私も、依頼を受けて講演をする。月に1度、ときに2度というペース。テーマは、ほとんどが憲法・改憲・平和・靖国・政教分離・「日の丸・君が代」・司法制度・天皇制…、そしてDHCスラップ訴訟。どんな講演のときにも、アベ改憲阻止の運動への参加を呼びかける。そして、忘れずに「DHCの製品を購入しない」よう実践をお願いする。それが、民主主義を守ることになるからだ。
一昔以前には、消費者問題での講演依頼が多かった。弁護士として具体的に携わる消費者問題を通して見えてくるこの経済社会の具体的な矛盾。それをを語って、賢い消費者の選択と行動が、より暮らしやすい世の中を作ることになると訴えるもの。それなりに有益なものだったと思う。いま、「賢い消費者として、DHC製品の購入はやめましょう」と呼びかける素地は、40年来の弁護士活動で培われたものなのだ。
もう一つ。10年前に肺がんの手術で体力を消耗する以前は、医療問題についての講演依頼も少なくなかった。患者側専門で医療訴訟に携わる弁護士として見えてくるものをお話しすることは、自分なりに有意義なものとの自負があった。
書類を整理していたら、たまたま、医療者に向けての講演のレジメが出てきた。10年前の2008年3月10日という日付。私は、その2週間後の24日に国立がんセンター東病院に入院して、26日に左肺上葉切除の手術を受けている。この講演は、手術直前のことだった。
このときの肺がんが私の人生最大の罹病。診察・診断・インフォームドコンセント、そして入院・手術。自らが患者の立場で医師・医療従事者と接する体験をした。その時期ならではの、切実に親切でよい医師・医療機関を望む気持での講演だったと思う。
そのレジメを、以下に全文掲載する。
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2008年3月10日
医師・医療従事者の皆様へ
医療者が患者・家族とのより良い関係を築くには
ー患者・家族は医療に何を望むか、
患者の権利、医療の法律論についてなどを含めて
誰もが患者になります。
あなたも私も‥。
医師も看護師も‥。
患者・家族は、医療従事者に命を預けます。この上なく重く大きな責任と期待を背負う任務にふさわしく、医療従事者は感謝と敬意の対象となり、生き甲斐も生じます。すべては、患者の願いに応えるゆえに‥。
より良い医療は、すべての患者と家族の願い。
私が望むより良い医療とは、患者の人格が尊厳あるものとして遇されるというものです。
もっぱら患者の立場で法廷に立つ実務法律家として、「患者の人格を尊重された医療」についてお話しをさせていただきます。
1 法というものの基本的な考え方
法は弱者のためにある ー 法の存在意義
強者は法の規制を嫌い、弱者は法による保護を必要とする。
法は、個人の生命と健康を至高の価値と考える ー 人権という法思想
法は良識を反映するー法解釈の基本 良識(≠常識)=社会通念+理念
2 消費者問題の一分野としての医療
人の暮らしは消費生活として営まれ、すべての人が消費者となる。
消費者は生活の安全と快適を事業者の提供する商品と役務に依存する。
消費者に対する事業者の責任の根拠
力量の格差・非対等性(巨大企業対一個人)
形式的平等→実質的平等の原則
専門性 商品役務の高度化 買い手注意→売り手注意
危険性 薬品・食品・製品 無過失責任を基本とする製造物責任法
報償責任 利益あるところ責任もある。
医療においても、医療機関(事業者)と患者(消費者)とは非対等。
専門性と危険性は際だっている。
3 医療を規律する法の2系統
公法ー行政取締の法 厚労省・保健所
医師法・歯科医師法・保健師助産師看護師法・医療法
・薬事法・薬剤師法‥‥ 刑法・特別刑法
私法ー医療機関と患者との関係を契約として把握する。
どんな内容の契約で、どのような債権債務を発生するか。
*医療機関の権利(患者の義務)
報酬請求権・診療への協力を求める権利
*患者の権利(医療機関の義務)
法律で細かく決められているわけではない。
大まかな法原則と社会の良識に基づいて、判例として形成される。
説明を求める権利・情報の開示を求める権利
臨床医学の水準に基づく安全のための最善注意義務・万全注意義務
4 医療機関(医師)の診療における義務の特殊性
結果債務(与える債務)ではなく、手段債務(なす債務)である。
診療経過における医師としての注意義務違反→過失
過失とは臨床のセオリーとして、
してはならないことをしてしまった(作為態様の過失)
しなければならないことを怠った(不作為態様の過失)
5 法は判決で実現される
患者の権利が侵害されて損害が生じたときに、損害賠償請求訴訟となる。
患者が提訴によって求めるもの
事実の解明
謝罪
生活保障
義憤・公憤
患者の死を意義あらしめること
6 何よりも大切なものは医療者と患者の信頼関係の形成
そのためには、医師・医療従事者としての技量への信頼
情報の開示・十分な説明による信頼
不信の要素としての3つの壁 専門性の壁
密室性の壁
「組織の論理」の壁
患者の求める医療水準と、医療機関の意識とのギャップ
患者と共同する医療
インフォームドコンセント(患者の自己決定権を十全ならしめる基礎)
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レジメだけでは、言わんとするところが必ずしもよくは分からない。しかし、雰囲気程度は伝わるものと思う。最後の「患者の求める医療水準と、医療機関の意識とのギャップ」について、詳しくお話しした記憶がある。「医療者と患者が共同する医療」、具体的には「インフォームドコンセントのあり方」が最重要問題となる、ということだったはず。
過不足なく、十分なお話しができただろうか。医療者の皆さんに、患者の気持ちが届けられただろうか。講演のたびに悔いは残る。
(2018年4月25日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2018.4.25より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=10266
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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