半分以上の権利は占めた、次はパイプラインの番

買い物完了

東チモールは先月の3月末の時点で、コノコフィリップス社とロイヤルダッチシェル社(以下、シェル社)の保有する「グレーターサンライズ」ガス田の権利を買い取る準備を整えました。するとオーストラリアの海外投資審査委員会が「グレーターサンライズ」田の共同開発企業体の会計監査をする必要があるとして、少なくとも4月5日まで支払いを待つよう東チモールに申し入れてきました(以上、前号「東チモールだより」より)。結局、このオーストラリアの監査機関は4月15日ごろまで作業がかかるとして東チモールの支払い待機時間がさらに延びましたが、その後オーストラリアの監査機関は東チモールに支払いの“ゴーサイン”を出し、15日、東チモールはコノコフィリップス社に3億5000万ドル、ロイヤルダッチシェル社に3億ドルをそれぞれ送金したのです。

2019年4月16日、シンガポールのホテルで東チモール側の代表であるシャナナ=グズマン交渉団長と二社の各代表は売り買いが成立した書類に署名し、東チモールは二社の保有していた権利の買い取りを完了しました。これにより東チモールは、つまり東チモール国営石油ガス会社であるチモールGAP社は、「グレーターサンライズ」田の共同開発体に56.56%の権利を占める主要な存在として参加したのです。

チモールGAP社が56.56%の権利を保有して共同開発体の一部となったことで、東チモールの意向が強く反映されることになるでしょう。56.56%の権利を得るなり政府やチモールGAP社は、2021年から「グレーターサンライズ」田開発の具体的な建設作業が始まり、2026年にはガスを売ることが出来るだろうと息巻いています。とうことは今年から来年にかけてパイプライン問題に決着がつくということです。

パイプラインは何処へゆく?

オーストラリアのウッドサイド社は33.44%というチモールGAP社より少ない権利配分をもつ企業となってしまいましたが、あくまでもウッドサイド社が開発主体(オペレーター)です。しかしパイプラインの行き先は東チモール以外にあり得ないと頑固に主張する東チモールにウッドサイド社は妥協するかもしれません。その代わりパイプラン敷設を含めて東チモール南沿岸部開発への設備投資には消極的になると報じられています。大きな権利を買い取った東チモールは大きな責任も買い取ったことになり、大きなリクスもついて回ることになります。

開発における「勝利」とは何を意味するのか

去年2018年9月28日シャナナ交渉団長はコノコフィリップス社の30%を買い取る合意契約をしたのちの翌10月、g+7会議に出席するためにリスボン訪問中の東チモールの民放放送局(GMN:全国メディアグループ゚)のインタビュー番組に出演し、その番組は同年10月22日に放映されました。この番組のなかで司会者に――コノコフィリップス社が権利を売るのは東チモールの経済をあまり信じていないからだという意見がありますが(東チモールと組んでは商売にならないから同社が撤退するという意味か?-青山)――と問われたシャナナ交渉団長は、「英語でいうところのI don’t care[かまうものか]だ。24年間(の抵抗運動のとき)も世間は(東チモールが勝利するとは)信じていなかったが、I don’t careでI will win [わたしは勝利する]といってきた。いま世間が信じていないとしても問題ではない、I don’t careだ」と疑念の声を一蹴しました。

大企業の番犬専門家の批判にたいして独立の英雄であるシャナナ=グズマン氏が“I don’t care”と国民意識を高揚させる発言をするのはよいとしても、東チモール国内で生じている率直な疑念や批判にたいしては正面から受け止めて丁寧に対応する姿勢を示してほしいものです。適切な情報公開が不十分でることがシャナナ=グズマン氏の推し進める大規模事業にたいする最大の懸念材料です。

