2012年は4年に1度の閏年。2月が29日まで、1年は366日あって、平和とスポーツの祭典オリンピックの開かれる年である。国際政治では重要な日程が目白押しだ。アメリカで11月、ロシアで3月に大統領選挙が行われ、中国では今秋10年に1度の最高指導者の交代が予定されている。ソ連崩壊後20年、勝利したはずの資本主義体制は基軸通貨ドルの不安に怯え、それを補強すべき欧州単一通貨ユーロも発足以来13年ぶりの危機に沈んでいる。ソ連なき後の世界でアメリカが唯一の超大国であることに変わりはないが、イラクとアフガン戦争で疲弊したこの国は、上り龍の勢いを持つ中国に太平洋の覇権を脅かされそうだ。中東は激しく揺れているし、2012年の世界は波乱含みの気配である。
まず1月14日に台湾の総統選挙がある。北京との関係が良い国民党の馬英九現総統(61)と北京が台湾独立派と警戒する民進党の蔡英文主席(55)=女性=の勝負である。下馬評では互角の争いとみられており、結果は予断を許さない。2008年の前回総統選では8年間続いた民進党から国民党が政権を奪回、民進党政権下でぎすぎすした中国本土との関係を飛躍的に改善した。
こうした実績から馬英九氏が数㌽リードしていたが、昨年10月馬氏が「今後10年以内に中国との和平協定の締結について可能性を排除しない」と発言したことがきっかけで支持率を減らし、蔡英文氏に並ばれた。独立でも統一でもない「現状維持」を望む住民が87%という現状では、どちらが勝っても対本土関係で大きな政策変更はできないだろう。もし民進党が勝った場合北京がどう反応するか、場合によっては波乱が起きるかもしれない。
その中国本土では、秋に中国共産党第18回党大会が開かれる。5年ごとに開かれる共産党大会は、共産党独裁の中国で最も重要な会議である。このところ共産党トップ人事は連続10年間、つまり2回の党大会の間は動かさない慣例になっているが、今年の党大会はトップが代わる順番である。胡錦濤総書記の後任には早くも習近平政治局常務委員が内定している。中国では共産党の総書記が国家主席を兼ねることが慣例化しており、既に国家副主席になっている習近平氏が国家主席に就任することは事実上決まっている。また温家宝首相の後任には李克強政治局常務委員兼副首相が内定しているようだ。
こうしたトップ人事はいつの間にか、共産党政治局常務委員会という「奥の院」で秘かに決まって、下達される。「奥の院」ではおそらく激烈な内部闘争が続けられているのだろうが、その様子は一切表には出ない。民主主義国では政治権力を争う候補者が有権者に対して政見や公約を発表し、候補者どうしで弁論を争う。電子メディアの発達と中台間の交流の進展で、台湾総統選挙のテレビ討論会の模様が中国本土のサイトでも一部公開された。これを見た本土のネットユーザーの間からは「これこそが民主主義だ」「台湾人が1票を通じて好きな指導者を選べるのはうらやましい」など台湾民主主義賞賛の書き込みが相次いだとのことだ。中国当局はその後ポータルサイト各社に台湾発の政治的映像を禁止したらしく、台湾総統選の実況は見られなくなったそうだ。
旧ソ連などの社会主義に勝利した西側の資本主義が2008年のリーマン・ショック以後変調をきたしている中、共産党独裁政府が市場経済を運営している中国は、独り高度成長を続けている。これまで先進国と自認してきた日米欧が争って、膨張する中国市場にサバイバルの期待を賭けている。中国にしてみれば、アヘン戦争の屈辱から150年を経て初めていわゆる「先進工業国」と肩を並べ、見返す時代がやってきたのだ。貿易大国、海洋国家となった中国が、海空軍力の増強に励んで、宇宙までにらんだ軍事大国化するのは避けられないと見ておかなければなるまい。
長年にわたってイラクとアフガンの泥沼に足を取られて疲弊したとはいえ、アメリカが依然として唯一の超大国であることに変わりはない。米中間の軍事力の間にはまだ大人と赤ん坊ほどの開きがあるが、第2次大戦以後一貫して太平洋の覇権を握ってきた米国としては、太平洋に進出してくる中国の動きを傍観している訳にはいかない。オバマ政権も、日韓豪などの同盟国やアジアの友好国と組んで対中包囲網構築に動き出した。かといって、財政赤字に苦しむ米国の国債を1兆ドル以上保有している「特上顧客」の中国を敵視するだけでは済まされない。貿易相手国としても投資対象国としても、米国にとって中国は年々眩しい存在になっているのだ。米国の対中政策は一面包囲、一面協調と路線を複雑化せざるを得ない。
さてその米国では今年11月6日に4年に1度の大統領選挙年が行われる。今年のアメリカでは全てが大統領選挙を中心に回転する。まずこの1月3日に行われたアイオワ州の党員集会、10日のニューハンプシャー州予備選を皮切りに、共和党の大統領候補を決める日程が8月まで続く。今のところ穏健保守派のミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事とタカ派のニュート・ギングリッチ元会議長がトップ争いを続け、以下リック・ペリー・テキサス州知事、ロン・ペリー下院議員、ミシェル・バックマン下院議員らがわれ勝ちに正統保守を売り込んでいる。各候補者とも「小さな政府」を前面に掲げて2010年中間選挙で猛威を振るった超保守派のティーパーティー(茶会)運動に目がくらんでいるようだ。そのためもあってか、全候補者出演のテレビ討論会が繰り返されているが「ドングリの背比べ」の感が深い。
