北千住に残るかつての東京

もう二十年も前の話しになるが、京都の会社でどうみてもオタクにしか見えない人と出会った。日常業務での接点はなかったが、お互い転職を重ねるなかで十年ほど前から情報交換をするようになった。今では毎月のように二人でメシにでかけている。

ヨーロッパに支社を設立する準備をしていたとき、世間話がてらに市場の特殊性の一端を話したら、おどろくほど詳細な状況をきちんとしたレポートにまとめて持ってきてくれた。それはヨーロッパの込み入った業界の裏道をも解説したもので、業界にいた人でなければ知りようのないものだった。

後日話しを聞いていって驚いた。父親の仕事の関係で小学校まで台湾で育って、首都圏の難関国立大学を卒業後アメリカの老舗ワイヤボンダ―メーカに就職した。バリバリの電気制御屋で業界が多少違っても、全体像を描く知識がある。知り合いのアメリカ人や台湾やシンガポールの人たちとの交流から半導体や制御系の情報を手に入れていた。

中国語も英語も充分ビジネスで通用するレベルなのに、どこにいっても自分からは前に出ようとしない。外見もあってか、やる気のないオタクとしかみられていないようだった。イヤな経験をしてきたのだろう、でれば面倒なことを押しつけられるのを恐れてのことだったと想像している。

たまにちょっと出張で留守にしますというメールが届くが届いて、二ヶ月もすればメシにでもとお誘いがくる。帰国して落ち着いたのだろう、電話がかかってきた。雲南省の奥地でひっかかっちゃって、一月以上辛いメシばかりで喉をやられちゃいましたよと冗談交じりに言っていた。ヨーロッパもあちこち出かけていてイスタンブールの裏路地やトルコメシの話しを聞いたこともある。聞けば聞くほど驚くことが出てきそうで、いくら聞いても聴き足りない。

いつ逝っちゃうかわからない両親の世話もあるから負担の大きな仕事にはつけないけど、なにか面白そうな仕事でもあればいいんですけどねといいながら、それなりの貯えはあるからと笑っている。彼自身健康上の問題で酒やたばこには縁がない。五十過ぎても独り身で、一人街に出かけては美味いものを探す生活を楽しんでいるようにみえる。

去年から二人で秋葉原や神田に門前仲町から上野にでかけていたが、先月北千住に行きましょうよといってきた。ここにという行き先がなければ誘ってこない。なにがと思ってたら、旨いタイ飯屋があるんですよ。人気店なんでしょうね、何度か行ったんですけど、混んでて入れなかったんですよ。平日の昼飯前なら大丈夫だと思うんで、十一時半に駅で待ち合わせでどうでしょう。

綺麗なこじんまりした店だった。メニューを出されたが、ここでタイカレーはないだろうと、ふと隣をみたら常連らしき人のパッタイ(タイ風焼きそば)が目に入った。パッタイはあちこちのタイ飯屋で食べて来たが、一口食べて、これだと思った。通いの人がでてくるわけだ。いままで食べてきたパッタイが気の抜けたもののように感じた。

食う物食って落ちついたところで、いつものようにどこかでコーヒーをと思っていたら、レトロな店があるんですよ。混んでてなかなか入れなんですけど、もう昼飯どきも終わってるから……

二人で歩いて行ったら、残念なことに水曜日は定休日という看板が下がっていた。何度も来て探索済みなのだろう、どこかあるでしょうといいながら街中を連れ回してくれた。駅の周りには新しいビルが多いが、ちょっと歩けば昭和の庶民の東京の街並みがならんでいる。

北千住から千代田線で一駅の町屋で生まれて、小学校二年で田無に引っ越すまで祖父母に育てられた。就職した会社が我孫子で独身寮が柏だったから常磐線にはお世話になった。北千住は知らない駅じゃない。でもそれは、京成線や常磐線と山手線の乗換駅としてで、駅の外に出たことはなかった。

小さかったころの街並みを思い抱いて湯島や浅草や御徒町や吉祥寺も日暮里や西日暮里も町屋にも何度かでかけた。寂しいことにどこもかしこも綺麗になって昔の面影なんかどこにもなかった。もしやと戸越銀座と鳥越のおかず横丁にもいったが予想通りがっかりして帰ってきた。赤羽は居酒屋が勝ちすぎるし木場なんか木材の匂いでまいってしまう。どこに行っても変わらないのは道だけで、どこかの観光地に迷い込んだような気がした。北千住も綺麗な街だったが、それでも昭和の風情が残っている。街歩きの人もいなければ、無粋な観光客もいない。十一月中頃に出かけて年が明けたら、また行こうという話になっている。

「東京街歩き」とでも入力してググれば、知られ過ぎた感のある街の紹介がこれでもかいうほどでてくる。東京で生まれて育ったものには、行ったことがなくても、まあそんなもんだろうと想像がつく。観光客であふれかえった盛り場のようなところが今の東京ということなんだろうけど、出かけて行ったところで、がっかりして帰ってくるだけだと思っている。

2024/10/22 初稿

2024/12/17 改版

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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