筆者はこのところ行けば必ず寝るので映画館に行けず、スカパーさまのお蔭で古い映画を楽しませてもらっている一映画ファンの職業人で、だから記憶に頼って書いているので間違いがあればご容赦お願いたしたいと存じます。
ちきゅう座にも転載されているが、11月2日のリベラル21に掲載された半澤健市の『スバル座と八千草薫』を興味深く読みました。
八千草薫さんは昭和6年のお生まれだから、女優さんとして同世代の方々を挙げれば、岸恵子さん、久我美子さん、香川京子さん、山本富士子さん、有馬稲子さん、といったそれこそ戦後日本の代表的な大女優の方々がずらりと並びます。残念ながら八千草さんはこのたびお亡くなりになりましたが、その他のみなさんはお元気と見受けられます。先日、京マチ子さんがお亡くなりになり、大正生まれの女優さんが一段と寂しくなってしまいましたが、昭和6年生まれのみなさんがお元気な限り、小津安二郎監督も成瀬己喜男監督も木下恵介監督も今井正監督も過去の人にはなりません。
実は以前からずっと感じているのですが八千草薫さんに関しては、映画の代表作ってどれかしら?あまり意味のないことだろうけど、ヒマ人が勝手に次の作品を挙げてみました。ここは半澤さんとちょっと意見が異なるところです。『蝶々夫人(1954年):カルミネ・ガローネ監督作品)』、 『乱菊物語(1956年):谷口千吉監督作品』、『白夫人の妖恋(1956年):豊田四郎監督作品』、『殉愛(1956年):鈴木英夫監督作品』、『雪国(1957年):豊田四郎監督作品』、『ガス人間第一号(1960年):本多猪四郎監督作品』。
この中で『白夫人の妖恋』は山口淑子さんと、『雪国』は岸恵子さんとの共演です。純粋なヒロインとしては『乱菊物語』、『殉愛』それに『ガス人間第一号』、の3作品。駄作なんかじゃあないんでしょうけど、なんとなく小粒な感じは否めないし、ちょっとこれでは惜しいように感じる。ちょっと童女っぽくて可愛すぎたのかしら、なんて思ったりもします。しかし木下恵介監督のちょいと理不尽な対応に「これから木下先生の作品には出ません」ときっぱり言い切った八千草さんのお話を本で読んだことがあるから、穏やかな物腰の割にはしっかりした芯の通った方だったようなので、いろいろあったのかしらねぇ、なんて邪推したりもできます。
でも、やっぱりテレビと舞台の女優さんだったのだろうな、八千種薫さんは。確かに『岸辺のアルバム』、『いちばん綺麗なとき』、『夜中に起きているのは』なんてやっぱりよかったなぁ、と思います。リアルタイムの舞台を拝見できたことは誠に至福の時を過ごせたことでありました。そして紀伊国屋ホールで一般の観客として観に来られていた八千草さんのあまりに普通然としたお姿を拝見したとき益々ファンになりました。(世の中には、いつでもどこでも女優然とした方もいらっしゃいますからね。)
半澤さんのお話しは、スバル座の閉館からウィリアム・ワイラー監督の『我等の生涯の最良の年』に飛び、そこから八千草薫さんに続きました。
そこで『我等の生涯の最良の年』です。ずーっと以前に読んだ戦後間もない頃の映画評論家津村秀夫氏の本で、『我等の生涯の最良の年』、『疑惑の影:アルフレッド・ヒッチコック監督作品』それに『裸の町:ジュールス・ダッシン監督作品』が激賞されておりました。やっぱりウィリアム・ワイラー監督とかスタンリー・クレイマー監督は好きだな。ワイラーさんは『ローマの休日』だけじゃあないのよ。
随分後になって、津村秀夫という人は、戦争中は軍部に積極的に協力した過去をもちながら戦後はヒラリとなにごともなかったようにお仕事を続けて来た人と知り、ここにも “戦後日本の無責任の頂点群の諸代表”のお一人だったのね、なんて今では知っている。ちなみに俳優の津村鷹志(津村隆)氏は津村秀夫氏のご子息である。劇団雲から、現在は演劇集団 円に在籍しているらしい。そりゃそうだよな、福田恒存氏や三島由紀夫氏に連なる雲や円だよな、行くとすりゃ。
