台湾海峡波高し――そこで忘れてはならないこと

 高市新首相の軽率な一言が、習近平中国の虎の尾を踏んで、余波というにはまだ大きすぎる影響が続いている。というか、事態は一層こじれつつあり、国内政治では通用したかもしれない、ただ嵐が過ぎ去るのを待つ姿勢では、国家の威信をも損ないかねない危うさを露呈させている。そればかりではない、ナショナリズム風を吹かせる一方で、高市政権の円安政策は、国家の経済的基盤であり、国力の指標である通貨価値を毀損しているという意味で、実際には日本を危うくさせている。政治も経済もアナクロニズムの袋小路においこまれつつあるのだ。狭い右翼界隈の常識にどっぷりつかって、東アジアの微妙な地政学的な力学と歴史に対しての、そのあまりの無知さ加減、幼稚な政治知性に国際社会は失笑気味ではないのかと思う。しかも問題が先鋭化しつつあるときに、高市首相はよりにもよって腐敗と反動のシンボルである、あの萩生田議員を代理として台湾に送り込んだのである。これは中国に対する挑発以外の何ものでもない。火に油を注ぎかねない愚行である。それが台湾にとってもいいことなのかどうか。しかしそれにしても、こういう人物を最高権力者に押し上げる日本の政党政治の無残な現状が浮き彫りになっている。
 その高市首相が恥知らずにも彼に対して媚態を演じて見せたトランプ大統領であるが、中国のレアースなどを使った対抗戦略に屈して、中国に対する貿易戦争を緩和する方向に転じる姿勢を強めている。したがって当然の力学として、その分トランプ政権は、台湾問題から脱コミットする傾向を強めていくであろう。ディ―ル的損得勘定からいえば、台湾ごときで犠牲を払うことは割に合わないと考えてもおかしくはない。そうだとすれば、台湾有事は我が事と息巻いてはみたものの、高市首相は挙げたこぶしの下ろしどころがなくてうろたえているのではなかろうか。いずれにせよ、習近平は、中間選挙を見すえて経済状況をなんとか改善せねばならないトランプの足元を見ている。トランプは貿易戦争などしている場合ではないのである。習近平はこれを奇貨として、トランプ政権であるうちに台湾問題に決着をつけようという誘惑に駆られないとも限らない。
 さて、専門家でもない筆者がこの複雑な台湾問題に容喙して、一知半解ぶりをさらけ出すことを怖れる一方、しかし左翼リベラルをふくめ多くの論者の立論から抜け落ちていると痛切に感じていることがあるので、そのことを述べて問題提起としたい。
 現在、世界の国際関係を律している秩序は、基本的に第二次大戦の戦勝国によって作られた法制的枠組みである。しかし、それから80年たって、国連やWTO(世界貿易機関)などの機能不全に象徴されるように、その枠組みは現状にそぐわなくなってきているものも少なくない。その一番の原因は、法制度の土台をなす世界の経済的勢力関係が、大いに変わりつつあることにある。パクス・アメリカーナ(アメリカの力による平和)は次第に弱体化しつつあり、その一方で中国を先頭とするBRICS諸国の抬頭が目立っている。そのため新興諸国、わけても経済的に伸長著しい中国は、戦後つくられた西側中心の国際的な法制的な枠組みを自分に有利な方向に変えたいと思っている。その志向性はある程度理解はできるが、しかし問題は現状変更めざすにしても、国際法理法の支配に基づく国際秩序を尊重して行われなくてはならない。さもないと、戦争という力による決着に行きついてしまう。中国やロシアのような権威主義国家は、法の支配という基礎的コンセプトや議会制度を欠いているだけに怖いのである――大統領令を乱発して、三権分立を蹂躙するトランプ政権も似たり寄ったりであるが。
 国連憲章、国際条約、日中共同声明などの現行の国際法理から形式論的に考えれば、台湾問題の決着の仕方は、中国に極めて有利なものになるであろう。結論を先取りすれば、台湾は主権国家として国際的に認められておらず、国連にも加盟しておらず、大陸中国が唯一の合法国家と認められている以上、国際法の最上位に位置する国連憲章によっても、誰あろうとも他国が、中国の内政問題である台湾海峡危機に合法的に介入する余地はないということになる。※しかし、台湾を煮て食おうが焼いて食おうが、中国の自由であるという結論でよいのであろうか、というのが私の問題提起である。
