亀裂深いアメリカ-超大国の傷口拡大  -オバマ民主党が中間選挙に大敗-

著者: 伊藤力司 いとうりきじ : ジャーナリスト
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11月4日に行われたアメリカの中間選挙でオバマ民主党が大敗、野党共和党が下院だけでなく上院でも多数を制したことは、この国の亀裂が深いことを浮き彫りにした。2008年の大統領選挙でオバマ民主党が「チェンジ」を訴えて史上初の黒人大統領を登場させた歴史的変革は、6年後の今日、完全に色あせた。

オバマ政権は、ブッシュ前共和党政権が始めたイラク戦争、アフガン戦争からの米軍撤退を実現したし、内政面では「オバマケア」と呼ばれる医療保険制度の改革を実現するなどリベラル民主党らしい政策を実現した。ところが保守の共和党は、国民皆保険制度が個人の医療に政府が介入するのはアメリカ的価値観に反するとして抵抗を続けている。

共和党支持者の多くは内心、イラク、アフガニスタンからの撤兵は「良し」としている。しかし共和党の大勢は、オバマ大統領には「イスラム国」が暴れる中東に対して断乎たる姿勢で戦争に踏み切る意志が見られず、強いアメリカの指導者としての資質に欠けていると批判する。イラク・アフガン戦争で膨大な軍費を浪費した結果、国防費の大幅削減に迫られていながら、超大国の夢を捨てきれないのが共和党のオバマ批判の背景にある。

かつて軍人大統領として人気の高かったアイゼンハワー大統領は、1961年の退任演説でアメリカという国が「軍産複合体(militaro-industrial complex)」に蝕まれつつあることを警告した。第2次世界大戦で勝利したアメリカは軍事的・経済的に超大国に上りつめた。さらにソ連との冷戦を通じて軍需産業が政界と結びついて巨大化し、アメリカの政治をゆがめつつあることに警鐘を鳴らしたのだった。それ以来1991年に冷戦が終焉するまで軍産複合体は増殖を続け、さらにソ連解体後は唯一の超大国を支える“怪物”的存在になった。

軍産複合体にとっては兵器の需要を維持することが絶対に必要であり、そのためには戦争で兵器が大量に消耗されなければならない。冷戦終焉後も1991年の湾岸戦争、2001年からのアフガン戦争、2003年に始まったイラク戦争と、米軍を主体とする戦争が続いたことは産軍複合体の存在を抜きにしてはあり得ない。

民主党、共和党を問わず連邦議員の地元州には多かれ少なかれ軍需産業が誘致され、その存在が州の経済を左右する場合が多い。そのような洲を母体とする連邦議員にとって国防予算の消長は死活問題である。イラク・アフガン戦争で膨大な軍事費が浪費された結果、オバマ政権の6年間は財政赤字に苦しんだ6年間だった。共和党が多数を握る下院の抵抗で連邦予算が部分凍結されたため、連邦職員に給与が払えなくなって国立公園などの施設が一時閉鎖されるなど、唯一の超大国らしからぬ事態も発生したことも記憶に新しい。

超大国らしからぬ、あるいは超大国としてのツケでもある巨額の財政赤字に苦しんだオバマ大統領だが、混迷する中東情勢に軍事介入をためらう弱気な大統領といったマイナス・イメージが横行した。これが5年前には70%を超えたオバマ支持率が、中間選挙を前に40%まで低下した米世論の動きだ。その背景には前ブッシュ政権を主導したネオコンを先頭に、民主党支持者も含めた軍産複合体から発せられたオバマ批判の広がりがあった。

さて連邦議会の上下両院を制した共和党だが、その内情は一枚岩ではない。リベラルの民主党に対して共和党は保守でくくられるが、「小さい政府」を極端なまでに推し進めようとするティーパーティー(茶会)派やリベルタン、イスラエル支援を最優先する超タカ派のネオコンなど。かつては共和党の主流を成していた穏健保守派は党内少数派に転落した。かつては民主、共和党間で意見が対立した案件でも、両党の長老議員たちが話し合いで妥協案をまとめるケースが多かったのに、現在は共和党全体の意見をまとめられる長老議員が姿を消した。

2016年大統領選挙に出馬すると噂されるランド・ポール上院議員の率いるリベルタン・グループは、連邦予算をぎりぎりまで縮小した超「小さい政府」を目指している。彼らは、民主主義のためと称して米軍が海外に出兵するなはどもってのほかと考えている。こうした極端な主張は、第2次大戦後「世界の警察官」を自任してきたアメリカでは事実上無視されてきたが、膨大な軍事費の失費が危機的な財政赤字の下でこのグループが一定の発言力を持ち始めている。

