のビルマ族にとって、一族の期待を背に士官学校の狭き門をくぐり、やがて高級将校となってクロニ―(政商)と閨閥関係を築くことによって、権力と富を手にすること――それが成功のモデルとなっている。
 話を戻そう。ミャンマーの場合、内戦の激化で辺境地域の住民は生活困難に陥ったため、一時止めていたケシ栽培を復活させ生産量は急速に伸びているという。本年に入りタイと国境を接するミャンマーのゲイトウェィであるミャワディの近くのシュエコッコにある犯罪拠点では、カジノを表の顔として、その裏での麻薬(ヘロインや覚醒剤)取引や、ドラッグ・マネーの洗浄や不正送金などの犯罪が行なわれているという。そしてパンデミック以降、それに加えて、ここを拠点に大規模なオンライン詐欺が組織され、オンラインリクルート(徴募)や人身売買により世界各地―もちろんミャンマー人が多いが―から何万人という必要な人員が集められ、監禁同然にされて犯罪行為を強いられているのである。

シャン高原でのケシ栽培。窮乏した民が生きのびるために。イラワジ  
 現在、シュエコッコの一斉摘発で前面に立っているのは、カレン族の分派組織である国境警備隊(BGF)である。彼らは1994年にカレン民族同盟(KNU)から脱退し、軍事政権に寝返った仏教徒カレン族民兵組織であり、「民主カレン仏教徒軍」(DKBA)を自称する―カレン族主流は、バプテストなどのキリスト教セクトに属する。彼らは寝返りの報償として、非合法の犯罪ビジネスを含む国境貿易の利権を手に入れた。反政府ポータル・サイト「イラワジ」によれば、この軍閥は、バンコクの刑務所に収監されている悪名高い中国人犯罪者シェ・ジージャンが所有するヤタイ・インターナショナルとの合弁事業で、ミャワディ郡区の詐欺センター拠点シュエコッコを運営している。タイの特別捜査局(DSI)は先々月、人身売買の容疑でBGFのリーダー3人、ソーチットトゥー

カレン族軍閥DKBAのリーダーであるソーチットトゥー大佐 イラワジ
大佐、モートトーン中佐、ティンウィン少佐の カレン族軍閥DKBAのリーダーであるソーチットトの逮捕状を請求したという。これはミャワディ一帯の治安秩序を取り仕切るカレン族国境警備隊BGFが、じつは違法ビジネスに深く組み込まれていることを表している。これは泥棒に金庫の見張り番を頼んでいるようなもので、それがこの種の組織犯罪が国境地帯で栄える原因ともなっている。シュエコッコでの犯罪に何らかの形で関わっているのは、中国人組織犯罪グループ、ミャンマー地方軍閥BGF、ミャンマー軍事政権、タイ政府の官吏らである。かれらは、習近平政府がサイバー詐欺の甚大な被害――十数万人の人狩りと強制労働、数百億ドルの被害――に怒り、本格的な取り締まりを迫ってきたので、タイ軍や警察はやむなく摘発に乗り出しただけであり、もとより彼らにしてもそこからリベートを受け取る犯罪ビジネスを根絶する気はさらさらないであろう。国連の報告書では、違法カジノやサイバー犯罪、人身売買、売春、マネーロンダリングなどの違法行為の一大拠点になっていると指摘されている。しかしもぐら叩きのように、一か所摘発されてもただちに別の場所に移動し、組織本体は傷つかないシステムがつくり上げられている。恐るべし、4、5000千万人といわれる華僑、華人のネットワーク力である。

<ゴールデン・トライアングルは中国の植民地>
 ゴールデン・トライアングルに来ると、まるで中国の植民地に来たかのような気分になるという。市内では中国の標準時間が使われ、中国とタイの通貨が使われ、車のナンバープレートの番号は中国語で書かれている。圧倒する中国語の看板と溢れる中国製商品、立ち並ぶ中国料理店。ラオス政府と中国企業との合意事項の一つ、開発プロジェクトの建設作業の90%にラオス人を雇用するという条項は後に無視された。その後、中国企業はミャンマー人労働者を大量に雇用し始めた。約4万人のミャンマー人不法移民労働者は、経済特区の建設に従事した。もっとも最近では労働人口構成が変化しており、低賃金の肉体労働ではなく、より若く教育水準の高いミャンマー人が詐欺センターで働くようになっている。中国政府からの圧力が強まっているので、中国人相手のオンライン詐欺商法から、アメリカをはじめ他の富裕な国の人々へ転換しつつあり、したがって英語が堪能なものは、かなりの高給で雇われるという。
 昨年6月、地元ポータル・サイト「Frontier Myanmar」は、ラオスの国境地帯にある「ゴールデン・トライアングル」の闇を暴く調査報道を行なった。それによれば、ラオス最大の経済特区「ゴールデン・トライアングル」は、シュエコッコ同様、賭博、マネーロンダリング、売春、人身売買、野生動物の密売、そして最近ではサイバー詐欺で悪名高い。2007年に香港登録のキングス・ロマンス・グループによって設立された。同グループは中国のギャング・ボス、趙偉が運営しており、彼は2018年に米国から数々の犯罪行為で制裁を受けたという。
 カジノの創設者である趙偉は、このプロジェクトを実行するためにラオス政府の協力を仰いだ。同氏は、観光客を誘致し、貧困地域の発展を助けるためにカジノと特別経済区(SEZ)を建設すると述べ、ラオス政府は同氏に協力した。しかし2018年1月、米財務省は趙偉の国際犯罪組織に対する制裁を発表し、キングス・ロマンス・グループ傘下の香港登録企業2社をそのフロント企業として名指しし、同グループの所有者である趙偉とその妻である蘇桂琴を組織のリーダーとして特定した。同省は「趙偉の犯罪ネットワークは、人身売買や児童売春、麻薬密売、野生生物密売など、一連の恐ろしい違法行為に関与している」と報告している。

