司法の独立を確立するために、最高裁裁判官人事の透明化を

(2020年12月9日)
「トランプ氏、ペンシルベニア州で敗北確定 米最高裁が訴えを棄却」という記事が踊っている。今回の大統領選挙では天王山となった激戦州ペンシルベニア(選挙人数20人、全米5位)での選挙争訟に決着が付けられたということだ。

悪あがきというほかはない、ここまでのトランプの醜態。大統領選挙の敗北を認めがたく、あきらめの悪い訴訟を濫発してきた。その数30件に及ぶというが、連戦連敗で疾っくに勝ち目のないことは明らかになっている。それでも、連邦最高裁に持ち込めば、自分が任命した保守派の判事が逆転の判決を書いてくれるのではないか…、という一縷の望みもここに来て断ちきられた。往生際の悪いトランプも、自らが選任した保守派の判事に引導を渡されたかたち。もうお終いなのだ。

アメリカは連邦制の合衆国、訴訟の審級制は分かりにくい。ペンシルベニア州の最高裁での判決を不服として、トランプ陣営が連邦最高裁に申し立てた上訴が、12月8日あっけなく棄却となった。上訴の申し立て手続が完了した直後の棄却決定だったとほうじられている。反対意見のない9裁判官全員一致の判断。そして、この決定は理由の説示もない三下り半。トランプの悪あがきに対するトドメに、いかにもふさわしい。

この訴えは、「大統領選をめぐってペンシルベニア州の共和党議員らが、開票集計結果の認定差し止めを求めた」もの(CNN)だったようだ。所定の期日までに、各州が開票集計結果を認定する。認定されれば確定して、それ以後は争うことができなくなるという制度なのだという。そのデッドラインが12月8日。それまでに、差し止めの判決を得なければトランプの選挙の敗北が確定することになる。結局、トランプの訴訟戦術は失敗したことになる。

この訴訟で、トラプ陣営が差し止めの根拠としたものは、選挙の不正ではなく、「郵便投票は無効」という手続の定めを争うものだった。ペンシルベニア州の地裁から、同州の最高裁まで争い、さらに連邦最高裁にまで上訴したもの。

この訴訟とは別に、最初から連邦地裁に訴えた訴訟もあったようだ。トランプ陣営は、「バイデン側に詐欺があって私たちが勝っていた」「バイデンが8000万票も獲得するはずはない」などと訴えた。が、ペンシルベニアの連邦地裁は11月21日、不正を訴える陣営の主張を「法的根拠のない推測」と一蹴。「『フランケンシュタインの怪物』のように場当たり的に縫い合わされたもの」とまで非難したという。陣営は控訴したが、連邦高裁もトランプ政権で任命された判事らがわずか数日で棄却した。

さて、問題は連邦最高裁裁判官の人事にある。トランプ劣勢とみられていた大統領選の直前、たまたまリベラル派の最高裁判事ギンズバーグが死亡した。トランプは、その後任に保守派のバレットを押し込んだのだ。露骨にジコチュウ剥き出しの大統領選対策である。これで、全9人の判事のうち保守派6人とし、選挙後に法廷闘争に持ち込んだ際に有利な最高裁を作ったのだ。

このとき、営々と築かれてきた米国の司法の権威は、国民の信頼を失って大きく傷ついた。連邦最高裁は、公正でも中立でも政治勢力から独立してもいない。司法の姿勢は政治的な思惑で左右されることを、国民は知ってしまった。今回の選挙争訟で、仮にも連邦最高裁がトランプの意向を忖度するようなことをしていたら、司法の権威についた傷が致命傷となるところだった。連邦最高裁の威信は、大きく傷つきながらも、かろうじて最悪の事態は免れたと言えよう。

一方、香港である。裁判所に毅然としたところがない。香港の高等法院(高裁)は9日、無許可のデモを組織して扇動した罪に問われ一審で禁錮10月の実刑判決を受けた民主活動家、周庭(アグネス・チョウ)の控訴にともなう保釈申請を却下した。その理由として、裁判官は「警察本部を包囲した行為は重大だ」と判断したという。これは信じがたい。犯罪行為の違法性の大小や、重大性は判決の量定において考えるべきこと。今問題となるのは、証拠隠滅と逃亡の恐れの有無ではないか。要するに、裁判所は中国の威光を恐れ、中国におもねって、周庭に判決確定前に制裁を科しているのだ。

米国の司法の独立は、露骨な裁判官の任命人事で揺れている。香港の場合は、裁判所全体が中国の意向に逆らえない。質もレベルも格段の差はあるが、両者とも司法の独立は不十分と言わざるを得ない。その両者の中間当たりに、日本の司法の基本性格があり、最高裁裁判官任命問題があろうか。現在の最高裁裁判官15名の全員が、嘘と誤魔化しで国政を私物化してきた安倍晋三の政権の任命によるものとなっている。それ自体で、最高裁の権威は薄弱となっている。最高裁裁判官任命手続、とりわけ推薦手続を、納得できる合理的なものとし透明化しなければならない。それこそ、法の支配、立憲主義、民主主義と人権擁護の第一歩である。

初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2020.12.9より許可を得て転載

http://article9.jp/wordpress/?p=16015

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〔opinion10350:201210〕