山口二郎・中北浩爾編著『日本政治、再建の条件』を読んで、自維政権にどう立ち向かうか(4)
11月15日刊行の山口二郎・中北浩爾編著『日本政治、再建の条件――失われた30年を超えて』(筑摩選書)を早速読んでみた。山口二郎(法政大学教授、政治学)は市民と野党共闘を推進してきたキーパーソンであり、中北浩爾(中央大学教授、現代日本政治論)は日本共産党史を書いた政治学者とあって、興味をそそられたからである。全体の基調は、「第1章 日本政治の失われた30年と野党の蹉跌――なぜオルタナティブは生まれなかったか」(山口)とのタイトルにもあるように、20世紀末に行き詰っていた日本政治において、民主党を初めとする野党が、政治主体、政策の両面で有効な「別の選択肢=オルタナティブ」を作れなかった原因を解明するもので、自公政権のイニシアティブと野党の離合集散の模様が詳しく解説されている。執筆者4人の主張を紹介することは、拙ブログの範囲をはるかに超えるので、本書の結論を記した「終章 2025年参議院選挙と政党政治の再編」(山口)に絞って感想を記したい。山口仮説は以下の4点に集約される。
(1)2025年7月の参議院選挙で自民党が大敗を喫し、自公連立政権の与党は衆参両院で過半数を失うという、未曽有の政治的混乱が始まった。政治学の観点からこの危機を読み解くには、①なぜ急速に自民党支持が減少したのか、②自民党支持が低下する中でなぜ新興政党に支持が分散し、政権交代を求める民意が収斂しなかったのか、という2つの問いに答えなければならない。
(2)第1の問いに関しては、1990年代の政治改革以来、清新で統治能力のある政党が求められてきたが、自民党は裏金問題を解決できず、反共の旗印さえあれば旧統一教会など反社会勢力とも手を結ぶという思想的腐敗体質を払拭できなかった。90年代後半から構造改革が唱えられたが、それは雇用を劣化させ、賃金を切り下げて企業利益を確保し、株価を上げることでしかなかった。2010年代のアベノミクスによる金融緩和と円安は、日本国民に生活苦をもたらす一方、外国人には格安の投資と消費の場を提供し、外国人に対する反感の原因となった。生活苦の中で少子高齢化と人口減少に歯止めがかからなくなり、日本社会の持続可能性が失われた。自民党が30年間にわたって日本が直面する大きな政策課題に対して解決策を示せなかったことが、国民の不満・不安が爆発する構造的原因となったのである。
(3)第2の問いについては、民主党が政権を下野した後、維新との合同や希望の党の結成などで揺れ動き、立憲民主党と国民民主党に分裂するなど、自民党に対抗する大きな野党を作る試みは挫折の連続だった。安保法制改定に反対する野党共闘を一時推進したが、このような野党結集は、政権交代を目指すと言う目標に照らすと大きな限界をはらんでいた。野党協力は改憲阻止のためにはある程度有効であったが、政権交代の手段とはなり得なかった。共産党の持論である自衛隊違憲、日米安保条約破棄という路線と政権参加の整合性について国民を納得させる論理が提示されなかった。安保法制成立後は国民の関心が薄れ、野党(共産党)は支持を広げるための魅力的な政策を提示できなかった。2024年1月の衆院選は、社会経済的停滞と政策的矛盾に対する若い世代の不満が政治的に表現された最初の機会になった。自民党や立憲民主党が大胆な救済策を打ち出せない中で、大規模な支出、減税を訴える左右のポピュリズム政党が支持を広げた。右派のポピュリズム政党は国民民主党、参政党、日本保守党、左派のポピュリズム政党はれいわ新選組である。
(4)日本政治の次の構図にはいろんなシナリオがあるが、右派ポピュリズム政党の進出という最悪のシナリオを防ぐためには、自民党が穏健派と右派に分裂し、穏健派が現在の立憲民主党などと連携して政権を担うというシナリオが考えられる。穏健連合の任務は、財政制約の中でできるだけ再分配を進め、社会、経済の持続可能性を維持すること、国力相応の防衛力整備を進めつつ戦争を回避することである。穏健中道と右派ポピュリストという対立構図ができれば、国民民主党の中には穏健連合に参加する勢力が出てくる。共産党とれいわ新選組は存在し続けるであろうが、少数左派の立場から政権批判をするという役割を担うだろう。
