住友化学が危険な「農薬蚊帳」の売り込みに躍起

不都合な真実は伏せ、NPOでキャンペーン

6月に横浜市で開かれた第5回アフリカ開発会議は、住友化学が独自に開発したマラリア予防用の蚊帳(オリセットネット)を宣伝する格好の機会になった。同社はオリセットネットを、関連イベントの「アフリカン・フェア」や「ラン・フォー・アフリカ」というリレーマラソンの会場に展示し、社会貢献活動の柱にしているアフリカ支援を積極的にPRした。
同社がオリセットネットの宣伝に力を入れるのには理由がある。効果と安全性に強い疑問が出されているうえ、アフリカの人々にネットを無償配布する資金が世界的に不足し、販売が思惑ほどには伸びていないのだ。
そんな事実は伏せたまま、NPOを立ち上げて「アフリカの子どもたちを救おう!」と呼びかける経団連会長会社の商法に、「似非(えせ)人道ビジネス」ではないかとの批判が出ている。

◆誤算となった設備拡張
オリセットネットは、殺虫剤を練り込んだプラスチック繊維でつくった蚊帳。マラリアを媒介する蚊がこれに触れると死ぬので、マラリア予防に役立つとされている。世界保健機関(WHO)から世界初の推奨を受け、いま世界第2のシェアをもつが、消費者に販売されるのはごくわずかだ。大部分はWHOやユニセフ(国連児童基金)に買い上げてもらい、アフリカなどの住民に無償で配布されている。
ところが、リーマン・ショック後の世界不況の影響で、先進国による国際機関への資金拠出が減少している。主要国は財政削減を迫られ、マラリア対策どころではなくなっている。
たとえば世界のマラリア対策費の3分の2をまかなう「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)」の場合、最大拠出国アメリカが2010年をピークに拠出額を減らしている。有力な拠出国である日本の予算でも、拠出額は11年度の159億円から13年度は100億円へ激減している。
このため世界基金に十分な資金が集まらない。11~13年度は本来なら120億ドル分の事業をする予定だったのに、100億ドル分にとどめる計画。国連の潘基文事務総長は今年の世界マラリアデー(4月25日)に当たり「農薬蚊帳の配布が滞り始めている。世界基金の補充を最優先してほしい」と先進各国に異例の呼びかけをしたほどだ。
WHOなどは「農薬蚊帳の配布と殺虫剤の室内噴霧」を柱とするマラリア撲滅の国際戦略を進めており、08年には「サハラ砂漠以南のアフリカ諸国で住民二人に1張りを配布する」方針を決めている。これを受けて住友化学は世界でのオリセットネットの年産能力を6000万張りに拡大していた。
ところが、世界の農薬蚊帳の配布総数は10年に1億4500万張りに達したあと減少に転じ、昨年は6600万張りに減ってしまった。住友化学としてはとんだ誤算である。
農薬蚊帳はまた、効果と安全性への疑問の高まりという難題も抱えている。

◆ザンジバルでの無残な結果
まず殺虫剤(ピレスロイド系のペルメトリン)に抵抗性(耐性)をもつ蚊が多くの国で発生している。耐性蚊の増加は数年前から指摘され、WHOも頭を悩ましていたが、今年3月に公表されたザンジバルでの調査結果は決定的なものだった。
ザンジバルは東アフリカのタンザニア連合共和国に属する二つの島からなる自治区で、06年からオリセットネットの配布と殺虫剤の室内噴霧を大々的に実施した。当初はマラリアの患者・死亡者が大幅に減少し、マラリア対策の優等生と評価されていた。
ところが10~11年にザンジバル当局が調査したところ、蚊帳や噴霧に使われる殺虫剤に蚊が耐性を強め、効かなくなった。しかも、5年は使えるとされたオリセットネットの3分の2が破損しており、3年ももたないことが判明した。このため報告書は、資金面などで恵まれているザンジバルでも「現行の殺虫剤に依存した対策では、マラリア撲滅は困難」と結論づけている。

