人様の利益を召し上げて優良企業もないだろう

5月9日の朝日新聞朝刊の一面記事によれば、このところの円安で、来年三月期の利益が四千億円多くなる予想だという。他人事ながら喜ばしいことだと喜べないところが情けない。そこまで利益があるのなら、下請けや非正規雇用も含めた従業員にもうちょっと手厚くしたらどうだろうと思うのだが、言って分かるような人達じゃない。

ヘンリー・フォードと言えば、ライン生産方式による大量生産を思い浮かべる方々が多いだろう。今になってみれば当たり前の生産方式だが、当時としては実に画期的な生産方式だった。ただ、彼の最大の功績は、フツーの人が買える値段の車を大量に世に出したことと、従業員に車を買える給料を出したことにある。この二つがモータリゼーションを引き起こし、アメリカ社会を、そして世界を変えていった。この二つの功績の二番目を忘れちゃいないだろうなと言いたくなることがある。

随分前になるが、10月中旬に顧客の取締役から一日か二日おきごとに電話を頂戴した。その顧客は、金融市場の目でみれば、超の上に超が付く自動車メーカの直系一次の長い歴史のある工作機械メーカ(吸収合併で社名が変わってしまった)で高い技術を誇っていた。その機械メーカにドイツのメーカの日本支社として制御機器を納めさせて頂いていた。特殊な機械に標準採用頂き、毎期、注文を受けて納期管理と「外部不経済」クレーム処理に手間取っていた。

「外部不経済」とでも呼んでいいかのと思っているが、その超優良企業の文化にまでなっている仕事の仕方がある。長い歴史のある直系一次らしく、そのあたりのことは徹底している。される方はたまったもんじゃない。誰がどう見ても自らがしなきゃならないことを実に当たり前のように人に押し付けて平然としている。それで相手がどれほど疲弊しようが知ったこっちゃないと言わんばかりの無感覚には呆れたという段階を通り越した。

何かある度に、なんでもこっちに押し付けてくる実務能力のなさ、その無能さを隠さんがための虚勢と、もっと根源的な社会人としての常識の欠如がその日々露呈する。最後は哀れさしか残りようがないというところまで行ってしまった。日常散々馬鹿馬鹿しい相手をさせられてきた上に、常識の範疇のはるかに超えてしまった取締役からの依頼だった。

まず日常のバカげた話しをいくつか。その機械メーカの外注先の盤屋さんから納期の催促の電話がまた入った。納期を催促されても、注文をもらってないし、何時注文がくるのか予想がつくようでつかないことが多かった。日本の会社なら先行手配だのなんだのといった処理も可能だろうが、規則には愚直を超えた忠実さのドイツの会社で、処理の工夫をできるような体制はとれない。機械メーカの購買課長にはこの数日間、電話で何度も機械の出荷日程を守るために一日も早くこちらの手配を進めたい。そのためには、まず御社から注文を頂戴しないとこちらの手配が出来ない。発注処理を急いで頂きたいと、丁寧にお願いしてきた。返事が実にあきれるほど立派で。そういうことはお前達業者間で話し合って、ちゃんと納期を守って納入するのが仕事だろうがと。おいおい注文の“ち“の字も出してこないで、納期を守れってのは一体どういうビジネスをしているんだと聞きたくなるが、まともに話しのできる相手でないことは分かっている。
こっちも外資でがんじがらめの中でなんとかしようとしてしてるが、どうにもできない。購買課長にまた電話して、注文を出してもらえなければ、手配を進めたくても進められない。その結果の納期遅れの責任は取りきれないと伝える。このような馬鹿げたことが繰り返し起きる。

顧客の設計と購買の間かどちらかで誰かが些細な不注意からカタログ番号を間違えた。
間違えた番号の製品を発注した。注文を受けたこっちが、おかしいので電話で間違いではないかとチェックを依頼した。予想したとおりの返事が返ってきた。そういうのはお前達が技術と話し合ってちゃんとしたものを納品するのが当たり前だろう。なにやってるんだと。ちょっと待ってくれ、先月も違う製品の番号違いで一騒ぎ起こしたばかりだろう。何が当たり前だ、なにやってるんだと怒鳴りたいのも、その権利があるのもこっちであって、あんたにゃ何もないぞって言ってもしょうがないというか、その程度の常識すら理解できる知能すらないと思わざるを得ないといところまできていた。

こんな数字に現れない「外部不経済」を背負わされて、ぎりぎりのマージンで販売させて頂いてきたところに、取締役から、「このままで行くと来年三月の年度末には私の事業部が二十億円の赤字決算になる。これでは困るので、今年四月から九月までの上半期の購入品で一万円以上のものを全部洗い出して、ベンダーさんにご協力をお願いさし上げている。。。」。何を協力しろと言っているのか?最初、見当がつかなかった。そうですか、赤字は困りますよねって。話しを聞いているにやっと分かった。四月から九月の間の納品も検収も支払いも全て終わってしまっている取引で支払った金をいくらか返せってことだ。

この要求をドイツ本社に連絡したら、こっちの頭を疑われる。いくら日本市場の特殊性を説得したところで、受領した代金の一部を返還するなんてことを承諾しっこない。今後の値引きを、それもあってもなくてもないような小額の値引きをやっとのことでドイツ本社から引きし、提案させて頂く以外にできることはなかった。

この一件で、今まで押し付けられてきた不条理を越えた不条理を当たり前のように見せられた。自分のところの赤字を人に押し付けて、自分のところをトントンか黒字にする。人様の利益を、それも既にぎりぎりのところまで押し下げている利益を召し上げて自分の利益にする。そこまですれば儲からない訳がないだろ。挙句の果てが、そこまで利益を確保し続けながら、社員は益々傲慢になり、本来彼らがしなければならないはずの仕事までボランティアもどきでしてくれている外注業者、納品業者をアゴで使う。「衣食足りて礼節を知る」って言い草があったが、どうもあの人達には当てはまらない。「衣食足りて礼節を知らず、益々傲慢、吝嗇を極める」とでも言った方があってる。

日本を代表するというより世界的に超のつく優良企業は、いつまで、地理的にはどこまで、この馬鹿げた押し付けを続けるのだろうか?数字の面で潤っている、上手くいっているようにしか見えないが、いつまでも続くという保障はどこにもないはずだし、続いちゃいけないとも思っている。少なくとの一端の経営人たるものが見習うことじゃないだろう。

ところが、その会社のやり方をまねることが成功への近道だと勘違いしている呆れた風潮が後を絶たない。xxx方式などと、その会社の社名を題名に入れれば本が売れるらしい。社名が眩しいお題目のビジネス本が書店の書棚を占有している。
経済欄のページにちょいと掲載すれば済む程度のことを日本の良識と自負しているらしい新聞がわざわざ一面左上にもってくる。大した意味のある記事でないものを何の疑問もなくスラっと読んで、気が付くこともなく操作されてきた。情けない、そろそろ覚醒の時期だろう。

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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