問題の多い水道の民営化 - 水道料金、高騰のおそれ -

著者: 岩垂 弘 いわだれひろし : ジャーナリスト
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 ちょっとした驚きだった。高知市に住む、知り合いの元共同通信記者から「小生、4月21日の高知市議選にエントリーすることになりました。スローガンは『ちょっと待て!水の民営化』です」とのメールが届いたからである。あの彼が、「水道の民営化反対」をシングル・イッシューに市議選に立候補するとは。このメールのおかげで、私はそれまでほとんど関心のなかった水道の民営化に目を向ける羽目になり、それが極めて重要な問題をはらんでいることに気付いた。

 元共同通信記者は東京の本社に勤務していたが、2011年に退職すると郷里の高知市に移住、炭や野菜作りに精を出すかたわら、「はりまや橋夜学会」と称する活動を始めた。毎週金曜日の夜、はりまや橋商店街の一角で開く市民学習会である。元共同通信記者自らが講師を務め、内外のあらゆる問題を取り上げる。すでに130回を超す。

 昨年12月6日、改正水道法が衆院本会議で可決、成立した。水道法改正の狙いは、民間のノウハウを活用することで水道事業の立て直しを図ろうというものだが、野党側は料金高騰や水質悪化のおそれがあるとして反対していた。与党がそれを押し切って成立させたわけだが、国民の関心が薄かったためか、メディアでも目立たない扱いだった。

 元共同通信記者が、水道の民営化に反対する運動を起こそうと決断したのはその直後である。彼は今年1月初めのフェイスブックにこう書き込んだ。
 「67歳になって、いたたまれなくなり、『水の民営化にnon』運動を起こすことになった。具体的には高知市議会に『水道民営化をしない』という決議をさせる運動だ。日本の水道事業は基本的に市町村が行ってきた。高知から起こした運動が燎原の火の如く全国に広がり、東京を包囲することになれば、すばらしい。そうなれば、政府の決定を民意で封印することになるからだ」
 「電気やガスは民間企業が供給しているが『公益事業』として料金は認可制になっている。水道にはその認可制がないため、各地でバラバラの料金設定になっている。つまり、自由に設定できるということだ。その水道が民営化されれば、世界で起きた例が示すように水道料金が『高騰』することは必至だ」
 「筆者は公営事業の民営化に賛成してきた立場だが、水道だけは許せない。世界の水道の民営化を進めてきたのは水バロンと呼ばれる多国籍企業だ。中でもヴェオリアやスエズなどフランス系企業の存在感が突出している。つまり、民営化のノウハウを多く蓄積しているということで、日本の水道事業の民営化にあたっても、政府機関にノウハウを供与してきている。だから、日本の水道事業民営化にあたって、真っ先に手を上げるはずなのが、外資なのだ。フランスだけでない。近隣諸国の企業だって入札に参加するかもしれない」
 「ここらが、国鉄や日本電電公社の民営化とは様相がまったく違うのだ。公営事業を国家から切り離して株式会社化し、その株式を投資家に売ったのが、これまでの日本の民営化だった。最近、株式を公開した郵便事業も同じ手法である。水道の場合は、入札で運営権を特定企業に委ねるコンセッション方式を取り入れることになる。いったん運営権を得た企業は20年という契約期間、ある意味で自由な運営を委ねられることになるのだ」

 彼が私あてに送ってきたメールにも「命の糧である水だけは規制緩和の対象にしてはならないと考えます。特に水道の場合、外国資本が日本市場を狙っています。1990年代以降、世界各地で水道が民営化され、多くの都市で失敗しているのに、今頃、周回遅れの民営化は意味が分かりません。この運動を高知市から発信し、全国に広げていく覚悟です」とあった。

 ここに出てくる「コンセッション方式」について、水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表の橋本淳司氏が、日本文化厚生農業協同組合連合会の機関誌『文化連情報』2019年2月号に執筆した『水道法改正 これから自治体・市民が考えるべきこと』の中で、こう懸念を表明している。
 「水道事業の官民連携は重要だ。だがコンセッション方式は、従来の民間への業務委託とは根本的に違う。コンセッション方式では『公共施設運営権』という『物件(財産権)』が民間企業に長期間(20年程度)譲渡される。決定的に違うのは金の流れと責任の所在。業務委託の場合、運営責任は自治体にある。水道料金は自治体に入り、自治体から委託先の企業に払われる。それに対しコンセッション方式の場合、事実上の運営責任は民間企業にある。そして水道料金はそのまま企業に入る」
 「一般的に考えれば、権限と金を握ったものが事業のイニシアチブを握るのは自明。水道事業に関する権限と金が自治体から民間に移る。自治体は管理監督責任をもつことになるが、その責任を遂行できるかどうかは不透明だろう。導入から一定の年月が経過すると、自治体に水道事業に精通した職員、現場を経験した職員がいなくかる可能性がある。そうすると、企業から契約内容などの変更の提案があった場合、適切か否かを判断できなくなる。代わりに専門家に頼めば新たなコストが発生する」

 水道法改正を急いだ政府側にも懸念が生じつつあるのではないか。というのは、3月25日付毎日新聞朝刊社会面にこんな記事が載ったからだ。それは「給水継続を義務付け」「水道民営化 厚労省指針案」という2本見出しの記事で、そこにはこう書かれていた。
 「厚生労働省は、自治体が水道事業の運営権を民間企業に売却するコンセッション方式について、企業が事業を継続できなくなった場合に、自治体と協力して給水を続けることかできるよう事前に契約で決めておくことを義務付ける方針を明らかにした」
 これでは、水道が民営化されたら断水があり得ることを政府自らが認めたようなものではないか。

 自民党政権は、小泉政権以来、あらゆる分野で積極的な規制緩和を進めてきた。いわゆる新自由主義路線の貫徹である。が、何でも規制緩和を進めればいいというものではない。人間の生命に関わる事業については規制緩和を避け、むしろ、規制を強化すべきなのだ。水道は人間が生命を維持して行く上で最も必要な事業で、いわば命綱である。したがって、水道は本来、非営利の公共事業にとどめ置かれるべきであって、民営化は絶対避けられるべきなのだ。そう思わずにはいられない。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

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