元内閣法制局長官宮崎礼壹氏によれば、台湾有事に集団的自衛権を行使する国際法上の前提条件はない。なぜなら集団的自衛権を行使して支援する対象は国際法上、国家でなければならないが、台湾は国連にも加盟せず、主要諸国からも独立国として認められていないし、台湾自身もまた国家であるとは明言していないからであるという。
 日本の左翼リベラルの台湾問題への向き合い方の代表例として、日本共産党の堀川衆議院議員の国会質問を取り上げよう。歴史認識に基づく台湾問題の関わり合い方を強調した点に特徴がある。
「台湾海峡での米中の武力衝突が『どう考えても存立危機事態になりうる』という総理の発言は外交問題に発展し、観光業や水産業各種の交流事業にも影響が及んでいる。総理はなぜこのような事態に発展したと考えているか? そもそも日本は武力で台湾を奪い、中国大陸を侵略した歴史がある。ポツダム宣言を受諾しサンフランシスコ平和条約で台湾に関するすべての権利・権限・請求権を放棄した。日本は植民地支配と侵略戦争の加害国として台湾問題に軍事的に関与してはならない特別の歴史的責任を負っているのではないか? 1972年の日中共同声明は台湾が中国の領土の不可分の一部とする中国政府の立場を日本政府が十分理解し尊重しポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持すると明記し、2008年の共同声明では双方は互いに協力のパートナーであり互いに脅威とならないことを確認している。総理の発言は国交正常化以降の日中間の合意の積み重ねを根底から覆すものではないか? 事態を打開できるのは総理だけだ。発言の撤回を強く求める」とした(12/8 補正予算案を巡る本会議質問)。
 侵略戦争への反省という視点からみると、「台湾有事は、日本の有事」というのは、かつての「満蒙は日本の生命線」と同様の侵略の論理の踏襲ということになりかねない。堀川議員は、台湾問題は基本的に中国の内政問題であるがゆえに、日本がよもや軍事的に介入するようなことがあってはならないとしている。そのうえで台湾問題の平和的解決を主張し,武力による統一には反対しているのである。
 なるほど堀川議員の質問の理路にはつけ入るスキがないようにみえる。ただし台湾問題をめぐる全体認識になっているかというと、私にはそうとは思われない。近年の習近平中国の覇権主義的な動きを十分視野に入れていない堀川議員の立論は、意図しないまま中国寄りの姿勢になっており、現時点での台湾問題へアプローチとしては欠けるところがあるというのが、私の第一印象。
 戦後、岸=福田派につながる戦犯右派人脈が親台派を形成してきたこともあり、総じて左翼リベラルの台湾そのものへの関心は薄い。戦後において日台関係を形成してきたのは圧倒的に保守反動の方である。そういう歴史的経過もあって、左翼リベラルは、台湾問題の平和的解決を唱え,武力による統一には反対しているとはいえ、台湾問題への危機意識は薄い。その意味で、歴史的視点を強調しながらも、東アジアの戦後史への目配りが欠けているように思われる。
 私の考える問題の根源――台湾は中国の不可分の一部であり、台湾問題はあくまでも中国の内政問題であるというテーゼは、絶対であるかどうか。
 2400万人の台湾市民が普通選挙によって政府を民主主義的に構成し、その政府が立派に統治し、国家として発展を遂げているという重い現実がある。言わずもがなであるが、大陸に住む中国人より台湾市民の方が、自由と高い生活水準を享受している。しかし台湾は住民、領域と政府の国家三要件を満たしながら、国際的には国家として認められていない。国際法上では台湾疑似政府と台湾住民が、台湾島および周辺島嶼を不法に占拠しているにすぎないとも解釈されうる現実。私は台湾を取り巻くこうした国際法理が、十分問題の条件を掬い取っていないと考えている。
