事務屋が決めて、技術屋が作る

著者: 藤澤豊 : (ふじさわゆたか):ビジネス傭兵
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製造業をあちこち渡りあるいてきただけの実に個人的な経験ととるに足りない知識からの話で、複雑な世の中をそんな稚拙な理解でと自分でも思う。個人の経験から一般論を展開するのもどうかと思うが、巷の状況を調査する能力がない。愚考にすぎないことをはじめにお断りしておく。
読めばイヤな気持ちになる人もいるだろう。厳しい批判にさらされ叱責に苛まれる可能性もある。それでも渦中に巻き込まれて目にして、考えてきたことを一つの区切りとしてまとめておかなければ先に進めない。こんなものでも書けば、ご指導を頂戴できるかもしれないという期待もある。

乱暴な区分けになるが、働いている人たちを事務屋と技術屋に分ける。そして頭と体を使って何らかの価値あるものを作り出す産業を製造業とする。産業構造が複雑になって従来のように技術屋だの事務屋だのと線を引ききれないところも増えている。ソフトウェア関係ではそれが顕著で、人文系の学部出身で就職してからプログラマーの道を歩む人も多い。
半導体とソフトウェアが進歩して、機械も装置も含めて多くのものがコンピュータとその上で稼働するソフトウェアなしでは、ただの機械構造物になってしまった。ハードウェアがなければソフトウェアは動かない。ソフトウェアがなければハードウェアはただの電子部品の集合体に過ぎない。ソフトウェア産業を伝統的な産業区分にしたがってサービス産業として勘定するのは現状にそぐわない。ここではソフトウェア産業も製造業の一分野とする。

そこそこの規模の企業や組織では、事務屋でも技術屋でも三十も半ばを過ぎれば、一担当者としての職責のうえに小集団をひきいての成果を求められるようになる。班長だったり主任やグループリーダ、あるいは係長とう役職を拝命することもあるが、実務経験をかわれただけで、なんの役職もないこともある。組織上は一担当者に過ぎないのにプレーイングマネージャとしての責任を背負わされ、時間の経過とともに一担当者からマネージャへと昇格していく。この時点で、技術屋であっても事務屋への道にそれていく。技術の世界で直接技術に携わる機会が減れば、科学技術の進化の激しい今日、技術屋集団のなかの事務屋になってしまう。日増しに技術上の具体的なことは部下に任せて、事務屋として能力を培うことになる。昇進して課長や部長になれば、たとえ技術部隊に籍があっても、もう技術屋というより事務屋と呼んだ方が実情に合っている。

ここで製造業における技術屋の志向というのか意識について確認しておく。七十二年に新卒で就職した工作機械メーカでは、問題が発生したとき何人も先輩が口にした「技術屋はウソをつかない」というのがあった。技術上の欠陥があれば、自分(たち)の責任で技術的に解決しなければならない。「技術屋は逃げも隠れもしない」という人もいた。技術屋としての矜持から生まれたもので、営業や経営管理者のように口で問題を解決するなどという不名誉なことはしてはならないという自負があった。
そこから必然として技術屋の保守性が生れる。トラブった時には土日も返上して徹夜してでも解決しなければならいというリスクを背負っていることから新しい技術の導入には慎重になる。マスコミや業界で話題になっている、そして顧客や営業からも要求されている。遠からず手をつけなければならないとわかっていても、確信を持てるまでは採用しようとはしない。事務屋になってしまった上司に指示されても抵抗する。うるさくいってくる営業の尻の軽さや銭勘定が先にたつ経営陣を軽蔑さえしている。

「作れば売れた」時代から「売れるから作れる」時代になった。かつては技術屋が夢を追いかけ、新しい技術の開発にしのぎを削っていた。発明家や技術屋が製造業を、そして社会全体を牽引していた時代があった。そこでは事務屋は技術屋の使いっ走りのような立場に置かれていた。今でも技術志向の強い企業や組織ではその名残が見える。
「売れるから作れる」はいいが、では「何が売れるのか?」「誰がそれを判断するのか?」市場で何が売れるのかを日々の業務を通して肌で感じ、理解しているのは営業部隊であって、社内でエンジニアングに専念している技術屋ではない。製造担当の子会社でもない限り市場は一つではないし、客も一社ではない。個々の営業マンは担当している顧客の要望を、あるいは新規客の要求を持ち帰るが、その要望や要求は個々の客の都合でしかない。こっちの客、あっちの客……全ての客を満足させることはできない。時間的制約もあれば、開発に充当できる資金や人材にも限りがある。自社の技術的な限界もある。誰が個々の営業マンが持ち帰った客の要望や要求を整理して開発仕様にまとめるのか?アメリカではマーケティング部隊がその責を負うが、日本では営業部隊の責任者集団だろう。マーケティング部隊や営業部隊の責任者は、かつては一技術担当者であったにしても、もう事務屋としての仕事を専門としている。彼らが開発仕様や開発コスト、製造コスト、開発期間、販売チャンネル……をまとめて技術屋と協議する。開発を言い出すのは市場と対峙している営業部隊やマーケティング部隊――事務屋であって技術屋ではない。

製造業の実態を知らずにいる多くの人が技術屋が製造業を牽引していると思っているように見えるが、それは発明家が世界を牽引していた時代の印象が強く残っていることから生まれる思い込みのように思えてならない。
「売れるから作れる」時代になって久しい今日、何をするのかを決めるのは事務屋であって技術屋ではない。
2024/4/30 初稿
2024/6/18 改版

記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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