台風一過の朝の断章

著者: 子安宣邦 こやすのぶくに : 大阪大学名誉教授
タグ:

選挙の日でもあり、接近する台風の日でもあった22日の夕刻、迫る台風に負けないように慌ただしく大阪から帰ってきた。すでに始まっていた開票速報を耳にしながら、聞き続ける気も起こらず、すぐに寝てしまった。明け方4時過ぎに自民圧勝という開票結果と通過しつつある台風の状況を聞きながら、まことに気分の悪い朝を迎えた。朝飯を食べるころには台風は通り過ぎたようであったが、自民圧勝という選挙のあまりの結果に、それ以上テレビを見る気もせず、気分はただ沈み込むだけであった。
こういうときには仕事をするしかないと、机に向かって『仁斎論語』下巻の校正をしていくうちに気分は落ち着いていった。よーし俺はこれでやるしかないと闘争心がふたたび起きてくるように思われた。
むかし60年代の始めのころ、倫理の大学院の金子武蔵先生の演習でマックス・ヴェーバーの宗教社会学の論文を読まされた。金子さんその当時、特講でカルヴィニズムの成立をめぐる恐ろしく詳細な講義をしていて、そのノートをとるのに私たちは閉口したが、その宗教改革思想史にヴェーバーが必要であったのだろう。その頃の大学の演習は学生のためというよりは、先生にとって必要なものが演習のテキストとされた。これは無謀な演習とみなされようが、無理矢理読まされたヴェーバーの論文などは生涯にわたって私の中に残ることになる。私は金子さんの流儀にならって阪大で学生たちと『朱子語類』の最初の6巻を演習で読んだりした。
金子先生のヴェーバーの演習で、その最初の一、二時間目で出会った言葉をいまでも記憶し、己れの思想体験の中でその意味をしばしば再確認している。それはGegengewicht(釣り合いの重し)という言葉である。その概念が用いられている正確な文脈は忘れたが、ヴェーバーは人における救済信仰や理念の成立を現実の悲惨に対するGegengewichtという言葉でとらえていたように思う。これを読んで以来、その言葉は私に常に気になるものとして記憶されてきた。人は何らかのGegengewichtを己れの中にもつことなくして、現実の悲惨を前にしてまともに立っていることができるのか。これなくして人は、現実の悲惨を前にしてひたすら歎き続けるか、あえて進んで認知症に陥っていくか、あるいは狂気に走るしかないのではないか。「自民圧勝」という日本の現実は、隠者になる道へと人を誘うようである。
私は数年前から『仁斎論語』の講座を始め、いまその刊行の作業に追われている。私はこの仕事を始めて次第次第に、これは現代日本に対する私におけるGegengewichtだと思うようになった。私はこの『仁斎論語』なくして、今まともに立っていられないだろうし、全体主義化する日本になお物をいう気力も起こらないだろうと思われるのだ。私が何とかこの現実に堪えていられるのはこの仕事をしているからである。
私はこのGegengewichtということを津田の『我が国民思想の研究』によっても知った。津田における「我が国民思想史」の著述とは大正期の「日本帝国」への彼のGegengewichtであったのであろうと。
これは台風一過の朝に私の綴った断章である。

初出:「子安宣邦のブログ・思想史の仕事場からのメッセージ」2017.10.24より許可を得て転載

http://blog.livedoor.jp/nobukuni_koyasu/archives/73268422.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔study894:171027〕