東京電力福島第1原発の事故原因を調べてきた国会の事故調査委員会(黒川清委員長)は7月5日、「根源的な原因は、『自然災害』ではなく明らかに『人災』である」との最終報告書を衆参両院議長に提出した。国政調査権限を付与され、15億円もの予算をかけた公的調査であり、641㌻にも及ぶ報告書から「福島原発事故は終わっていない。今後の取り組みこそ重要」との強烈なメッセージが伝わってくる。
破壊された1~4号炉の放射線濃度はいぜん高く、現場確認ができない中での調査は、通常の事故調査より困難を極めたに違いない。原発20~30㌔圏内の16万人は避難を余儀なくされ、除染・ガレキ処理は進んでいない。これら深刻な状況を探れば探るほど、事故原因の根深さに気づき、日本社会の構造的問題にまでメスを入れた。
日本社会のイビツな構造
「想定できたはずの事故がなぜ起こったのか。その根源的原因は、日本が高度経済成長を遂げた頃にまで遡る。政界、官界、財界が一体となり、国策として共通の目標に向かって進む中、『規制の虜』(Regulatory Capture)が生まれた。そこには、ほぼ50年にわたる一党支配と、新卒一括採用、年功序列、終身雇用といった官と財の組織構造と、それを当然と考える日本人の『思い込み』があった。経済成長に伴い、『自信』は次第に『おごり、慢心』に変わり始めた。入社や入省年次で『単線路線のエリート』たちにとって、前例を踏襲すること、組織の利益を守ることは、重要な使命となった。この使命は、国民の安全を守ることよりも優先され、安全対策は先送りされた。そして、日本の原発は、いわば無防備のまま、3・11の日を迎えることとなった。この事故が『人災』であることは明らかで、歴代及び当時の政府、規制当局。東京電力による、人々の命と社会を守るという責任感の欠如があった」と、黒川委員長は警鐘を鳴らした。――国会事故調の使命を「国民による国民の事故調査。世界の中の日本という視点(日本の世界への責任)」を合言葉にして昨年12月8日から半年間で調べ上げた最終報告は、他の政府事故調・東電事故調・民間事故調報告より格段に踏み込んだ重みを感じる。外国留学の長い医学者・黒川氏の人脈と気骨、更に報告書をいち早く英文で世界に発信した姿勢を称賛したい。
東電と規制当局のゆがんだ関係
最終報告書が強調したのは、事故の背景要因となった東電・電気事業連合会と規制当局のゆがんだ関係だ。東電は多くの学者から警告されていた地震・津波対策を放置してきた。規制当局がこれを黙認したのは何故か。「規制される」東電が、情報の優位性を武器に「規制する」当局を骨抜きにし、立場の逆転に成功。規制当局は東電の虜(とりこ)になり、監視機能が崩壊していたとの指摘は、全くその通りである。
また東電側の「想定外の津波」元凶説に対して、「地震によって配管が破断した疑いが濃厚」と指摘した点は極めて重要だ。原子炉内調査ができないため〝断定〟を避けたものの、地震で配管が破断したとなれば一大事。日本に残る50基だけでなく、世界各地の原発耐震設計見直しにつながる問題である。
大飯原発を再稼動させた野田政権の責任
野田佳彦首相は6月8日、大飯原発(福井県おおい町)の再稼働方針を表明した会見で、「福島第1原発を襲ったような地震、津波でも炉心損傷に至らない」と言い切った。国会事故調の検証作業が完了していない時点で、しかも大飯原発「免震事務棟」が完成していないのに再稼動の判断を下した野田首相の責任を厳しく追及すべきである。黒川委員長が「なぜ国会事故調の報告を待ってからやらないのか」と批判したのは当然ではないか。最終報告が提出された7月5日、大飯原発3号機を稼動させた野田政権の強引な姿勢が心配でならない。若狭湾断層の危険もあるのに、国民の不安を無視した再稼動と言わざるを得ない。
「独立調査委設置」など7提言の重み