さて、シャナナ交渉団長は上記インタビュー番組で「勝利」という言葉を口にしました。解放闘争の場合、「勝利」とは独立・自由・解放・自決権獲得…などなど比較的わかりやすい意味をもちますが、「グレーターサンライズ」田の開発事業の場合、「勝利」とは何を意味するのでしょうか。素朴な意味として国が利益を得ることでしょうが、国家にとって「勝利」でも国民にとってそうでないという事態は十分に起こりえます。資源を採って、精錬加工をして、売って、利益を得ることだけを考えて、その過程で生じるゴミ・廃棄物の問題とこれらによる環境問題、つまり後始末のことを考えると、「勝利」の意味が立場によって大きく異なることになるかもしれません。2021年から工事が始まるというのなら、政府は後始末の問題も住民と一緒に考え始めるべきです。

オーストラリアに入り続ける10%

東チモールとオーストラリアが2018年3月に国連本部で調印した新領海画定条約をうけて東チモールは6億5000万ドルを支払ってコノコフィリップス社とシェル社の権利配分を買ったのにもかかわらず、奇妙にも、東チモールもオーストラリアもそれぞれの国内事情でまだこの条約を批准していません。

東チモールの国内事情とは――この「東チモールだより」で縷々伝えてきたつもりですが、閣僚の顔ぶれが揃わない政治的袋小路、2019年度予算公布をめぐるルオロ大統領とシャナナ=グズマンCNRT(東チモール再建国民会議)党首の対立、6億5000万ドルを「石油基金」から引き出すため政府による手練手管とそれに反発する野党などなど――慌しい政局が続いていることです。コノコフィリップス社とシェル社の権利を買い取ってしまった今、復活祭の休暇で政局はひとまず落ち着きを取り戻したあとで、できるだけ早く新領海画定条約を批准することになるでしょう(批准してから6億5000万ドルの買い物をするのが本来の筋だと思うのだが…)。

さてオーストラリアが何故この条約をまだ批准していないのか…『ガーディアン』(2019年4月15日、電子版)ではオーストラリア国会の機能不全のためという言い方がされています。スコット=モリソン首相率いる現政権は支持率が低迷し、来月の選挙で政権交代がされるという見方が有力です。

それはともかくオーストラリアが新領海画定条約を批准しないということは東チモールに経済的損得を与えているという事実は重大です。なぜそうなるかというと、オーストラリアが新条約を批准しないということは旧条約がまだ有効ということになり、それはチモール海に「共同開発地域」が法的に存在していることを意味し、東チモールにとってほぼ唯一の国家財源であり、あと3年程で枯れるといわれている「バユウンダン」油田は依然として「共同開発地域」に属することになり、つまり「バユウンダン」油田からの歳入はこれまで通り東チモール90%とオーストラリア10%の割合で配分されつづけることを意味するからです。オーストラリアが批准すれば100%東チモールのものとなるのですが…。

旧条約下では「バユウンダン」油田はいまだに「共同開発地域」に属する

上記『ガーディアン』の記事によると、新領海画定条約が調印されから今日まで、オーストラリアが批准しないがゆえに得た金額は、オーストラリアが東チモールへ与えたこれまでの援助金額を上回り、東チモールの1年間分の保健関連予算も上回るといいます。この記事では、オーストラリア近隣諸国のなかで最貧国の一つである東チモールからオーストラリアがこのように利益を吸い取るのは暗澹たる気分にさせられる、新条約調印後にオーストラリアが「バユウンダン」田から得た利益を東チモールに返すべきだという元ビクトリア州知事であった人物の意見が紹介されています。

東チモールにとってオーストラリアは“南方の巨人”です。東チモール閣議室に盗聴器を仕掛けて領海を含めた「グレーターサンライズ」開発交渉を優位に進め、それがばれて新領海の画定と事態が進展したわけですが、条約調印後も批准しないがために本来東チモールのものである10%の利益を依然として手にするとは随分と強欲で情けない“巨人”ではないか……という顰蹙(ひんしゅく)を買って外交的に損をしないように、オーストラリアは自ら進んで新条約調印後に得た「バユウンダン」からの利益を東チモールに差し出した方が得策だと思います。

 

青山森人の東チモールだより  第393号(2019年4月21日)より

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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