中間所得層の底上げを最優先 -オバマ大統領が再選に向け闘争宣言-

アメリカ南部ノースカロライナ州シャーロットで9月4日から開催された米民主党全国党大会は最終日の6日深夜(日本時間7日昼)、民主党大統領候補に正式に指名されたバラク・オバマ大統領(51)が指名受諾演説を行って閉会した。大統領はこの演説で、僅差で争う共和党のミット・ロムニー候補(65)の富裕層優遇の経済政策は間違っていると断言、厳しい状況にある経済の再建には時間がかかるとした上で、中間所得層の底上げに最優先で取り組むとの闘争宣言を発した。

雄弁で鳴るオバマ氏の演説は全米にテレビで生中継され、深夜にもかかわらず数千万人の人々が視聴したものとみられる。オバマ氏は、失業率が8%台に高止まりするなど厳しい経済状況が続いていることについて「数十年間にわたって積み上げられてきた課題の解決には数年以上かかるというのが真実だ」と述べ、現政権が取り組んでいる経済再建が成果を上げるにはさらに時間が必要だと選挙民に理解を求めた。さらに市民ひとりひとりの投票が「ひとつの世代(約30年間)を左右する選択になる」として、中長期をにらんだオバマ公約を実現するため再選への支持を強く求めた。

4年前のコロラド州デンバーで開かれた民主党大会では、メーン・スローガン “We can change” つまり「オバマでアメリカを変えられる」を叫ぶ若者たちの熱気が溢れていた。この熱気がその後の選挙戦を通じて市民に伝わり、2008年大統領選でオバマ氏は共和党ジョン・マケイン候補(上院議員)に楽勝した。しかし今年は4年前のヤングの熱気が失われているだけでなく、失業率が高止まりして景気回復が弱い現状では「経済に強い」ことを売り込むロムニー候補が手ごわいライバルである。

この勝負、世論調査で見ると大激戦が予想される。8月末の共和党大会の直前に発表されたABCテレビの数字では、ロムニー支持47%、オバマ支持46%と過去5カ月間で初めてロムニー氏がリードした。しかし今度の民主党大会の直前9月2日に発表された、主要世論調査の平均値ではオバマ46・4%、ロムニー46・3%とほぼ並んだ。民主党大会でのオバマ演説の評価が出そろってから行われる次の調査でどんな数字が出るか。いずれにしても2012大統領選は大接戦となることは間違いない。

今年の民主党大会は、中間層を重視するオバマ戦略が目立った。大会初日の4日の基調演説者に抜擢されたヒスパニック(中南米)系の若手有望株、南部テキサス州サンアントニオ市のフリアン・カストロ市長(37)は、多くの事例を引いて共和党ロムニー候補が中間層の現実を理解していないと酷評した。共和党地盤テキサス州で民主党市政を保つカストロ市長の全国クラス政治家への登竜門となる演説だけに、富裕層優遇政策のロムニー候補批判は一段と注目された。

夫と並ぶ「アメリカン・ドリーム」の体現者として、特に女性の間で人気の高いミシェル・オバマ大統領夫人(48)も大会初日の演壇に立った。夫人は難病と闘いながら自分を大学に通わせてくれた父親の思い出や、銀行で働きながらオバマ氏を育ててくれた同氏の祖母の苦労話を紹介。オバマ氏にとって医療保険改革や減税など中間層支援策は、政治的思惑から出たものでなく体験に基づいた信念だと強調し「夫は信頼できる人」と述べて、万雷の拍手を浴びた。

大会2日目に最も注目されたスピーカーはビル・クリントン元大統領(66)だった。11年前にホワイトハウスを去ったクリントン氏だが、市民の間にまだ好感度が極めて高い。クリントン氏は「オバマ氏は深く傷ついた経済を引き継ぎ、回復への長く困難な道のりを歩き始めた」ばかりだと述べ、長引く経済低迷に理解を求めた。また「彼は何百万もの雇用を生む、近代的でよりバランスの取れた経済の基盤をつくった」として、政権2期目での経済再生を保障できると述べた。

