問題が噴出する遺伝子組み換え(GM)作物 その3(全4回) -EUとアメリカで何が起きているか-

5 GM食品を締め出したEU
◆厳格な表示制度
その1とその2で、遺伝子組み換え(GM)技術によってつくられた作物・食品には、「安全性への疑問」をはじめ「耐性雑草・耐性害虫の発生」や「遺伝子汚染の拡大」、さらには「バイオメジャーによる食料支配」などの問題があり、それらが最近いよいよ明確になってきた実態を報告した。
そんな作物はとうてい受容できないと考える人々が多数を占め、GM作物を厳しく規制してきたのが欧州連合(EU)の国々である。
いまEU加盟国のスーパーなどでGM食品をみるのはごくまれだ。たまに米国産の缶詰などを見かけるが、それには「GMO(GM生物)」と明示されている。

GM食品締め出しの決め手になったのは、2004年に実施された厳格な表示制度である。例外・抜け穴だらけの日本の表示制度とは違い、EUではGM作物を使用したすべての食品は「GMO」と表示しなければならず、不慮の混入も0.9%までしか許されない。レストランなどでもメニューに示されている。
問題はGM作物を使っていても現在の技術では検出できない食品(食用油など)だったが、この点は徹底したトレーサビリティ(生産履歴システム)の導入で解決した。作物の種子にまでさかのぼり、生産、加工、流通の各段階でGMではないという記録の保存を義務づけたのだ。
ただ一つの例外は、GM作物を給餌された家畜から生産された肉、卵、魚、乳製品に表示義務がないことだ(これを避けたい消費者は「有機」表示の畜産物を選ぶしかない)。これが飼料用GMトウモロコシなどの大量輸入を生んでおり、今後の課題になっている。

◆減少する栽培国
EUの行政機関である欧州委員会は、新表示制度の施行と同時にGM作物の一時停止措置(モラトリアム)を解き、輸入や栽培の承認を進めようとしたが、こちらも進んでいない。安全性確認などに時間がかかるうえ、承認された作物について加盟国が(新たな科学的知見が発表されたなどの理由で)一時的な栽培禁止措置を発動するケースが相次いでいるからだ。
事態打開のため欧州委員会は2010年、安全性の確認は共通ルールに基づいて委員会が行うが、商業栽培を国内で認めるかどうかの決定権は各国にゆだねるという改正案を提案した。ただし、各国による栽培禁止の理由は経済的または政治的なものに限り、安全性を理由にはできないという条件つきだった(注7)。

この提案についてはGMの推進派、反対派の両方から異論が出て、いまだに決着がついていない。そこで欧州委員会は2013年1月、14年までの任期中はこの問題に集中し、GM作物の承認審査は行わないことを決めた。
国際アグリバイオ事業団(ISAAA)によると、EU加盟国では2012年中にドイツ、スウェーデン、ポーランドで商業栽培が中止された。10ヘクタール以上栽培している国はスペインだけとなり、わずかながら栽培している国もポルトガル、スロバキアなど4か国になっている。

◆モンサント社も撤退戦略
こうなるとバイオメジャーも商売がやりにくくなる。まずBASFが2012年1月にEU向けのGM作物の研究開発はやめると表明し、13年1月には欧州委員会に提出していた3種類のGMジャガイモの商品化許可申請を取り下げた。
続いてモンサント社が同年7月17日、「EU域内でのGM作物栽培は1品種を除いてあきらめ、7品種の栽培承認申請は数か月以内にすべて撤回する」などという撤退戦略を明らかにした。発表によれば、EUでは(子会社を通じた)非GM種子のビジネスを拡大するとともに、GM作物の輸入と食用・飼料としての利用の許可獲得に注力するという。

栽培申請を続ける1品種は殺虫性のGMトウモロコシだ。1998年に得た栽培承認の更新を2007年に申請したが、いまだに承認されないまま、スペインなどで栽培されている。
モンサント社の発表について環境NGOのグリーンピースなどは、撤退を歓迎しながらも、輸入は継続とされているため警戒を緩めていない。

