『金属』誌(Vol.86(2016), No.12, p.1159-1169)で原田英美子准教授(滋賀県立大学)の論説「トップダウン型研究不正の手法解明―捏造・アカハラ研究室でいかに生き残るか?東北大学金属材料研究所の例から学ぶ―」が公表されました。以下に概要を紹介します。 原田氏によれば、研究不正には若手が出来心から始めるボトムアップ型と、研究を統括する教授や主任研究員(以下、PI=Principle Investigatorと略称)などが主導するトップダウン型がある。現在文科省主導で全国的に取り組まれている研究不正対策は、研究者個人の倫理観の涵養に主眼を置いたボトムアップ型の不正対策である。しかし、わが国の研究不正はトップダウン型が多く、この不正は組織的かつ目的意識的に行われることから、個人で対応できるものではなく、文科省の対策では無力である。問題の深刻さに鑑みると、一刻も早く実効性のある防止策を立案する必要がある。そのためには、その手法を具体的に解明するケーススタディが欠かせない。 このような問題関心から、原田氏が着眼したのは、「研究不正を遂行・隠蔽する手段としてのアカハラ」であった。トップダウン型の研究不正では、実際に手を動かして実験データを出してくる実働部隊をいかに確保するかが肝要となる。PIはその際、実働部隊として目を付けた若手研究者にアカハラ(アカデミックハラスメント)を繰り返すことでマインドコントロールして逃れないようにする。疑惑論文を、別の疑惑論文によって葬り去る(隠蔽する)ために、しばしばこの手法が用いられると言われる。しかし、当事者が子細に経緯を明らかにした記録は殆どない。このような状況下において、本フォーラム関係者が関わった名誉毀損裁判で、当初、井上明久前東北大学総長の共同原告であった横山嘉彦東北大学金属材料研究所准教授(当時)が、大村泉フォーラム世話人の質問に答える形で、署名押印して仙台高等裁判所に提出した面談記録(乙第173号証)が公表されており、この記録はまさに例外的にPI主導のトップダウン型研究不正の経緯を具体的かつ詳細に明らかにした第一級の資料に相当する。 原田氏は、この面談記録(乙第173号証)に詳しく立ち入り、井上氏が自身の疑惑論文(96年論文)を横山氏の疑惑論文(07年論文)によって隠蔽するように仕向けたこと、井上氏がハラスメント行為を繰り返し横山氏にこの隠蔽を強いたこと、さらに当時の東北大学法務課長(現法務部長)が、マスコミの取材攻勢を避けるために、名誉毀損裁判を提訴する必要があるとして、井上氏自身ではなく横山氏を伴って検察庁に向かい、日野氏ら本フォーラム代表らを刑事告訴しようとしたこと、等々を活写する。 原田氏は,井上氏の横山氏に対する執拗なハラスメントを横山氏証言の長文引用によって詳細に明らかにした後、「研究不正のリスクとリターン」、捏造産官学連携」、「生命科学分野の研究不正の手法の実際」「論文誌審査の限界―目に見える不正と見えない不正―」、「生命科学分野の研究不正との類似性―大阪大学大学院生生命機能研究科の事例など― 」と続け、最後に「研究不正防止を目指した学問分野の構築―捏造:アカハラ研究室に負けないために―」を結びとしている。 原田氏は、この結びを、「トップダウン型研究不正を抑止する力はほぼ存在しない」、という言葉で始めている。原田氏が、横山氏の詳細な証言や大阪大学の事例などから明らかにしたように、確かに、「産官学」の捏造トライアングルは、多少のリスクはあっても「地位、名誉、カネ(=研究費)」というリターンが望めるなら、代わりはいくらでもいるとばかりに、若手の身分不安定な研究者に継続的なハラスメントを行い、ときには職も保証するという形で、研究不正を組織的、目的意識的に進めるような事態が蔓延しかねない。あるいはすでに蔓延しているかもしれない。言葉を換えれば、トップダウン型の研究不正が社会構造的な問題として存在すると認めるならば、もはや、研究不正は一個人の倫理観や道徳観に訴えるだけでは、予防できるものではない。他方、若手研究者が当座の職やトップジャーナルへの論文掲載という名誉のために、捏造・アカハラ研究室と研究不正ネットワークの罠に落ち、不正論文作出に関与するようになると、ひとたび発覚したとき若手研究者の「研究者生命の終了」は必至である。わが国の、ひいては世界の科学の発展を担う若手研究者の多くが、そうした毒牙に触れることがないように、また万一「トップダウン型研究不正」に遭遇した場合にも、自己防衛のための対応を可能にする研究環境整備が必要不可欠である。一言で言えば、若手研究者と対象とする「組織的な不正に対抗するための知識と技術の習得を盛り込んだ」研究倫理教育の体系化が必須となろう。こうして、原田氏は、まず隗より始めよとして、勤務先の滋賀県立大学で「研究倫理教育セミナー」を立ち上げることにしたという。詳細は『金属』誌所収原田氏論説を参照されたい。 |