医薬品メーカーを独り勝ちさせている高薬価の是正が急務~「薬価改定と医薬品業界の動向」と題して厚生農協連で講演~

著者: 醍醐聡 だいごさとし : 東京大学名誉教授
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厚生農協連で講演
  昨日(2012年4月20日)、日本文化厚生農業協同組合連合会(通称:文化連)で「薬価改定と医薬品業界の動向」と題して講演をした。
 厚生連は全国各地で病院を経営しているが、この4月に診療報酬と薬価が改定されたのを受けて、次年度の医薬品購入に向けた対応を協議する時の参考にと依頼を受けたものである。以下、講演用に作成し、会場で配布してもらった資料一式(パワーポイント原稿、医薬品業界の直近の財務の状況をまとめた別紙資料3枚)を掲載しておきたい。なお、講演の要旨を資料のあとに掲載したのでご覧いただけると有難い。
 これらの資料が、わが国で、薬剤費が医療費を押し上げる主な要因の一つになっているのはなぜなのか、医療保険財政の再建という時の財源は、「初めに消費税ありき」でよいのか――を考える参考にしていただければ幸いである。

 講演で使ったパワーポイント:「薬価改定と医薬品業界の経営動向(Part1)」
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/yakkakaitei_to_iyakuhingyokai_no_doko_part1.pdf
 同上:「薬価改定と医薬品業界の経営動向(Part2)」
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/yakkakaitei_to_iyakuhingyokai_no_doko_part2.pdf

 別紙1 医薬品製造業の財務の状況
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/iyakuhinseizogyo_no_zaimubunseki.pdf
 別紙2 ジェネリック医薬品製造業の財務の状況
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/zyeneriikuiyakuhingyo_no_zaimubunseki.pdf
 別紙3 医薬品卸売業の財務の状況
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/iyakuhin_orosi_zaimubunseki.pdf

 また、当日、配布しなかったが、医薬品製造業の過去5年度(2006~2010年度)の売上高、売上原価、営業利益の金額と売上高百分比を、製造業平均と対比する形でまとめた資料を作成したので、参考までに掲載しておく。
 医薬品製造業の営業利益率の推移――2006~2010年度――
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/iyakuhinseizogyo_riekiritu_2006-2010.pdf

 講演の要旨 
 (1)わが国の薬価が国際比較で割高(注)で医療費を押し上げる大きな要因になっているのは、処方箋枚数の増加以上に処方箋1枚当たりの薬剤費が高止まりしていることに起因している。ちなみに、薬局調剤分も含めた薬剤費が医療費総額に占める割合は2010年度(6月審査分)には33.0%となっている。
 (注)全国保険医団体連合会の「日本の薬価問題プロジェクト2011」が医薬ビジランス研究所と共同で行った薬価の国際比較調査(昨年12月22日に調査結果を発表)によると、売上上位77品目で見た日本の薬価(相対薬価)は英国、フランスの約2倍、ドイツの約1.5倍になっている。
 詳しくは、保団連「薬価の国際比較調査にもとづく医療保険財源提案」
 http://hodanren.doc-net.or.jp/news/index.html
 (開いた画面の中央にある「保団連の調査など」を「クリック」すると出てくる先頭の記事です。)

 (2)近年わが国では、医療保険財政の立て直しのためにと、医療費の抑制と患者の自己負担の引き上げが相次いで実施されてきた。しかし、その一方で、過去5年間の加重平均でみると、医薬品製造企業(資本金100億円以上)の営業利益率は製造業平均(同左、4.2%)の4.5倍(19.0%)という極めて高い水準を記録している。

 (3)医薬品製造業が、研究開発費その他の販売費及び一般管理費にかなりの出費をした上でなおこれほどの営業利益率を残せているのは、売上高原価率が業種平均で44.3%(過去5ヶ年平均)、トップメーカーの武田薬品工業に至っては20.4%と異常に低いことが最大の理由である。

 (4)他方、医薬品をメーカーから仕入れ、医療機関に納入する医薬品卸売企業の営業利益率は1%前後にとどまっている(2010年度連結決算では0.2%の営業損失)。

 (5)つまり、(3)(4)から、国際比較で日本の薬価が割高で、それが医療費を押し上げる大きな要因になっている究極の理由は、医薬品卸業者が医療機関に納入する価格に問題があるのではなく、医薬品メーカーが卸売業者に販売する時の仕切り価格が原価を大きく上回る水準で決められ、かつ、わが国の薬価算定方式がこうした原価を大きく上回る水準で薬価を高止まりさせる仕組みになっていることにある。

 (6)その仕組みというのは、①効能が類似する医薬品があり、かつ、新規性ありと認められた新医薬品には、画期性加算、有用性加算など様々な名目で類似薬効品の実勢価格に上乗せがされる仕組みになっていること、②類似薬のない新医薬品には原価計算方式が適用されるが、各種営業費用の実績値に加算される営業利益が過年度の営業利益率の実績値をベンチマークとして算定され、その上でさらに既存医薬品と比べて革新性、有効性、安全性において優れているとみなされたものには最大で50%の加算を認める仕組みになっていることを指す。
 詳しくは以下をご覧いただきたい。
 新医薬品の薬価算定方式
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/yakkasanteihosiki.pdf
 薬価算定の実態
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/yakka_santei_no_zittai.pdf