◆厳しい規制を生んだ四つの理由
 EUではなぜGM作物が厳しく規制されているのだろうか。白井和宏(生活クラブ・スピリッツ専務)は四つの理由を挙げている(アンディ・リース『遺伝子組み換え食品の真実』の訳者解説)。
 まず消費者の強力な抵抗だ。EUにも産業振興や貿易拡大のためにGM作物を普及させたい人々(欧州委員会や一部の加盟国政府)はいる。しかし、BSE(牛海綿状脳症)問題などで苦い経験を重ねた消費者の政府と食品企業に対する不信感が強く、これがGM食品反対運動を強力なものにしている。

二つ目が強固な市民社会の存在である。EUではさまざまな分野でNGOが活発に活動しており、それを多数の市民が支えている。厳格な表示制度の導入は、消費者、農業、環境など幅広い市民団体が連携して当局に強力に働きかけた成果だ。
三つ目はEUのバイオメジャーが非力だったことだ。モンサント社が米国政府と一体化して世界市場を制圧していったのに比べ、欧州に本拠を置くシンジェンタ社(スイス)、バイエルクロップサイエンス社(ドイツ)、BASF(同)は消費者や農業生産者の強い反対を突き崩すことができなかった。
最後はEU地域が食料の生産大国であり、GM作物に依存しなくてもよいことである。

6 GMサケと表示で大揺れの米国

◆2倍の速さで成長するGMサケ
 EUとは正反対に、GM作物を推進し、世界最大の生産国になったのが米国だ。そのGM発祥の国がここ3年ほど大きく揺れている。
 きっかけはGMサケの登場だ。承認されれば世界最初のGM食品動物になるこのサケは、米国のベンチャー企業、アクアバウンティ・テクノロジーズ社が開発し、「アクアドバンテージ」と名づけられた。

普通の大きさのアトランティック・サーモンに、(2メートルにもなるためキング・サーモンと呼ばれている)チヌーク・サーモンの成長ホルモンをつくる遺伝子を導入し、さらに(寒い冬季も成長する)ゲンゲというウナギに似た魚の遺伝子も組み込んである。こうすれば、普通のサケが出荷サイズになるまで30か月ほどかかるのに、16~18か月で出荷できる。価格は安くなり、養殖の飼料が少なくて済むので環境にもよいという。
ア社の計画では、カナダのプリンスエドワード島にある施設で雌の発眼卵(眼がはっきり分かるまでに成長した卵で、輸送しやすい)にし、それを中米パナマに移して、内陸部のタンクで育てて養殖業者に卸す。雌の発眼卵は不妊になるよう処理してあるので、万一逃げ出しても生態系への影響はないという。

◆フランケン・フィッシュへの懸念
GMサケの問題点は二つに大別できる。一つは食品としての安全性への不安だ。GMサケには免疫力が弱く成長後死亡しやすいなどの問題がある。成長が早いだけ毒素の蓄積も早く、成長ホルモンの濃度も高いが、それらを人が摂取すればがん細胞を刺激するなどの影響が出るとみる研究者もいる。
二つ目が環境への影響で、魚は作物と違って自由に泳ぎ回るから危険性はより大きい。たとえば不妊のサケが養殖中に大量に逃げ出すと、サケの滅亡を引き起こす恐れがある。また不妊の技術は絶対ではなく、逃げ出したGMサケが生殖能力を回復する可能性があり、その場合はGM遺伝子が拡散する危険性がある。GMサケを養殖場に完全に封じ込めることなど不可能なのだ。