おっと脱線してしまったが、ついでにもう一つ脱線。『我等の生涯の最良の年』に関連して、業師の巨匠吉村公三郎監督作品に『わが生涯のかがやける日』という作品があるが、誰だか忘れたが某映画評論家の先生が、「どうしてもわたしには主人公たちにとっての、わが生涯のかがやける日、となると思えないのである。」という一文を読み爆笑してしまった記憶がございます。
さていよいよ『我等の生涯の最良の年』です。終戦直後であったから高評価されているのだ、などと思ったら大間違い。ウェルメイドのホームドラマで、今までに連なるホームドラマの原形じゃあないかと思ってます。やっぱり戦争から何とか生きて帰れたことの意味は大きかったのです。山本薩夫監督作品『荷車の歌』のラストシーンで片足を失ったとはいえ、母親の望月優子さんのところにやっと戻ってこれた塚本信夫さんの息子の笑顔の意味を我々はちゃんと知っている。だって帰ってこれなかった、ダンナや息子がどれほどいたことか。
これまたつい先日にお亡くなりになった和田誠さんと山田宏一さんの対談本で、戦後映画で入ってきたテレサ・ライトさんの日本人に与えた好印象を述べられていたが、明るくて健康的で全くその通りだと思う。反対にヴァージニア・メイヨさん演じる若妻のはすっぱな怖さもワイラー監督はしっかり見せている。もっとも、ヴァージニア・メイヨさんは実生活ではとても堅実な方だったようだ。人柄の良さで裏方さん達に好かれた、エレノア・パーカーさんやバーバラ・スタンウィックさん、反マッカシーズムを表明しレーガン大統領を嫌った、母親役のマーナ・ロイさんだっていい女優さんだ。
またまた脱線しますが、ちなみに先日、映画通だという先輩と飲んでいて、好きな女優の話になりました、先輩のお好みはソフィア・ローレンさんなんですって。あたしゃ、ホープ・ラングさん、エレノア・パーカーさん、ジョーン・フォンテインさん、エレオノラ・ロッシ=ドラゴさん、それにスーザン・シェントールさんだよ、と煙に巻いた次第。筆者も中期オヤジから後期オヤジに移行しつつあるので、その先輩の年齢は推して知るべし。
山口瞳さんの『江分利満氏の生活』シリーズの中に招集されて南方のジャングルで戦ったすし職人の兵隊さんが、神様がもしすしを二貫食べさせてくれるとすればどのねたを選ぶだろうか、と考えます。結局、トロとコハダを選びます。次にもし一貫だけだったらどちらを選ぶか、熟考した末にコハダを選ぶという話しが出てきます。
それじゃあこちらも選びましょ、なんてことで5人から「大都会の女たち」のホープ・ラングさんと「ロミオとジュリエット」のスーザン・シェントールさんまでは絞れました。さてそこからどうしましょ。選ぶのやーめたっ。
『我等の生涯の最良の年』では、ダナ・アンドリュースさんの元空軍将校が解体されるB17の残骸に乗り込んでいて、偶然爆撃機解体業の仕事に就く場面(でもきっとその後で朝鮮戦争に行くことになるんだよなぁ、きっと)、 フレデリック・マーチの銀行員が、すこし不安があり本来だったら融資しないであろう客先に融資する場面、が好き。特にフレデリック・マーチのくだんの場面を見ると、ナチスから逃れてきたビリー・ワイルダー監督がアメリカに着いて不安げに入国審査官の面接を受けたときに「君は良い脚本を書くのだ」とロナルド・コールマンに似たその入国審査官から励まされる場面を思い出すのですね。
いつも短い時間しかお話しする機会がないけれど、今度半澤さんにお目にかかったら、そんな話をしてみたいと思っております。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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