巨大犯罪組織の中心、中国国籍の趙偉     YouTube
 また同報告によると、絶滅危惧動物の密売を伴う活発な産業が中国人観光客の取引を中心に成長しているという。経済特区内のレストランのいくつかは、トラ、センザンコウ、クマの子、ニシキヘビなどの「エキゾチックな」肉を提供している。メニューにはクマの手、オオトカゲ、ヤモリ、ヘビ、カメなどが堂々と含まれている。これらはいずれもラオスが加盟しているワシントン条約に違反している。椅子以外、四つ足は何でも食べるという中国人の食の旺盛さを表しているとも言えなくはないが、健康と長寿を願っての薬用効果、さらには金満故に可能な、これみよがしの贅沢趣味からきているのではないか。熱帯ジャングルの野生動物はパンデミックの発生源となる可能性が高く、それを食する危険性ははかりしれないであろう。
 ミャンマーの内戦が激化するなか、公務員の市民不服従運動CDMなどの反体制運動に参加したものの、職を失い窮地に陥ってやむなく国境を越え、ラオスのゴールデン・トライアングル経済特区に渡ったものも少なくないという。現在、オンライン詐欺に対する中国政府の対策が本格化してきているので、詐欺の標的を中国人から他の富裕な国に転換する必要もあって、英語話者のリクルートに力をいれているらしい。他方、ミャンマー内戦で貧困化した一般の移民労働者や徴兵逃れでやってくる若者たちは、足元を見られて低賃金で搾取されるという。例えば、1か月で1万元(約20万円)を稼ぐノルマを果たさなければ、暴行を受けたり、懲罰を課されたりする――先ごろNHKの「クローズアップ現代」で、暴行される映像が放映された。役立たずの烙印を押されて、ブローカーから売春婦として売り飛ばされる女性もいるという。確かな数字はないが、経済特区には4万人から5万人のミャンマー人が住んでいると推定されている。コンピュータースキルを有したり、英語ができたりすれば、月に300万~400万チャット(25万円前後)も稼ぐことができるという。国連開発計画(UNDP)によれば、国民の半数が、2023年現在、1日あたり1,590チャット(約116円)(2023年)未満の貧困線にあるとされている国では、目の飛び出るような高額の現金を手にすることになる。
 「Frontier Myanmar」によれば、ミャンマー最大の少数民族武装勢力であるワ州連合軍(UWSA)自身が、ゴールデン・トライアングルの非合法ビジネスにかんでいるという。越境を手助けするブローカーであったり、経済特区にあるカジノやオンライン詐欺拠点の警備員であったりしている。問題は、警備といっても、ホテルなどの一般警備もあるが、オンライン詐欺の強制労働をさせられているミャンマー人やフィリピン人が、拠点から逃げ出さないよう見張る役割も負っている。ワ州連合軍(UWSA)は、中国との結びつきが強く、ワ州で通用する通貨は元であり、通用語は中国語(ワ語や北京語)である。犯罪ビジネスへの加担は、組織の上層部にまで及んでいるとみていいだろう。

きらびやかな不夜城であるカジノとホテル。       FOM

2024年 6 月、ラオスのゴールデン・トライアングル経済特別区に建つ カポックスターホテルと併設のカジノ。         FOM

キングス・ローマンズ・カジノ         イラワジ

 最後にオンライン詐欺の手口を紹介しておこう。それは「豚の屠殺」として知られる一般的な手法である。詐欺メンバーは、例えばシングル・マザーを装って、ソーシャルメディアでターゲットを探索し、見つけると、未来の被害者を説得して暗号通貨プラットフォームに投資させ、多くの場合、オンラインで恋愛関係を築く。相手は多くの場合、有産だが孤独をかこつ男性がカモとなる。最初は慎重な相手は通常、少額の資金を投資するが、すぐに大きな利益を得て、さらに投資するように説得される。有り金が尽きたと見えた段階で、「豚」は屠殺される。つまり、お金はすべて引き出され、被害者はすべての通信プラットフォームでブロックされるのである。

 「大阪維新の会」の橋下や松井が、当時の安倍首相の後押しを受けて事業化した大阪万博やカジノ。カジノが東南アジアで広がっている組織犯罪の温床となっている事態は、調べればすぐにわかることであったろう。新自由主義のもたらした経済社会の荒廃を前にして、真正な労働倫理と真っ当な地域経済の再生に努めるのではなく、バブル経済の尻馬に乗って一攫千金の夢を煽る危険な政治家たち――彼らの跳梁を許してはならないと、改めて思う次第である。


〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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