神事とは何か。山古志村の闘牛は600年以上も続いているらしいが,土俵とは無関係であり闘牛の場は一つの場所にすぎず,スペインの闘牛場より貧弱である。しかし前者は酒や塩で場内を清めるが後者はそういうことをしないから神事でないようである。
日本・南洋で見られる闘犬・闘鶏も中国のトルファンの闘羊(蹄)も場内を酒や塩で清めないから神事ではないとしてもある掟に従って行われ,伝統となり今日に伝わる。
(女性)相撲は日本書紀に記述があり男性だけのものではない。日本相撲協会の言う大相撲の土俵だけが女人禁制である。
ところで土俵の方屋を支える4本柱をなくして柱に巻き付けられていた房を吊るようになったが,その房の色は中国・朝鮮半島由来の4神,青龍,白虎,朱雀,玄武に由来し,それぞれ色は青,白,赤,黒だそうだ。
4神の姿は奈良の古墳の壁画にも見られるので,土俵の方屋が日本古来の神事に習って造られたのかどうかはかなり疑わしい。和洋折衷という言葉があるように,和漢・和鮮折衷であろう。
さて本題に入るが,なぜ4本柱を取り払ったのであろうか。伝統として守るべきである。ビデオ判定も可笑しい。物言いは審判たちだけで判定すべきである。誤審もあろう。しかしそれが伝統である。
すでに小生は島根県のミホ神社のトーヤ祭り,石垣島のアカマタ・クロマタを引用した。女人禁制というより,男子だけの神事である。外国でもケチャ・ダンスの例を曳いて男子だけの神事があることを紹介した。日本の神事や伝統だけが特殊でないことは言うまでもない。
小生の相撲に関する疑問は尽きないが,最近の暴力事件を通って八百長事件から神聖とされる土俵での金銭の受け渡しまで五穀豊穣祈願とは無関係の所業が見受けられる。
金銭の受け渡しが江戸時代の発祥の時よりあったのなら伝統だから別に問題ないが,民間信仰とは無縁であろう。
酒や塩をまく簡単な神事もどき(山古志村の闘牛)から中国朝鮮の文化を一部取り入れるまで手の込んだ神事もどき(大相撲)まで多種多様。しかし女人禁制を含めて伝統ならその伝統を守ってほしい。やたらに伝統を破ってはいけない。