国会事故調が設置された意義について「当委員会は、国家の三権の一つである国会の下で行うために設置された。それゆえに、強い調査権限を有している。法令上、文書の提出請求権を有するほか、国政調査権の発動を両院合同協議会に対し要請する権限を有する。……本調査活動中は必要とされる参考人等には全て協力をいただいたため、この国政調査権の発動を実際に養成することはなかった」(報告書P7)と述べている通り、10人の委員が専門分野を担当して、徹底調査を行った。従って、これまで隠されていた文書を発掘、菅直人前首相、勝俣恒久東電会長らから公開の聞き取り調査を行うことができた。その都度、記者会見での説明を励行、動画などを通じて世界に発信した。〝密室談合〟の多い日本社会の中で、公正でオープンな会議を断行したことは、画期的なことだ。未解明の部分は残るものの、「最終報告」の具体化、法制化は、国会に委ねられた。全国会議員の任務と責任は極めて重いのである。
そこで、原子力政策建て直しのため、事故調が提示した7つの提言を拳拳服膺してもらいたい。
提言項目として「①原子力問題に関する常設委員会を国会に設置。事業者、行政から独立した専門家で構成②政府の危機管理体制の抜本的見直し。政府、自治体、事業者の役割と責任の明確化③政府の責任で、被災住民の健康と安全を継続的に守る④政府と電気事業者間の公正なルールを作成し、情報開示を徹底⑤高い独立性と透明性を持った規制組織の新設⑥国民の健康と安全を第一とする一元的な原子力規制を再構築⑦民間中心の独立調査委員会を国会に新設する。未解明部分の事故原因の究明、事故収束のプロセス、廃炉や使用済み核燃料問題などを継続して調査、検討する」との7提言を列挙したうえで、次のように訴えている。
「この提言に向けた第一歩を踏み出すことは、この事故によって、日本が失った世界からの信用を取り戻し、国家に対する国民の信頼を回復する必要条件であると確信する。……この事故から学び、事故対策を徹底すると同時に、日本の原子力政策を国民の安全を第一に考えるものに根本的に変革していくことが必要である。ここにある提言を一歩一歩着実に実行し、不断の改革の努力を尽くすことこそが、国民から未来を託された国会議員、国権の最高機関たる国会及び国民一人一人の使命であるであると当委員会は確信する(報告書P20~23)」
黒川委員長は7月5日の記者会見でも、「この提言を確実に実行し、不断の努力を尽くすことが国民から未来を託された国会議員の使命だ。直ちに動き出すことが、事故で失った世界や国民からの信頼を取り戻すことになる」と熱っぽく訴えていたが、国会は相変わらずの政局がらみの混乱が続き、原子力政策見直し論議は驚くほど低調だ。民主党は内紛の影響でまとまらず、自民・公明の一部議員が今後の対応策を相談している程度の無気力さにはあきれる。
国会議員は真剣に取り組め
朝日新聞7月7日付社説が、「東電と規制当局のなれあいの構造が他の電力会社や原発にも共通するのではないか。特に報告書が懸念するのは耐震補強の不備である。報告書は、福島事故で津波の前に地震によって機器が損傷した可能性を『否定できない』と明記した。再稼動に向けて、政府が主に津波を念頭に進めてきた安全対策は、肝心のところが抜け落ちていないか。全原発の調査に取りかかるべきだ。せっかくの報告書だが、今後の活用について法律上の規定がない。このままだと『反省して終わり』になりかねない。憲政史上、初めて設けた調査委員会の成果である。政争の具にすることなく、原子力行政や原子力事業者の監視に反映させる義務を、全ての国会議員が負っている」と指摘している通りである。
事故調は報告書の後段で、国会の継続監視事項として①免震重要棟の整備②バックチェックの徹底③ヨウ素剤服用体制の整備④避難区域の設定⑤通信手段の強化⑥既成プラントの再点検など16項目を列挙して、国会に継続監視を求めている(報告書P594~599)。
国民の安全のため、国会に託された責務は重い。最終報告書の警告を風化させてはならず、メディアも国民も真剣に受け止め、国会論議や原発再稼動の動向に監視の目を注ぎ続ける必要性を痛感する。
初出:「メディア展望」8月号(新聞通信調査会)より許可を得て転載 ――編集部
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye2013:120801〕