乱世の雄」トランプ、プーチン、エルドアンの時代 - 2017年の世界を展望する -

著者: 伊藤力司 いとうりきじ : ジャーナリスト
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2017年の世界を展望するには、まずこの20日にアメリカ合衆国大統領に就任するドナルド・トランプ(70)という型破りの人物の動きに注目しなければならない。衰退し始めたとはいえ依然「唯一の超大国」を動かす責任者になるのだが、これまでの歴代アメリカ大統領とはだいぶ異なるパーソナリティだけに、何をしでかすのか予測し難い。

トランプのこれまでの発言で、彼がロシアのプーチン大統領に親近感を持っていることは明白だ。プーチンが2014年のウクライナ危機に当たってクリミア半島をロシア領に編入したことで、米国以下西側諸国が対露経済制裁に走ったことで“新冷戦”がスタートした。トランプ政権の国務長官になるレックス・ティラーソン氏は、世界一の石油会社エクソン・モービルの会長・CEOだが、ロシアの石油開発に協力、プーチンと昵懇の仲で知られた人物で、ロシアに対する経済制裁解除を主張してきた。オバマ政権が主導してきた対露制裁=新冷戦は雲散霧消する可能性が出てくる。

このトランプ・プーチン関係は、当面の世界の焦眉の問題であるシリア情勢にも大きく影響する。シリア内戦の焦点であったアレッポ攻防戦は、昨年12月20日ロシア軍の本格的肩入れでアサド・シリア大統領側が反政府側武闘組織を敗退に追い込んだ結果、2011年3月以来の戦闘が5年7カ月ぶりにヤマを越し、同30日に停戦が発効した。

問題はこの結果、オバマ米大統領に率いられたNAT0(北大西洋条約機構)諸国とペルシャ湾岸の産油国サウジアラビアやカタールなどイスラム教スンニ派諸国がアサド大統領追放のために反政府側を支援してきた大連合が、アサド側を支持するイスラム教シーア派の大国イラン、シーア派多数のイラクとレバノンのシーア派武闘組織ヒズボラ及びロシアから成る混成連合に敗れたことである。

この段階で焦点の場に登場したのがエルドアン大統領のトルコである。オスマン・トルコ帝国は14世紀から20世紀初頭までバルカン半島から、地中海沿岸の北アフリカおよびエジプトを経てアラビア半島、さらにチグリス・ユーフラテス川の流域に至る広大なイスラム・スンニ派の領域を統治した大帝国だった。第1次世界大戦で敗れたドイツ側に与したためにオスマン帝国は解体され、帝国の領土は戦勝国の英仏に植民地化され、ヨルダン、レバノン、シリア、イラク、クウェートなど現今の中東アラブ諸国の国境線が引かれた。
オスマン帝国が解体された後、新生トルコ共和国を創った英雄ケマル・アタチュルクは宗政分離の原則を定め、国事からイスラム教にまつわる物事を追放して西欧諸国型の聖俗分離の近代国家づくりを目指した。それから約80年、2002年の総選挙でイスラム教をベースにした公正発展党(AKP)が大勝利を収めた結果、エルドアン首相(現大統領)による長期政権が今日まで継続している。

国境を接する隣国シリアの内戦で、欧米と湾岸スンニ派諸国とともにシリア反体制派の支援を続けてきたトルコだが、2014年以来のロシア空軍によるアサド支援本格介入を経てシリア情勢がアサド政権生き残りに転じたのを見て方針を転換した。機を見るに敏なエルドアン大統領は、流れはオバマからプーチンに動いたことを察知した。今やエルドアンのトルコはシリア反体制派の弁護人としてロシアと渡り合い、中東全体に影響力を及ぼす「ネオ・オスマン主義」を担おうとしている。

1月8日からカザフスタン共和国の首都アスタナで開かれるシリア和平会議には、国連代表は出席するがケリー米国務長官はじめ米国や欧州諸国代表団は出席しない。このこと自体、オバマ時代を終えたアメリカがシリア介入に失敗したことを意味し、プーチンのロシアがシリアを足がかりに中東に発言権を広げていくことが予想される。

トランプ次期米大統領は多分、プーチンとエルドアンが事実上仕切ることになるシリア和平に難癖をつけることはしないだろう。米国にとって何より大事なイスラエルの安全が、アサド政権の生き残りで急速に脅かされることはなさそうだからである。トランプ政権の有力者になるトランプの娘婿ジャレド・クシュナー氏はユダヤ人であり、イスラエルにとって頼りになる有力擁護者だ。

イスラエルにとって、サダム・フセイン大統領なき後のイラクや、5年以上にわたる戦乱で荒廃したシリアは脅威ではない。目に見える真の脅威はシーア派大国イランである。イランは国連安保理常任理事国とドイツの計6カ国の代表団との3年越しの交渉の末、2015年7月に核兵器製造に必要なウラン濃縮活動を制限することに合意、6カ国側はイランに対する経済制裁を解除することを取り決めた。しかしトランプ次期大統領はこの合意を破棄すべきだと公言し、イランに対する敵意を隠していない。

トランプ次期大統領に登用された有力閣僚たちは、いずれも親分お声がかり、名うてのイスラエル贔屓・反イスラム・アラブの有力メンバーだ。任期残り少ないケリー国務長官は、国際法違反のヨルダン川西岸へのイスラエル市民の入植に反対するオバマ政権の意思を表明して、イスラエルのネタニヤフ右派政権に釘を刺した。しかし、トランプ政権はこれまで国連決議によって自制してきたエルサレムへの米大使館移転を進める意向だ。

エルサレムは、アラブ人にとって将来樹立されるはずのパレスチナ国家の首都となるべき都市である。それがユダヤ人国家のイスラエルの首都になってしまえば、パレスチナの地にユダヤ民族のイスラエルとアラブ民族のパレスチナが共存するという、理想の中東和平の構図が瓦解してしまう。これまでオバマ大統領に歯止めをかまされてきたイスラエル右派のネタニヤフ首相にとって、何とも有り難いトランプ政権の登場だ。

さて、2017年は「乱世の雄」たるトランプ、プーチン、エルドアンが、当面の世界的危機の縮図であるシリア問題に関与する姿が浮き彫りになった。しかし問題は中東だけではない。南シナ海での米中の軋轢がどうなるのか、トランプ対習近平の対決がどうなるか。トランプの登場により、にわかに乱世に突入した感のある2017年の世界がどう動くか。これからも注目してゆきたい。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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