二十一世紀ノーベル文学賞作品を読む(21-中)

トーマス・トランストロンメル(スウェーデン、)の詩集
      『悲しみのゴンドラ』(エイコ・デューク:訳、思潮社:刊)の続き

  Ⅲ

 一九九〇年へののぞき穴

 三月二十五日。リトアニアの不穏
 とある大きな病院を訪れたわたしを夢にみた。
 介護者不在。すべてが患者だった。
 その同じ夢に 首尾整った意見を語る
 生れたての女のあかんぼが居た。

  Ⅳ

時の人たる女婿の傍で リストは 時代遅れの
    虫喰った老大家。だが、
それは ただの装い。
深きもの――さまざまのマスクを試しては捨てるあの力が
    これをこそ 彼のために選んだのだ――
みずからの顔は見せぬまま 人びとの内に入り来る意志を持つ
    かの深きものが。

(注)1882~83年の移行の頃に、リストは娘のコジマとその夫リヒャルト・ワグナーをヴェニスに訪れている。ワグナーの死はその数か月後だった。この時期にリストは二つのピアノ曲を作曲し、“悲しみのゴンドラ”と名付けて発表している。

(以下略)

◇太陽のある風景二つ

陽は この家のすぐ背後をすべり出て
通りのさなかにかかり
わたしたちの上で息吹き
赤い風を送る。
インスブルックよ わたしはここを去らねばならぬ。
 だが明日は
 灼熱の太陽が
 いのちを なかば失った灰色の森にあって
 そこで わたしたちは働き そして生きるのだ。

「リベラル21」2026.02.15より許可を得て転載
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