「小さい政府」の主張で、ここ数年共和党のダークホースとして注目を集めてきた茶会派はオバマケア潰しで名を上げた。われわれ日本人や欧州各国の市民は健康保険を国家が保障することは当然だと考えるし、それが社会保障費の増大を招くことも甘受する。だがアメリカ市民の感覚では、健康保険は個人個人が民営保険会社と契約すべきことで、契約金が払えない貧乏人を国家が面倒見ることは許されないと考える。

古い欧州の専制政治から逃れて「自由の国」アメリカを建国した先祖たちの自立精神を堅持すべきだとの主張は、大都会以外のアメリカではなお強い影響力を持っている。アメリカという「自由の大地」では努力と才覚によって富める者は益々富み、努力と才覚にたりない貧乏人を国家が面倒を見るのは邪道だとする風潮が強い。
財政危機の中で、リベルタンや茶会派が力をつけ超保守化しつつあるように見える共和党だが、主流派はなおマケイン上院議員(2008年の共和党大統領候補)に代表される「強いアメリカ」護持の潮流である。軍産複合体をバックにネオコンが先導するアメリカの保守本流は、中東の混迷やウクライナ危機を足掛かりにした軍事的冒険を起こしかねない力を持っている。

一方、1980年代のレーガン共和党政権で復活したネオ・リベラリズムの資本主義は、金持ち優遇の風潮をますます増進させた。折からの「金融工学」の発達を受けて金融資本主義が膨張し過ぎた結果、2008年にバブルが弾けてリーマン・ショックが爆発、世界中が不況に沈んだ。危機に直面したオバマ政権は結局、膨大な国費を投入して金融機関を救った。

オバマ政権のリーマン危機対策はアメリカの資本主義を守ったが、その陰で貧富の差を拡大した。99%の貧乏人が1%の金持ちに抗議すべきだという「ウォール街を占拠せよ」の運動が2011年秋、オバマ政権への抗議活動として世界の注目を集めたことを見逃すわけにはいかない。2014年夏ごろから米国の失業率が低下し始め、オバマ政権はアメリカ経済のリーマン危機は克服されたと主張しているが、アメリカ社会における貧富の差は拡大の一途を辿っている。

2008年に「チェンジ」の呼び声に応じてオバマ政権を登場させた、多数派のアメリカ市民は中流から下流へ、下流から貧困層へと生活を低下させた。これがオバマ支持率の低下を招いた根本原因だ。欧州ではこうしたアメリカ資本主義を「wild capitalism (粗暴な資本主義)」と呼んで軽蔑しているが、窮乏する国民生活を国が支援することを「社会主義化」だと反発する共和党は、今後2年間、レームダック(死に体)のオバマ政権に抵抗し続け、2016年大統領選挙でホワイトハウスを奪還できるだろうか。

オバマ人気が低落した民主党だが、2年後の大統領選挙ではクリントン元大統領夫人で前国務長官のヒラリー・クリントン氏の呼び声が高い。今回の中間選挙を通じて、クリス・クリスティー・ニュージャージー州知事(52)や、前記ランド・ポール上院議員(51)ら共和党大統領候補に可能性のある若手政治家の名前が浮かんだが、2年後の見通しはまだ立っていない。

バラク・オバマ氏はシカゴの貧民街で社会奉仕活動を送った青年時代から、アメリカ憲法を専門とする大学教授、リベラルな弁護士としての活動を経て雄弁家として名声を馳せた。その名声からアメリカをチェンジする可能性を持った政治家として注目され、全国50州で展開される激烈な大統領選挙に2回も勝ってホワイトハウスの主人となった。史上初の黒人大統領の出現はまさにアメリカン・ドリームだった。
しかしアメリカ合衆国は世界唯一の軍事超大国であり、その軍事力に支えられた世界的覇権国である。大統領はアメリカ4軍(陸海空軍と海兵隊)の最高司令官である。4軍首脳が居並ぶ統合参謀本部の助言を得ながら、世界中に展開する米軍を動かす権限を持っている。人種差別に苦しんだ混血の少年が最高学府で学んで教授となり、さらに政界に進出してトップの座まで射止めたが、巨大な軍事機構を動かす能力には欠けていた。

以上、オバマ民主党の敗因を考えてみたが、結局は落ち目になり始めた超大国アメリカの内部分断がくっきりと表れた中間選挙だった。この分断現象は今後さらに拡大しよう。2016年の次の大統領選挙を通じて、アメリカ社会が再統一できるとは思えない。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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