原発規制基準は「世界で最も厳しい水準」の虚構(石橋克彦神戸大学名誉教授 『科学 2014.8』より)

今月号の岩波書店月刊誌『科学』(2014年8月号)に掲載された神戸大学名誉教授の石橋克彦氏の論文です。この論文では、先般の福井地裁による大飯原発運転差止裁判の原告住民側勝訴判決文を参照しつつ、地震学が専門の同氏の視点から見た「新規制基準」のおかしさ、とりわけ基準地震動の過小評価と、いわゆる「深層防護」の不十分への厳しい批判が展開されています。下記に、そのエッセンス部分を簡単にご紹介いたします。みなさまにおかれましては、是非とも岩波書店月刊誌『科学』の原典にあたっていただいて、この石橋克彦神戸大学名誉教授の論文をお読みいただければ幸いと存じます。

 

なお、下記には、同論文の「注」に紹介されているVTRや資料等を併せてご紹介しておきます。

 

(1)原発規制基準は「世界で最も厳しい水準」の虚構(石橋克彦神戸大学名誉教授 『科学 2014.8』)

 

注:上記論文の注書きに書かれている原子力コンサルタント(元GE)の佐藤暁氏の2014年4月18日の講演関係の資料は下記サイトをご覧ください。

 

(1)4-18 院内学習会:原子力規制のグローバルな状況と日本 深層防護 ~How deep is deep enough~  原子力資料情報室(CNIC)

http://www.cnic.jp/5763

 

(2)20140418 UPLAN 佐藤暁「深層防護~How deep is deep enough~原子力規制のグローバルな状況と日本」(もっかい事故調公開研究会) – YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=XZsfyGWUMMM

 

(3)「原子力規制のグローバルな状況と日本」(2014年4月18日 佐藤暁 原子力コンサルタント)

http://www.cnic.jp/files/20140418mokkai_sato.pdf#search=’%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E8%B3%87%E6%96%99%E6%83%85%E5%A0%B1%E5%AE%A4+%E

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(4)「原子力諸規則改訂案と新安全基準骨子案 に対する着眼点」(2013年4月26日 佐藤暁)

http://www.cnic.jp/wp/wp-content/uploads/2013/04/5f0c01d4b3b9b2d07bda6a0e5286dc01.pdf#search=’%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E8%B3%87%E

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(「原発規制基準は「世界で最も厳しい水準」の虚構」(石橋克彦神戸大学名誉教授 『科学 2014.8』)より)

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(前半略)

 

新規制基準が「世界で最も厳しい水準」だというのは,安倍首相が好んで使う表現である。(中略)これらは以下に述べるように虚言といえるのだが,マスメディアでくり返し(広報のごとくに)報道されるから,国民は本当だと思ってしまう。実に由々しいことである。この表現は規制委の田中俊一委員長が言い出したとされるが、世界で一番厳しいようなものを目指したと言ったにすぎず,実現できたと胸を張っているわけではない。そして事実は,世界的にみて低い水準である。水準が低いという理由は,国際的に常識ともいえる「深層防護」がきわめて不十分なことである。

 

規制委は,新規制基準において深層防護を徹底するとしている。しかし実際は,以下のように深層防護の体を成していない。

 

第一に,とくに耐震安全性に関して,根底となる第I層が万全ではない。本件判決が示し,本稿でも後述するように,耐震設計の基礎となるべき基準地震動が本質的に過小評価となるような基準なのだ。これは当然,設備・機器の耐震性の低さを通じて第2,3層の脆弱性をももたらす。また判決は,耐震重要度分類B,Cクラスの設備等が基準地震動以下の揺れで破損すれば外部電源喪失・主給水喪失が生じることを重要視したが,安全機能の重要度分類と耐震重要度分類を見直すべきことが課題になりながら放置されている。裁判で被告は,いざとなれば非常用デイーゼル発電機と補助給水設備があると主張し、それが規制委の考えでもあるのだろうが,これは非常手段だけに頼って基本を疎かにする言い分で,深層防護の考え方が根本的にわかっていない。

