ドイツは「欧州で一人勝ちしている」とよく言われます。2003年に社会民主党のシュレーダー政権が始めた身を切る改革「アジェンダ2010」で生産性が高まり、失業率も半減したのです。そんな一見ハッピーなドイツですが、実態はどうなのか。数字ではなく、ドイツに生きる同時代人の姿をリアルに見つめようというのが今回、東京演劇アンサンブルが上演する「泥棒たち」という舞台です。
戯曲を書いた デーア・ローアー(Dea Loher ,1964- )はブレヒト賞も受賞し今、欧州で最も注目を集めている劇作家。ベルリンの壁の崩壊から間もない1992年にデビューして以来、数々の話題作を放ってきたそうです。というわけで今回の「泥棒たち」もいったいどんな世界なのか、興味をそそられます。舞台では10代から70代までの12人の人間模様が描かれていきます。
ドイツの劇作家 デーア・ローアー氏 playwright Dea Loher 撮影:Alexander Paul Englert
保険の外交員で今は引きこもりの青年、廃業寸前の温泉施設で働く恋人のいない女、介護施設で暮らす老人、警察官の男とスーパーの雇われ店長の妻、医師とその妻、葬儀屋で働く男と本当の父親を探している娘、古着屋の店長の女、スポーツウェアの営業マン、バーの歌手の老女。
こうした人間たちが劇的に変貌を遂げつつある現代ドイツの中で幸せを求めて様々に試行錯誤します。しかし、問題は容易に解決できません。そんな中、決して諦めず未来を切り拓こうと行動に出るのは女たちなのでした。彼女たちは今の時代の枷の中でも自分を実現していこうとするのです。
演出を担当する公家義徳氏は「泥棒たち」について、こう語っています。
公家 「生殖医療の科学は最先端の科学で、もはや人間のコピーすら作れる時代になりました。しかし、いまを幸せに生きるために発明された科学が後世の人間を幸せにしているのだろうか?それによって産み出された子供のアイデンティティはどこにあるのか? もっと言えば、原発は?戦争の兵器は?そこにもつながる問題なのだと思います。今、幸せになるために、わたしたちが求めていること、それが時代の流れと共に、トマソン(価値の見いだされないもの)になってしまう。」
演出家の公家義徳氏。ドイツ現代演劇に魅せられ、今回上演するデーア・ローアー氏の作品は過去にも演出してきた
公家氏によればテクノロジーが進化することで、古くなったテクノロジーは廃棄され、それとともにそれを作り維持していた労働者たちも廃棄されていく。機能を失ったけれどもなぜか残っている愛すべき無価値な存在を作家の赤瀬川原平が「トマソン」と名付けたことがありました。大リーグから物々しく来日したものの全然活躍できなかった選手の象徴です。現代は愛すべきトマソンにあふれています。一世を風靡したテクノロジーもやがていつか廃棄され、そのサイクルはどんどん早まっていく。そうした生き方はどうなのか。
公家「主人公の名前が”FIN”(終わり)なのです。彼の最初の台詞は『もう起き上がれないだろう』です。双子の女性はすべてをうしなったからこそ、途方もない夢を見ます。現代の人間がいまを幸せに生きるために発明したシステムは未来の人間を苦しめる、人間の自由を奪っている。登場人物は皆、どうしようもなさに引き裂かれてしまいます。でも、この舞台は基本的にコメディーですし、男と女の話なのです。様々な人間模様から今の生きにくい社会が描かれていきます。劇作家のデーア・ローアーさんの手法は、描ききれない世の中を描く手法だと言われています。ですから12人の登場人物たちも、シーンごとにまるで違った角度から描かれます。問題解決の答えを導く物語ではないのです。むしろ、人間を知る物語、人間の背後にあるシステムを暴く物語です。なぜ12人もの人間群像が出てくるのか、と言えば文化人類学的なアプローチからだと思います。ですから、あらゆるタイプの類型的な人間が登場します」
「泥棒たち」がドイツで初演されたのは2010年でまさに「アジェンダ2010」という新自由主義改革が完成しつつあった時期に当たります。ドイツは復活を遂げたと世界のビジネス界で評価を高めていった時代です。そんな最中に上演されたこの劇はドイツでは大ヒットし、話題をさらっていったそうです。
※劇作家 デーア・ローアー(Dea Loher)
1964年バイエルン州生まれ。ベルリン芸術大学で上演台本を書き始め、92年『オルガの部屋』でデビュー。次作の『タトゥー』(92年)、『リバイアサン』(93年)で演劇専門誌テアター・ホイテの年間最優秀新人劇作家に。テアター・ホイテ(Theater heute)はベルリンで出版されている権威ある演劇誌で直訳すれば「今日の劇場」となる。ミュールハイム市演劇祭では93年にゲーテ賞(『タトゥー』)と98年には劇作家賞(『アダム・ガイスト』)。2006年にはブレヒト賞を受賞。2008年『最後の炎』で再びミュールハイム市劇作家賞、テアター・ホイテ誌年間最優秀劇作家。2009年にベルリン文学賞。2010年『泥棒たち』はベルリン演劇祭招待作品。2017年にはヨーゼフ・ブライトバッハ賞受賞。演劇だけでなく文学賞もしばしば受けている。
ちなみに演劇誌ではない一般のシュピーゲル誌にもローア―に関する記事は多数書かれている。
http://www.spiegel.de/thema/dea_loher/
■『泥棒たち』(デーア・ローアー作) 三輪玲子訳
演 出 公家義徳
公演期間 9月8日から18日まで。ただし11日は休み
劇 場: 「ブレヒトの芝居小屋」 東京都練馬区関町北4-35-17
(最寄り駅 西武新宿線・武蔵関駅)
tel: 03-3920-5232
「泥棒たち」の公演のチラシ (ローア―氏は病気で来日できなくなったそうです)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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