二十世紀文学の名作に触れる(47) 『百年の孤独』のガルシア・マルケス――欧米では「魔術的リアリズム」と激賞

 南米コロンビアのノーベル文学賞作家ガルシア・マルケスの代表作『百年の孤独』は、欧米の文壇で「魔術的リアリズム」と激賞され、驚異的なヒット作となった。日本でも大江健三郎や中上健次らの現代作家たちに少なからぬ影響を与え、話題を呼んだ。作家を産んだ風土と作家が生み落とした芸術作品との間の運命的な連関に、改めて驚きを覚える。

 ガルシア・マルケスは1928年、南米コロンビアのカリブ海沿岸にある人口二千人ほどの寒村アラカタカに生まれた。事情があって両親とは離別、祖父母の許に預けられる。退役軍人の祖父は自らの戦争体験を孫に語って聞かせ、迷信や言い伝え・噂好きの祖母も同様だった。彼の代表作『百年の孤独』は、いわば祖父母からの贈り物の結実と言ってもいい。

 マルケスは高校時代から執筆活動を始め、新聞に短編を投稿して掲載される。47年にコロンビア国立大に入学するが、翌年に首都ボゴタで暴動が起き、大学は閉鎖。カルタヘナ大学に移るが、生活難のため中退する。新聞記者として働き、安アパートで貧乏暮らしに耐え、ジョイスやカフカ、フォークナーらの作品を耽読した。特にフォークナーから絶大な影響を受け、カフカの『変身』に大きな衝撃を感じ、己の作風を確立する上で決定的影響を受ける。

 55年にローマへ新聞記者として赴き、記事を送る傍ら、「映画実験センター」の映画監督コースで学ぶ。この体験により後年、自身が映画監督を務めることにもなった。59年、キューバに渡り、フィデル・カストロと知己となる。翌々年にメキシコに移り、映画制作に携わる傍ら文芸作品を著し、67年には代表作『百年の孤独』の発表にこぎつける。

 マルケスによると、十代の頃から温めていた構想が65年に一気にまとまる。以後一年半にわたってタイプライターを叩き続け、翌々年の作品上梓にこぎつけたという。発売と同時に南米のスペイン語圏では驚異的な売れ行きを示し、マルケスは長年の貧乏暮らしから一気に抜け出す。読者からは共感の声が続々寄せられ、英訳をはじめ各国語版が刊行される。欧米の批評家たちはこぞって「魔術的リアリズム」と激賞した。

 日本でも、大江健三郎や筒井康隆・池澤夏樹・寺山修司・中上健次ら多くの作家たちに少なからぬ影響を与えた。池澤夏樹は『現代世界の十大小説』(2014年:NHK出版新書)の第一部「『民話』という手法」のトップに「マジックなリアリズム」と題してマルケスの『百年の孤独』を次のような柱立てで紹介している。
 <奇矯な表現に彩られた途方もない物語><百年前に編まれた一族の歴史><「対称性と数」に現れる民話性><マジックなのか、リアリズムなのか><愛しえないことを超えて>

 池澤はこう言う。
 ――マルケスはカフカやフォークナーに随分学んだけれども、『百年の孤独』そのものは欧米のどんな小説の伝統とも無縁であって、その技法は西欧的技法とは全く違う。その新しさと、小説というものの可能性を切り開いたパワーが、世界に衝撃を与えた。小説はまだこんなことができるのか、と読書界が興奮に包まれたのを、僕はよく覚えている。(要旨)

 『百年の孤独』という物語には、二つの流れがある。一つは、マコンドという町を舞台とするブエンディアという一家の六世代百年間にわたる盛衰の物語。もう一つは、ブエンディア家の運命について羊皮紙に暗号を使って書かれた予言を、ブエンディア家の者が世代をまたがって少しずつ解読していき、遂に全てを解読するという進行だ。

 マルケスに戻る。73年、チリ出身のノーベル文学賞受賞者でラテン・アメリカの代表的詩人パブロ・ネルーダが亡くなる。マルケスはネルーダと敵対したピノチェト軍事政権消滅の日まで、新しい作品は書かない、と宣言する。だが、ネルーダの未亡人に懇望され、75年に政治色の濃い『族長の秋』(カリブの某国で独裁者が死亡し、その独裁政治が終わる。駆け付けた群衆が目にしたのは、驚くほど年老いた男の死体だった。そして、その男が行った悪行の数々が時間を遡りながら、残酷かつ冷酷に語られ始める)を発表する。

 81年にはマルケス本人が最高傑作と推す『予告された殺人の記録』(物語の舞台はコロンビアにある河の傍の小さな町。ここに住むアラブ系の男が同じくこの町に住む兄弟によって殺されてしまう筋立て)を著す。実際に起きた事件をモチーフに書かれ、あまりにも描写が精緻であったため、事件の真相を知っているのではと当局に疑われたという逸話が残る。

 翌年、ノーベル文学賞を受ける。授賞理由は「現実的なものと幻想的なものを結び合わせて、一つの大陸の生と葛藤の実相を反映する豊かな想像の世界を構築した」。85年に『コレラの時代の愛』を刊行する。夫を亡くした女性フェルミ―ナの許にフロレンティーノ・ガルシアという男性が訪れ、「永遠の愛を誓いたい」と告げる。二人は空想の中で十九世紀末にまで遡り、初恋の当時を偲ぶ。が、女性の父親が二人の仲を裂き、結ばれぬままに。

 2004年、十年ぶりに新作の小説『わが悲しき娼婦たちの思い出』を著す。マルケスが川端康成の小説『眠れる美女』から着想を得て執筆したことで知られる情緒あふれる作品だ。
 語り手である老人は九十歳の誕生日を迎える当日に、処女と熱い一夜を過ごそうと目標を決める。平凡な生活を送っているかに映る老人だが、娼婦街で名を馳せている裏の顔があった。馴染みの女主から紹介されたのは十四歳の無垢の少女。この少女が眠り薬を飲まされ、昏睡状態にあることから、物語は変調。老人は少女に本気で恋をする。

 マルケスは14年、メキシコ市内の自宅で87歳で死去した。自宅前にはファンが相次いで花を供え、直後に追悼式が行われ、生地であるコロンビアでは三日間の服喪が宣言された。

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