 

第二に,新規制基準で新たに義務化された第4層のシビアアクシデント対策が非常に不十分である。これについては本稿では説明しないが,世界の原子力規制の動向に精通した原子力コンサルタントの佐藤暁氏が詳しく論じている。根本的な問題として,国際的な過酷事故対策の設計思想がパッシブ(無動力),自動,恒設,プロアクテイブ(先を見越す),実践主義(実証主義,現実主義)であるのにたいして, 日本はアクテイブ(動力依存),手動(判断にもとづく人的操作), 仮設(まず移動・設置が必要), リアクテイブ(起こったら考える),楽観的(精神論的)机上論であって,非常に危ういという。判決が,基準地震動を超えてクリフエッジに至らない地震動であっても過酷事故につながる危険があると述べているが,まさに佐藤氏が憂慮していることである。

 

新規制基準ではテロ対策を新設したとする。しかし,佐藤氏が紹介している米国の苛烈な実戦的対策に比べれば日本は無防備に等しい。7月1日に安倍政権が憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使容認を閣議決定したことにより,日本は「戦争をする国jになって,原発にたいする自爆テロ攻撃などが現実的脅威になったと考えられるが,私たちは丸裸間然である(ただし米国流にまでして原発を保有することがよいというのではない)。

 

第三に,最終的に住民の生命・健康を守るためには第5層が絶対的に重要だが,新規制基準は始めからこの部分を放棄している。これは,設置法で定められた規制委の任務(国民の生命、健康および財産の保護)に完全に違背している。米国では考えられないことであり、まさに人格権の侵害を許容する規制基準だといえる。

 

(中略)

 

基準地震動が過小評価であるのは,筆者がくり返し指摘したように、科学的議論に係る問題というよりは,原発推進のために意図的に科学的知見を歪めたり,科学の限界を無視したりしたという側面のほうがはるかに大きい。そして,この姿勢が新規制基準でも続いていることが重大な問題である。旧耐震指針を改訂した新耐震指針にも大きな問題があったのだが,新規制基準の「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド」(以下、審査ガイド)は基本的に新耐震指針を受け継いでいて,抜本的な改善がなされていないからである。

 

(中略)

 

実は, B(田中一郎注:「震源を特定せず策定する地震動j)が非常に重要である。長さの短い活断層付近の地下でも,さらには活断層が認められていない場所でさえも,長大な震源断層面をもつマグニチュード(M)7前後の大地震が起こって震源近傍に激しい地震動をもたらすことがあるからである。これに関して審査ガイドは,「震源と活断層を関連づけることが困難な過去の内陸地殻内の地震について得られた震源近傍における観測記録を収集し」、各種の不確かさや敷地の地盤特性を考慮して基準地震動を策定することと規定し「収集対象となる内陸地殻内の地震の例」として16の地震を表掲している。しかし大地震の発生頻度が低くて信頼できる観測記録がきわめて少ないという本質的制約の上に,表から除外されている地震があり(後述),いろいろな注釈も書かれていて,審査ガイドはBを過小評価できるようになっている。

 

(中略)

なお判決は,最大加速度1260Galを超える地震動が大飯原発に到来する危険があるという判断のなかで,日本で記録された既往最大の加速度値として2008年岩手・宮城内陸地震(M7.2)の際の4022Galに言及しているが,これは注意を要する。この値は,防災科学技術研究所の基盤強震観測網(KiK-net)の観測点IWTH25(ー関西)の地表の3成分合成値であって、原発の耐震設計で使われる地下岩盤での基準地震動と直接比較するのは不適当である。IWTH25の深さ260mにおける最大加速度は,3成分合成で1077Galであった。

 

(中略)

 

ここから導かれることは,新規制基準の根本的見直しと,現在進行中の「新規制基準適合性に係る審査」(再稼働審査)の中止である。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion49378:140801〕