正月だから「笑い話」をしたい。もう10年以上も前の話であるが、1999年10月3日付けの『読売新聞』に、「笑い話がある」という書き出しで、次のような記事が掲載されていた。記憶に残る出色の「笑い話」である。
〈引用開始〉笑い話がある。/外科医、地質学者、エコノミストの三人が議論をした。「世界最古の職業は何だったか」がテーマである。
「外科医が最も古い」と、外科医が主張した。/聖書を見るがいい。神様はアダムの旨から骨を一本抜いてイブを造ったではないか。「これは外科の手術だ」という理屈である。
地質学者が異を唱えた。外科医よりも地質学者の方が古い、という。/アダムやイブの誕生以前、神様はカオス(混沌)から、天地を創造したではないか。「その過程は、まさに我らの領分だ」というのである。
最後にエコノミストが断を下した。/「どちらも間違っている。エコノミストの仕事こそが、世界で最も古い職業だ」/なぜならば、と彼は説明していわく、/「この世のカオスは、我々が作り出したのだから」〈引用終わり〉
このあと、コラムニスト(竹内政明・論説委員)は「何が真の難問かを見誤ることがカオスを作り出す」とし、エコノミストとはこのようにしてカオスを作り出すものであるとしたら、日本銀行は「立派なエコノミストであることを証明した」と皮肉り、こう結ぶ。
〈引用開始〉堺屋さん[経企庁長官]が「シッポが犬を振り回しているような……」と日銀を評したのも、問題の軽重を取り違えた、その取り違え方の、あまりのひどさを言ったものだろう。/この間、速水優総裁は何度も記者会見をしたが、真意が伝わって来ず、会見のたびに市場のカオスを深めた。/世界最古の職業が、実は日本銀行総裁だった。/という笑い話は、全然、笑えない。〈引用終わり〉
「全然、笑えない」というのは、だが、コラムニストの勘違いではないか。日本銀行はこの間、世界の物笑いの種になっていたのである。自国の中央銀行が世界の笑いものになることを、単純に「笑い話」としたくない気持ちは、まあ判らぬでもないが、事実は事実として認めないと、コラムニストも、『読売新聞』も、笑いものになるだけだ。せっかくこんな「笑い話」を提供してくれたのに、それでは「笑い話」も泣こうというものだ。
この「笑い話」の中の「エコノミストの仕事こそが、世界で最も古い職業だ」というのは、アルフレッド L.マラブルJr.『エコノミストはつねに間違う』にも出てくる。そこではこうなっている。
〈引用開始〉経済学者は世界最古の職業であることはまちがいない。神は混沌から世界を創造したというが、混沌を創造できたのは経済学者だけだから…(4頁)〈引用終わり〉
マラブルは、「経済学は陰気な学問である」であるというカーライルの言葉を紹介しているのだが、これには疑問があるとして、次のように言う。
〈引用開始〉しかし、わたしがなによりも同意できないのは、経済学が人々の心を暗くさせる一方、経済学者自身も陰気で悲観的だとカーライルが考えていたことである。本書を読んでいただければわかると思うが、経済学者はあきれるほどの楽天家ぞろいだ。よほどの楽天家でないかぎり、経済格差が大きい各国間の為替レートを、永遠ではないにせよ、長期にわたって、きちんと固定できるなどと考えるはずがない。浮世ばなれしている経済学者だけが、このような能天気なことを思いつく。(14頁)〈引用終わり〉
そして、マネタリストを中心としたアメリカの経済学者がいかに間違いを繰り返してきたかを、これでもかと言わんばかりに紹介する。
経済学者はなぜ間違い続けるのか。あるいは、なぜカオス(混沌)を作り続けるのか。マラブルはこのことに明快な回答を与えていないが、「目標と方法」を取り違えている以上、分かるはずのないことを分かろうとする無益な努力を繰り返すことが、むしろ経済学者が権力に取り入る条件だったことがその一因ではないかという気がする。そうだとしたら、これもまた恐ろしい「笑い話」である。
経済の話で愉快になるのは酔っぱらった時くらいのものだと考えた方がいい。素面(しらふ)で景気のいい話をする経済学者は、どこかおかしいか、「笑い話」を提供しようとしているか、その類のものではないか。マラブルの本を読んでいると、そんな気がしてくる。
文章が少々長くなり過ぎたが、正月に免じてお許しを乞う。
A.L.マラブルJr.『エコノミストはつねに間違う』(日経BP出版センター、1994)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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