さらにクリントン氏は「勝者が全てを持ち去るような社会を望むなら共和党候補を支持するがいい」と述べ、ロムニー氏が主張する富裕層優遇策や「小さな政府」路線は、米国が歩むべき道ではないと訴え、喝采を浴びた。オバマ陣営が大会2日目のメーン・スピーカーにクリントン氏を起用したのは、同氏が現職だった1990年代の経済ブームを思い出させることで鍵を握る中間層に加え、オバマ氏の課題である白人有権者への支持拡大を狙ったものとされる。

2008年大統領選の予備選で夫人のヒラリー氏を破ったオバマ氏とクリントン氏の間には「齟齬」があった。その当時オバマ氏を批判したクリントン発言のビデオを、ロムニー陣営は今回のクリントン演説が好評だったのを見て、あらためてテレビのCMで流した。しかしヒラリー氏がオバマ大統領と絶妙のコンビを組み、国務長官(政権ナンバー2のポスト)として大活躍している現状では、このCMの効果はあまりなかったようだ。

フロリダ州タンパで8月末に開かれた共和党大会の出席者は圧倒的に白人が占めていた。しかしシャーロットの民主党大会参加者は、白人だけでなく黒人や中南米系ヒスパニック、先住民ら異なる人種・民族のほか同性愛者らマイノリティー(少数派)も多く集まり、多様な支持層を包み込む民主党らしい風景だった。オバマ氏がことし5月同性婚を支持することを表明したこともあって、今度の党大会で採択された民主党綱領でも同性婚支持を打ち出した。今回党大会では史上初めて50州全てから同性愛者の代議員530人以上が出席した。同性愛者の間では「もしロムニー候補が当選すれば同性愛者の権利は大きく後退する」との危機感がバネになり、オバマ支持が強く打ち出されている。

さて米国の政治アナリストによると、9月2日時点でのオバマ氏支持率46・4%は1960年代以降の再選を狙う現職大統領の支持率としては最低だという。祝祭気分の民主党大会で行った対ロムニー闘争宣言に熱狂的な喝采を浴びたオバマ氏だが、資金量でオバマ陣営を凌駕したロムニー陣営の宣伝攻勢が激化する今後2カ月間に、情勢を有利に転換できるだろうか。10月に入ると候補者本人同士のTVディベートが3回、副大統領候補同士の民主党ジョゼフ・バイデン副大統領(69)と共和党ポール・ライアン下院予算委員長(42)のTVディベートが1回行われた後、11月6日の投票日を迎える。

アメリカの大統領選挙はもとより全米50州と首都ワシントンで2億数千万人の有権者を巻き込む一大政治決戦だが、プロの政治アナリストによると本当の勝負はせいぜい9つの激戦州をどちらが獲るかによって決まるのだという。米大統領選とは、人口に応じて各州に割り当てられた選挙人(総数270人)の過半数をどちらの党が獲得するかの勝負である。これまでの流れで民主、共和両党はそれぞれに固い地盤を持っている。例えば西海岸のカリフォルニア州は民主党の、南部テキサス州は共和党の地盤である。

ところがその時の風向きで民主党を勝たせたり、逆に共和党を勝たせたりする「揺れる州(swing states)」というのがある。わかりやすい日本語で言えば「激戦州」である。選挙情勢分析サイト「クック政治リポート」によると、現時点で優劣が判定できない激戦州は西部のコロラド、ネバダ、南部のノースカロライナ、バージニア、フロリダ、中西部のアイオワ、ウィスコンシン、オハイオと東部のニューハンプシャーの9州である。ぎりぎりの勝負はこの9州の200万人ほどの有権者、そのうちの30%強の浮動票がどちらに転ぶかだという。なるほどとは思うが、選挙プロの分析は何やら味気ない。

衰退中とはいえ世界一の軍事・経済超大国アメリカを、今後4年間誰が統率するかというのはアメリカ市民だけでなく日本を含めた世界中の大問題である。右旋回をしている共和党が政権を握れば、アメリカ外交のエゴイズムが一層極まりそうで従属国日本としてはやり切れない。しかしオバマ政権があと4年間続くとしても、在沖縄を始めとする在日米軍基地を使って対中戦略を進めようとする方針に変わりはなく、オスプレイの普天間飛行場配備をごり押ししてくるだろう。将来の核兵器廃絶を掲げ続ける民主党のほうが共和党よりましに見えるが、対日政策を見るとオバマを贔屓する気にもなれない心境だ。

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