このため、米国の食品医薬品局(FDA)が2010年に「食べても安全」という評価を公表すると、異論が続出して大きな社会問題になった。続いてFDAは2012年12月に「ア社の方式であれば環境への重大な影響はない」という評価書案を発表した(注8)。これにもまた200万を超す意見が殺到し、いまだにFDAは承認できていない。
GM大国の米国でも、この化け物のようなGM魚を口に入れることには嫌悪感をもつ人が多いようだ。メディアには、人体をつなぎ合わせてつくられた小説中の怪物になぞらえて「フランケン・フィッシュ」という表現もしばしば登場する。

◆ジャスト・ラベル・イット
GMサケ問題と絡み合うようにして動きだしたのが、GM食品の表示義務化要求である。
安全性を確認されたGM食品は非GM食品と同等であり、したがって表示は不要、表示をすれば不当な差別になるというのがFDAの考え方で、GMサケも当然、表示は禁止されるが、このことが米国消費者の意識に火をつけた。「米国の加工食品の9割もがGM作物由来なのに、みんな知らずに食べさせられている」という思いが広がり、世論調査では9割以上が「GM成分を含む加工食品は表示されるべき」と回答している。
こうして「ジャスト・ラベル・イット!(とにかく表示を!)」という運動が始まり、2011年10月に表示義務化を求める請願がFDAに提出された。請願への署名者は最近120万人を超えた。

運動がまずめざしたのは、州民投票によってカリフォルニア州に表示を導入することだった。2012年11月の大統領選挙との同時実施が決まると、世論調査では表示賛成が60%を超えるようになった。
これに対して反対企業による働きかけが激しくなった。反対派にはモンサント社などのバイオメジャーやペプシコ、クラフトフーズといった大手食品企業が巨額の資金を提供し、「表示が実施されれば、農家や食品会社のコストが上昇する。世帯当たりの年間支出が400ドル(約4万円)も増える」などとテレビやラジオで流し、消費者の不安をあおった。
形成は逆転し、最終的な投票結果は表示賛成が48%に対し反対が52%。僅差での否決となった。

◆モンサント反対行進も
しかし、表示を求める運動は2013年になっても衰えない。20を超える州でGM表示法案が審議中だ。
各州の先頭を切ってバーモント州の下院が5月に表示法案を可決し、続いて6月にはコネチカット州とメイン州の上下両院が、周辺の州が類似法案を採用すれば施行するなどの条件つきでGM表示法案を可決している。これに対してモンサント社は「仮に表示法案が成立すれば訴訟に訴える」と発表し、脅しをかけている。最初に成立させ、訴訟の対象になるのは避けたいとする雰囲気が多くの州当局に広がっているようだ。

既存のNGOなどの関与なしに始まった草の根運動も盛り上がっている。ユタ州ソルトレーク市に住む2女の母がフェイスブックで呼びかけた5月25日の「モンサント反対行進」には、52か国の436都市で約200万人が行進に参加したという。
日本でもこの日、東京・東銀座の日本モンサント社前に約200人が集まり、フライパンなどを打ち鳴らして抗議した。何人もがGM作物とモンサント社の危険性を声高に訴え、「モンサント・ポリスを日本に入れてはいけない!」という小演劇をして気勢をあげた。

もっとも、ワシントン州における「GM食品表示を州内で義務化する住民発議」の投票(11月5日)では、11月9日現在、賛成48%、反対52%となっており、カリフォルニア州同様、僅差での否決となった模様とメディアは伝えている(郵便投票が認められているため、最終結果の判明は約1か月後になる)。
ここでも、初期の世論調査では賛成が66%を占めていたが、議会からの要請を受けた州科学学会が「表示を義務づければ、州政府の管理コストが高額になり、消費者の支出も増える」という趣旨の報告書を公表し、州内の主要メディアのほとんどが反対を表明してから、形勢は逆転した。

注7 欧州委員会がこのような条件をつけたのは、EUの措置がWTO協定違反として提訴されるのを避ける狙いからとみられる。

注8 GMサケの環境影響評価は2012年5月にはまとまっていたが、公表は12月まで延期された。オバマ政権が大統領選挙への影響を考慮したためと考えられている。
(敬称は略しました。続く)

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