 (7)公正取引委員会は2006年1月~9月に「医療用医薬品の流通実態調査」を行ったが、その結果を公表するにあたって、次のような指摘をしている。
 ①病院など医療機関による医薬品の選定にあたって、メーカーのMR(注:もともとは医療情報担当者。実態は営業担当職員に近い)による営業活動が卸業者の営業活動よりも圧倒的な影響力を持っている。
 ②そのため、卸業者はメーカーとの間で値引き交渉など価格交渉をする余地が限られている。
 ③メーカーはコンピュターシステムを利用して90%以上の卸業者から、医療機関に対する販売情報(販売先、販売品目、販売価格、販売数量等)を報告させている。
 ④その販売情報提供をもとに、メーカーは卸業者に支払うリベート、アローアンスを決めている。
  (注)上で掲載した別紙3「医薬品卸売企業の財務の状況」において、営業外収益に計上されている「受取情報料」(アルフレッサHD52億円、スズケン46億円)は、ここでいうリベート、アローアンスの受取額を指すと考えられる。また、別紙1「医薬品製造業の財務の状況」で、販売費及び一般管理費の中の販売促進費の割合が大きい理由の一つは、卸売業者に支払うリベート、アローアンスがかなりの金額に上っていることのあると考えられる。

 医薬品の流通過程でのこうした取引慣行は、卸業者が一定の価格以下で医薬品を医療機関に納入しないよう再販売価格に影響を及ぼす行為となる恐れが常にあるから、公取委による不断の監視と機動的な是正措置の発動が求められる。

 (8)さらに、2010年度からは、このように異例といえる高薬価誘導型の方式で算定された薬価を維持させる「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」方式が試行と称して導入され、この4月に改定された薬価でも「試行」を継続することになった。

 (9)医薬品メーカーは創薬のインセンティブと研究開発投資の原資を確保するには薬価のさらなる引上げあるいは維持が不可欠と繰返し主張している。しかし、大手製薬企業の近年の貸借対照表(上記の別紙1を参照)を見ると、「のれん」、「販売権」といった、外部から取得した無形固定資産が大きなウェイトを占めている(武田薬品工業の場合は資産総額の40.9%、エーザイ23.9%、アステラス20.8%、第一三共16.3%)。これは、近年、わが国の製薬大手企業が海外でM&Aや販売権の取得を活発に進めた結果生じたものである。自社開発か外部成長かは各社の経営戦略によるから、一概にその可否を議論できないが、他から既成の医薬品の製造・販路を取得して成長を図るやり方は「創薬のためのさらなる原資が必要」と言う言い分と辻褄が合わない。

 (10)創薬のための原資というなら、業界全体で見ても負債総額を上回る利益の内部留保(利益剰余金)を活用することが先決である。ちなみに、武田薬品では2011年12月末(2011年度第3四半期末)時点で内部留保利益(利益剰余金)が2兆2,905億円に達している。これは同時点の負債総額の1.6倍である。

 (11)現行の薬価算定方式では、有用性、画期性、革新性等の言葉を冠した「価値評価」が根拠があいまいなまま、種々折り込まれている。そのため、価値評価を反映させる加算の種別、加算率の選定にあたって、厚労省の担当部局の裁量的な判断が介在する余地が極めて大きくなっている。これについては、スライドNo.6で記載した元厚労省薬価審査責任者の講演趣旨文を参照いただきたい。元記事は以下。
 「当局との薬価取得交渉、有効な資料作成と加算要件」
 【第1部】当局との薬価取得交渉~薬価の算定基準・予測と当局の考える「値ごろ感」~
  https://www.meducation.jp/seminar/regist?id=10493

 (12)確かに、医薬品を開発する事業者の創薬インセンティブを維持・向上させるには、薬価の算定にあたって、医薬品のコストだけでなく価値(効能)の評価も折り込む必要がある。しかし、問題は価値評価をどの段階で折り込むのかという点である。
 私は、(11)で指摘した現行の方式――新医薬品の薬価収載時に行政担当者の裁量的な判断に委ねる方式――ではなく、販売後の利用者(患者、医師)による評価に委ねるのが透明性、客観性の点で優れていると考えている
 この点でいうと、現行の方式では、上市後に予測を超えて売れた医薬品については最大15%(類似薬効算定方式が採用された品目)または最大25%(原価計算算定方式が採用された品目)だけ薬価を引き下げる「市場拡大再査定方式」が採用されている。確かに、利用実績の高い医薬品を少しでも低価にして普及しやすくするのは望ましいことである。
 しかし、高額医薬品の場合は別として、利用実績が高いということは効能、価格両面で医師、患者に受け入れられた医薬品と考えられる。とすれば、販売開始前に根拠が乏しい基準で原価を大幅に超える薬価を設定するのを止め、その分、薬価を現行の水準よりも大幅に引き下げた上で、販売後の実績にもとづいて、医師、患者に効能が高く評価された医薬品については、「売れ過ぎたら下げる」という方式を緩和し、優れた医薬品を開発した功績が事業者にも還元される仕組みにするのが望ましいといえる。
 もちろん、それでも、①類似薬効比較方式では各種の加算制度を廃止し、②原価計算方式では、既存の異常に高い営業利益率をベンチマークとする方式を止めて、製造業平均とまでは言わないまでも、その中間レベルの営業利益を確保する水準までベンチマークを引き下げることにすれば、トータルでは薬価は現状よりも大幅に引下げられ、医療保険財政の改善に大いに寄与する

初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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