 以下、私の独断であるが、民族自決権という枠組みでこの問題を考えたいと思う。つまり2400万人の台湾市民は、その領土の国家的帰属に関して、自己決定する権利を有しているというコンセプトである。中国共産党の生みの親であるコミンテルンを創設したレーニンは、民族自決権(自治権含む)を少数民族問題解決の基本方針とした。そしてこの民族の政治的自己決定権の保障というテーゼに賛同して、ロシア国内の圧倒的多数の少数民族集団は、初期ボリシェビキ政権のもとに連邦制に加盟し、かくしてソ連邦が成立した。のちにトロツキーは、その「ロシア革命史」のなかで、一般に中心となる国家が寛大で宥和的であれば、周辺諸民族はそれに対して求心的となると総括している。南風政策は、北風政策より優れているとしたのである。しかしその後スターリン治世下で、ウクライナの「ホロドモール(大飢饉)」はじめ、どれほどひどい少数民族政策がおこなわれたことか。コミンテルンを通じて、スターリンの少数民族抑圧政策は各国共産党に伝播していったのであろう。中国における「チベット自治区」や「新疆ウィ―グル自治区」の扱いの非道さを見よ。自治区などと呼称するのは、ブラック・ジョークではないか。大民族による少数民族の強制的併合と抑圧政策は、ロシアや中国では現在進行形で遂行されているのである。中国政府の『分離主義者』というレッテル貼りは、帝国(主義)の論理であって、民主主義国家の論理ではない。(大陸中国も台湾も同じ中華民族であり、台湾市民の圧倒的多数は少数民族ではないから、民族自決の原則は適用されないのではないかという向きに対しては、同じアングロサクソン族であるアメリカが、宗主国イギリスから分離独立した事例があるとだけ言っておこう)。
 この間の日本の左翼リベラルの所論には、中国共産党のこうした側面にふれたものは皆無に近い。そのために中国の覇権主義に対して甘い左翼リベラルという批判的世論が形成され、右翼反動勢力につけ入る余地を与えているのではないか。ソ連や人民中国は、アメリカ帝国主義陣営に対抗する世界の平和擁護勢力であるというかつての左翼テーゼの亡霊がまだ徘徊しているのではないか。日本の左翼リベラルは、東南アジアにおける中国の準帝国主義的政策や行動様式を知らないのではないか。中国は、自己の裏庭化しつつある東南アジアにおいて、権威主義的統治様式を輸出し、現地政権の対中従属化は深刻になっている。新植民地支配と現地の傀儡政権というかつてのアメリカの第三世界支配様式に似たものが、東南アジアでは次第に形作られつつあるのだ。かつての革命党としての中国共産党と※、権力を独占的に掌握した中国共産党とは似て非なるものであり、もはや別個のものと考えるのが正しいと思う。したがってアヘン戦争以来云々という多分に民族主義的なナラティブに惑わされてはならないのである――むろん日本の戦争責任に目をつぶるということではない。
※かつて筆者の住んでいた練馬区には、中国からの帰還者が集団で住んでいる都営住宅があった。帰還者といっても、彼らが日本に帰還したのは1958年前後であった。なぜそんなに遅かったのか。実は彼らは野坂参三が延安で日本軍捕虜を対象に組織した「日本人民解放連盟」のメンバーであり、人民中国の国内建設に協力したため、帰国が遅れたのだ。八路軍などの日本軍捕虜の人道的扱いや、戦後すぐに行われた在留邦人の大量帰国の便宜を図ったのは中国共産党であった。ソ連の「満州」侵攻やシベリア抑留における非人道的行為と比較せよ。権力を握る前には、そういう時代もあったのだ。
 中国は、台湾統一を自国の「核心的利益」であるとする。すなわち、台湾統一は中国共産党による統治の正統性根拠に関わる問題であり、具体的にはアヘン戦争敗北以来の、列強への屈服と従属という屈辱の100年を清算する民族解放事業の最後に残った課題であるとする。しかしこれはどちらかというと、現政権の強権的行動を合理化し、国民の精神的動員のためのナラティブに近いものと感じられる。現実論からからいえば、中国の核心的利益とは、台湾を統一して自国の安全保障・海洋戦略として設定する防衛ライン(第1・2列島線など)の要とすることであろう。嫌味な言い方をすれば、覇権主義的な野望達成の核になるという意味で、核心的利益なのである。
 私はこうした現状認識から、アメリカが台湾問題についてとってきた「あいまい戦略」には、次善の策としてなお今日的意義と役割があると考える。台湾市民の一般的意志を無視して強引に併合しようとする中国の覇権主義を、牽制・抑制する効果があると認められるからである。