一方の民主党現職オバマ大統領も、リーマン・ショック以来の景気低迷で失業率が高止まりしているため、支持率は40%台に落ちている。2010年中間選挙で下院を共和党が制したねじれ現象のため、オバマ政権が抱えた最大の課題である財政赤字対策は立ち往生している。「小さな政府」主義に凝り固まった共和党は、再生エネルギー開発計画や大型公共工事などオバマ政権の提案する景気刺激策にもOKを出さない。こんなふうにアメリカの内政が動かないのは大統領選挙年の通例ではあるが、今年はこの弊害が特にひどいようだ。
アメリカ市民もこうしたワシントン政治に不満を募らせ、格差是正を叫ぶ「ウォール街を占拠せよ(OWS)」の直接行動が広がっている。ティーパーティーやOWSのような草の根の市民運動が、今年の大統領選挙戦にどう影響するのか注目すべきポイントだろう。再選を目指すオバマ大統領が、2008年のような「オバマ旋風」を巻き起こすことはあり得ない状況だが、今の顔ぶれと彼らの論議から予測すると、共和党候補が誰に決まろうとオバマ再選を阻むことはまずなさそうである。
一方のロシアでは、3月の大統領選挙に再登場にするプーチン氏に黄信号がともっている。2000年から2期8年間大統領を勤めたプーチン氏は、憲法上の大統領3選禁止規定のため2008年の大統領選挙には出馬できなかった。身代わり候補としてプーチン氏が推薦して大統領になったのが、信頼する部下のメドベージェフ氏だった。プーチン氏はそのメドベージェフ大統領の下で4年間首相を勤めた。そして今年の大統領選挙ではプーチン氏があらためて大統領に出馬し、当選すればメドベージェフを首相に任命するというのである。
つい最近までこのタッグマッチは楽勝することが確実視されていた。全国に張り巡らされた与党「統一ロシア」の組織網が他を圧倒しているからだ。ところが12月4日の下院選挙で「統一ロシア」は得票率を4年前の64%から49%に激減、議席数も3分の2多数から辛うじて過半数を占めるという実質的“敗北”を味わった。しかもこの選挙に不正があったと抗議し、選挙のやり直しを求める野党系の大規模デモが、2回にわたりモスクワの広場を埋め尽し「プーチンなきロシア」を叫んだ。これより先、モスクワで開かれた格闘技の国際試合会場で観戦していたプーチン氏がロシア選手の勝利でリングに上がると大観衆からブーイングを浴びせられたという。
モスクワで初めて見られた反プーチン運動のバックには、米政府の息のかかった組織の存在が取り沙汰されている。クリントン米国務長官はロシア下院選挙が「自由でも公正でもなかった」と公然と批判し、メドベージェフ大統領がオバマ大統領に電話で米国の干渉に抗議するという一幕もあった。ロシア憲法の改正で今後の大統領任期は4年から6年に延長された。再選も可能だから場合によってはあと12年もプーチン大統領が続く可能性がある。プーチン・メドベージェフ体制は前後24年、旧ソ連のブレジネフ政権より長くなる。これには我慢強いロシア人の堪忍袋の緒も切れるというものだろう。
5月にはフランスの大統領選挙がある。再選をねらうサルコジ現大統領に挑戦する社会党のオランド候補が世論調査の支持率でリードしており、このままで推移すれば故ミッテラン大統領以来16年ぶりに左翼大統領が出現しそうな雲行きだ。隣のスペインでは昨年11月の総選挙で左派の社会労働党が敗れ、右派の国民党が8年ぶりに政権に就いた。イタリアも国債危機のあおりで、しぶとく政権にしがみついていたベルルスコーニ首相も昨年11月ついに辞任した。ユーロ危機を引き起こしたギリシャを始めとして、欧州では過去3カ月間に5カ国の首相が交代した。今年は何カ国のリーダーが辞任を迫られるだろうか。
お隣の朝鮮半島では金正日労働党総書記の急死で、北朝鮮で「金王朝」3代目への代替わりが起きたばかりだ。韓国でも来年2月に任期が終わる李明博大統領の後任を選ぶ選挙が今年12月に行われる。与党ハンナラ党の大統領候補としては朴槿恵(パク・クンヘ)元党代表が決まったが、野党系ではベンチャー起業の成功で有名になった安哲秀(アン・チョルス)ソウル大教授の人気が無党派の若者を中心に急上昇、世論調査の支持率では朴氏を少し上回っている。昨年10月に行われたソウル市長選挙では野党統一候補がハンナラ党候補を破ったが、その勝利には安氏の応援が大きかったと言われている。韓国でも政権交代が起こるかもしれない。この1年間朝鮮半島からは目が離せない。
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