何度でもやり直せる現場の物語を大切に 映画「チョコレートな人々」

 人にはそれぞれの物語というものがある。生まれてから亡くなるまでの間に、進学・就職・結婚と大きな節目を向かえ、その都度自分史を刻んでいる。ある人はプロサッカー選手になりたくて部活動で頑張って来ましたと、ある人はIT事業をやりたくで資金集めに奔走して来ましたと。雨の日も雪の日も・・・、成功も失敗も・・・と。そして最終的に、もう一度人生をやり直すことができたならと切に願う。
 しかし、最近はこうした個々人の物語が見え難くなってきている。ソーシャルメディアの普及で情報は溢れかえっているというのに、現実で起きている出来事はどんどんと記号化し忘れ去られている。オリンピックの優勝も、ああ・・・で終わり。戦争で人が亡くなっても、ああ・・・で終わり。そして、ああ・・・の一言で記憶を忘却し続けている人々の姿そのものがまったく見えていない。本当は、たくさんの物語があるであろうに。

 愛知県豊橋駅の近くに久遠チョコレートというお店がある。チョコレートの製造から販売までを手がけている会社だ。外見はちょっと小洒落た今風のお店なのだが、このお店で起きた物語が注目を集めている。物語は2003年に障がい者が働けるパン店を開業し、2014年に久遠チョコレートを立ち上げたところから出発している。久遠チョコレートの代表を務めている夏目氏はホームページ上において、障がい者雇用の促進と低工賃からの脱客を謳い、社会の中で輝き続け、チョコレートを手に取る人々にロマンを与え、豊かで明るい未来づくりを目指す、一般市場で通用するものを作り続けると公言している。こうしたことは実現するとなると相当な困難を伴うため、空想の範疇で終わってしまうことが非常に多いものだが、久遠チョコレートは現在スタッフ550名程の規模となり、その内の6割・350名程が障がいを持つ方々で構成されているというから驚きだ。もちろんチョコレートの品質も上々でカカオの香りが口いっぱいに広がり人気を博している。いったいどうして?どうやって?と多くの方がその理由を知りたいと関心を持たれるのではないかと思う。
 
 この久遠チョコレートで起きた様々な物語が一本の映画になった。映画のタイトルは「チョコレートな人々」、もちろんドキュメンタリーだ。ストーリーは単なる美談ではなく、お店を運営していく中での失敗や困難も赤裸々に描かれている。そして、その困難をどう乗り越えたか、あるいは乗り越えられなかったか。
 

 
 映画の中において、チョコレートは「暖めれば、何度だって、やり直せる」という言葉が何度も繰り返し使われている。人間に失敗はつきもの、完全な人間などどこにもいないのであり、問われるべきは失敗をどう乗り越え、過ちを繰り返さないことなのであろう。この映画を監督した鈴木祐司氏は、久遠チョコレートの取り組みを多くの人に知って見ていただきたいと、上映会場に足を運んでは観客との対話にも積極的だ。
 
 失敗したからと人を切り捨てるのは簡単かも知れないが、人間はゴミではない。得意分野もあれば、不得意分野もある。できることもできないこともある。そうした中で互いに困難をどう乗り越え明日の幸せに繋げていくか。何度でもやり直せる社会は、何度でもやり直せる現場の物語から出発する。映画「チョコレートな人々」はそんなことを思わせてくれるのではないだろうか。久遠チョコレートの現場で働く人々の姿は美しい。
 映画「チョコレートな人々」
 2023年1月より、ポレポレ東中野、第七芸術劇場等で上映中。
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