 国際法理の形式論からいけば、また中国が台湾独立は武力で阻止すると言明している以上、台湾が独立国家として存立する余地は、現状ではないといってよい。しかし実態としては、台湾は国家として存立し機能している。かくして米国は、70年代以降北京政府を唯一の合法政権と認めつつ、他方で、反共戦略から台湾を主権国家に準じるものとして扱ってきた(台湾関係法)。法形式的には無理があるこの状況をバランスするために、アメリカが採用したものが「あいまい戦略」といわれるものである。つまり、ある識者のたとえを借りると、北京政府に対しては、もし武力侵攻でもすれば、アメリカは黙っていませんよと思わせる。他方、台湾には、勝手に独立宣言をするでもして、北京政府を過度に刺激して武力紛争になった場合は、アメリカは面倒みませんよと思わせる。このように中台それぞれを牽制し、地域を現状で安定させようとするのが、「あいまい戦略」という外交・安全保障政策なのである。
 私の言う民族自決権の原則など、中国は到底飲むはずもない現実においては、併合でもなく、独立でもないという現状を固定化する「あいまい戦略」が、ベターな戦略と考える。この戦略は、台湾市民の意識意向とも適合している。世論調査では、台湾市民の圧倒的多数は、併合でも独立でもない現状の維持を望ましいとしている。一国二制度をとった香港の運命を目の当たりにしているだけに、中国の怖さを自覚しているのである。中台関係を破局に向かわせることなく当面現状を維持し、統一問題はごくごく長いスパンで結論を出せばよいと考えているのであろう。
 と、ここまで書いてきたら、米軍のヴェズエラへの武力侵攻のニュースが入ってきた。これでロシアのウクライナ武力侵攻の非は帳消し、中国の台湾への武力侵攻にお墨付きを与えたといってよい。トランプがヴェズエラにかまけていれば、台湾危機に介入する余裕はないだろう。千載一遇のチャンスと習近平が判断しないともかぎらない。権威主義的国家、独裁政権の怖さがむき出しになってきている。
 緊急事態で、筆者の立論の前提条件が変わってきたので、一点だけ付け加えて、本日の結論としたい。
台湾問題を考える際に、日中国交回復以来両国で交わされた基本文書に立ち返る必要を強調された論考をいくつか目にした。昨今、国際関係における力による決着、力による支配が横行し始めたなかで、関係諸国が相互に定めた法理に立ち返って、紛争事項の解決を目指すというのは重要になってきている。そのうえでであるが、既存の文書に盛り込まれた法理では解決が困難な事象が現れているという、非リベラル系の議論※にも一理あると感じている。
東洋経済新報 2025/12/11 「なぜ『台湾有事論』が騒がれるようになったのか。『台湾有事は日本有事』は、単なる決意表明でもなく、あり得ない『妄言』でもない」平井新
 簡単に要約すると、日本の台湾問題に対する基本線は、1972年の日中共同声明とその前後の国会答弁で定式化された。これを「七十二年体制」と定義する。「この体制の中で、日本政府はアメリカの『一つの中国政策』と整合し、中台間の問題の平和的解決を前提に、中国政府の「原則」を尊重しつつ台湾との非政府間の実務関係維持を柱にすえてきた」
 ところが「2010年代後半以降、『七十二年体制』という半世紀近く続いた均衡は大きく揺らぎ、当事者がそれぞれの論理で動くことで相互のエスカレーションが常態化しつつある」。そして「小笠原欣幸・東京外国語大学名誉教授は21年前後のこうした構造変化を『二十一年体制』と呼び、日米欧の緩やかな連携による対中抑止、国際空間での一定の台湾プレゼンス容認、中国の軍事的威嚇強化の3点をその特徴として指摘する」
 要は、『七十二年体制』の均衡が崩れ、強引に現状変更に進む中国とそれに対抗する日米欧との角逐が激しくなっているとする情勢認識である。米軍のヴェズエラへの武力侵攻によって日米欧間でも深刻なねじれが生じるであろうから、一刀両断で問題を解決することは不可能も不可能、まずは変化した現状のより正確な認識を共有するところから始めなければならない、しかも手遅れにならないうちに。
 とりあえず、きょうのところはここまでとする。

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