周回遅れの読書報告(その5)

著者: 脇野町善造 わきのまちぜんぞう : ちきゅう座会員
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 前回に続き、物置に放置しておいてネズミがかじり残した古い本の話。ネズミがかじったのはハードカバーの本が比較的多かった。製本に使われている糊をかじったからであろう。ただ、一番ひどくかじられていたのはハードカバーの本ではない。『統計のための数学』というような題名の本であった。全体の三分の一近くがかじられていて、すぐにごみに捨ててしまったので正確なタイトルはわからない。「ねずみ算」という算法があるとはいえ、まさかネズミが数学を愛しているとも思えない。一体どういう基準で彼らはかじる本を選択しているのだろうか。

かじられているなかには少量だが文庫本もあった。文庫本で一番かじられていたのは『四捨五入殺人事件』であった。著者は「井上ひさし」とある。本の背中がかなりかじられていたが、本文を読むことはできた。井上の作品は好きで、エセーも含めてかなりのものを読んだ覚えがある。しかし、こんな題名の作品が彼にあることは知らなかった。だからこの本がどうして物置におかれ、ネズミの被害に遭ったかも分からない。前回報告した西田幾多郎『「続施策と体験」以後』は、どこでどういう理由で入手したかは思い出すことができたが、『四捨五入殺人事件』はついにそれさえ思い出せなかった。

 それでもこんな形で私の前に現れたのも何かの縁だと思って、最近亡くなった著者への追悼を兼ねて、ネズミのかじり跡を気にしながら読んでみた。解説でわかったのだが、週刊誌の連載小説として書かれたのが1975年で、初めて一冊にまとめられ、新潮文庫に収められたのは1984年。この間に9年のブランクがある。井上の連載作品は完結後すぐにまとめられるものとばかり思っていた。こんなにブランクがあるのは何故なのか。『四捨五入殺人事件』は表題から推測できるように、推理小説(のような)ものである。しかし、そこで提示された謎よりも、このブランクのことのほうがよほど気になる。

 井上は遅筆ではあったが、決して寡作ではなかった。相当の作品がある。そのほとんどは「傑作」であり、「佳作」だといえようが、全部が全部そうだというわけでもないのではないか。『四捨五入殺人事件』はそんなことを考えさせる作品である。「遅筆」の井上が週刊誌に連載するというのがそもそも変なのだが、「推理小説」仕立てというのも、彼にはあまり似合わない。地形と天候とで「陸の孤島」と化した東北の山奥の温泉地での「事件」を背景したものだが、井上は元来が推理作家ではないのだから「トリック」に期待するわけにはいかない。井上は当時の「農民切り捨て」ともいうべき農政に対する批判をこの作品のテーマにしたかったようだが、このテーマの展開、主張もひどく硬直的である。

井上は「むずかしいことをやさしく/やさしいことをふかく/ふかいことをゆかいに/ゆかいなことをまじめに/書くこと」を標語としていたが、彼自身はこの作品がそうはなっていないと自覚していたのではないか。それが初出から9年間のブランクが生じたことと関係があるのではないか。この作品には井上が我々に残した「謎」がありそうだ。

井上ひさし『四捨五入殺人事件』(新潮文庫、1984年)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/

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