◆子どもの行動異常の原因になる可能性も
「ピレスロイド系殺虫剤は人体に最も害が少ない農薬」というWHOや住友化学の説明が疑問視されていることは、「経団連会長会社の社会貢献活動に異議あり!(上)」(13年1月7日づけリベラル21に掲載)で詳しく説明した。たとえば、妊娠したマウスにペルメトリンを投与したところ、子マウスの脳血管の発達が異常になり、生後の知的能力と運動能力に障害が出ることがあるとの研究結果が発表されている。
この点については、6月に東京で開かれた国際シンポジウムで、カナダ・モントリオール大学のブチャード教授が、カナダの子ども1081人を対象にした疫学研究の結果を発表した。それによれば、ピレスロイド系農薬の代謝物の尿中濃度が10倍高い子どもは、行動異常を示す割合が2倍高かったという。
子どもたちをマラリアから守るための農薬蚊帳が、実はその健康を脅かし、行動異常の原因になる可能性があるという恐ろしい話だ。
こうした批判を住友化学は「安全性は確保されている」(水野達男・前ベクター・コントロール事業部長)とかわしているが、WHOも住友化学も農薬蚊帳の危険性を十分に承知していることを示す内部文書が昨秋、明らかになっている。
農薬蚊帳の袋や梱包材の廃棄に関するこのWHO文書は「袋などには農薬が付着していて人体や環境を汚染する可能性があるので、厳重に処分する必要がある」とし、袋の再利用の禁止や高温焼却炉での処理などを求め、廃棄する作業員は防護用具を装着するよう指示しているのだ。
袋でさえそれほど危険であるなら、農薬蚊帳自体はどうなのか。農薬蚊帳を妊婦や子どもたちが毎晩、身近なところで使い続けて本当に安全上の問題はないのか。そうした疑問にWHOも住友化学も、一切答えない。
以上のような実態を踏まえて関係者からは、WHOなどによる国際戦略の抜本的転換を求める声が出始めている。農薬を使わない普通蚊帳の普及、蚊の発生そのものを抑える環境整備、子どもたちの栄養改善など、地元民に真に役立つ内容にすべきとの意見だ。

◆担当事業部長が出向したNPO
オリセットネットが直面する苦境をどう打開するか。住友化学の対策の一つが、「マラリア・ノーモア・ジャパン」というNPO法人の設立だ(今年2月)。マラリアの脅威を国民に理解してもらい、マラリア対策の強化を政府に働きかけることを主な目的にしている。
さっそく5月の連休中に川崎市の商業施設でイベントを開催し、ギニア出身のタレント、オスマン・サンコンらによるトークや、アフリカゆかりのミュージッシャンによるコンサートなどを行なった。訴えたのは「アフリカなどの途上国ではマラリアで1分ごとに子どもが一人亡くなっているが、農薬蚊帳の普及で死者は10年間で25%以上減っている。暖かいご支援をぜひ」というきれいごとだった。
このNPOをマスメディアも擁護し、たとえば5月27日づけ『朝日新聞』は住友化学からNPO専務理事に出向した水野前事業部長を「ひと」欄で紹介するなどして持ち上げている。
しかし水野氏の素性を知り、NPO設立に当たって出資したのは住友化学と、オリセットネットの原料の提供企業であるエクソンモービル・ジャパンの2社だけであることを知れば、このNPOが「オリセットネット売り込みのための先兵」にすぎないことが分かるだろう。
米倉弘昌・経団連会長が会長を務める住友化学は、農薬蚊帳をめぐる「不都合な真実」は頬被りし、子会社にも等しい非営利法人を使って自社製品の購入につながる資金集めのキャンペーンを始めたわけだ。アフリカの環境破壊や子どもたちの健康被害より私利私欲を優先する経営ともいえる。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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