山口教授の「穏健連合による政権交代」のシナリオは、氏が「革新連合による政権交代」を目指す市民と野党共闘の中心メンバーであっただけに、その影響は大きい。「変節」といった言葉で批判することはたやすいが、政治学者としての主張であれば、そこに至った情勢分析の妥当性を考えてみなければならない。私の感想は以下のようなものである。
山口氏が、政権交代の主役を「革新連合」から「穏健連合」に変えた主たる理由は、このままでは政権交代を実現できないと考えたからであろう。その背景には、①共産党の組織力が低下している、②自衛隊及び日米安保条約に関する立憲民主党と共産党の政策の溝が埋まらない、③ポピュリズム政党の台頭という新たな政治危機が出現している、の3点が挙げられる。そこには、高市右派政権に対抗するには「革新連合」だけでは国民世論を結集できず、より幅の広い自民党穏健派までを巻き込んだ「穏健連合」を作らなければならない、との政治判断が横たわっている。
自維連立政権は今のところ「少数与党」であるが、これに国民民主党、参政党、日本保守党の右派ポピュリズム政党が加わると、本格的な右派政権が誕生する。このような最悪の事態を避けるためには、自民党を分裂させて勢いを削ぎ、立憲民主党と合同して「穏健連合」を成立させ、そこに国民民主党の一部や公明党を参加させて政権交代を実現することが意図されている。ただしこの場合、共産党とれいわ新選組は参加せず、「少数左派」として批判勢力にとどまることが想定されている。
山口仮説は山口氏個人だけではなく、執筆者4人(ヨーロッパのポピュリズム政党研究者、ジェンダー研究者も含めて)にも共有されているだけに、次の段階の政治構図の1つの選択肢として、またその実現可能性をめぐって大きな論争のタネになる。ただし、自民党の分裂という事態は財界の動きと一体不可分の関係にあるだけに、この30年間、労働分配率を下げ続けて企業利潤を極大化させてきた財界の「強欲資本主義」の体質が変わらなければ不可能だと言える。要は、アメリカ言いなりトランプ言いなりにならず、山口氏の言う「国民所得の再分配」と「国力相応の防衛力整備」を進める財界グループが生まれてくるかどうかが、カギとなるのである。
高市政権が中国との「経済摩擦」を激化させつつある現在、それが「経済危機」に発展していくかどうかは、今後の中国の出方次第にかかっている。しかし、トランプ大統領の腕にすがってハシャギまくる高市首相に対して事態の打開を求めることは難しい。高市政権が「短命内閣」に終わり、自維連立政権が崩壊して次の政変が起こるとき、それが自民党分裂の引き金になるか、それともより強力な右派政権が誕生するかは、財界主流の判断にかかっている。山口仮説の検証はこれからである。
それにしても、前回の拙ブログで紹介した中島氏の「リベラル保守と社会民主主義の連帯」と、今回の山口氏の自民党穏健派と立憲民主党の「穏健連合」の主張には重なる部分が多い。中島氏の主張には共産党の居場所はない(無視されている)。山口仮説では、共産党は政権交代には無関係の「少数左派」に位置づけられている。共産党が「取るに足らない少数政党」「政権交代には無関係の少数左派」だと見なされている現在、この状況を「反動ブロック」と対決する国民的共同の力で打開できるのか、中島氏や山口氏の主張に対する反論も含めて共産党の見解を聞きたい。(つづく)
「リベラル21」2025.12.05より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/ 〔opinion14554:251205〕













