「解散を確約したら消費税増税法案に賛成する」!?
自民党はこういう物言いで民主党に「話し合い解散」なるものを迫ってきた。しかし、共同通信が5月26、27両日に実施した全国電話世論調査によると、消費税増税関連法案を今国会で採決しなくてもよいという回答が52.1%で、採決した方がよいという回答(43.1%)を上回った。また、増税法案が今国会で成立しない場合、どうするかについては、野田佳彦首相は衆議院解散、総選挙で国民の信を問うべきだとの答えが57.1%でトップ。野田首相の続投19.6%、内閣総辞職18.5%と続いている。内閣支持率は28.0%と前回調査より1.6ポイント増のほぼ横ばいで、不支持は58.1%だった。
つまり、過半数の国民は今国会で消費税増税法案を採決することを望んでいない。そればかりか、消費税増税法案が今国会で成立しない場合、57%が衆議院解散、総選挙で増税の是非について国民に信を問うべきと考えているのである。このことは、「消費税増税法案を成立させたうえで増税の実施前に国民に信を問う」という野田首相の姑息な言い分に75.6%(57.1%+18.5%)の国民がNo と答えていることを意味する。
野田首相の政治生命は国民の関心外
ところで、野田首相は「消費税増税法案に自分の政治生命をかける」という大仰な物言いを繰り返してきた。消費税増税法案の成立にかける首相の「決断」、「やる気」をけしかけてきた大手メディアも、野田首相のこういう物言いを、さも重大事かのように持ちあげ、大見出しで伝えてきた。
しかし、上の世論調査で過半の回答者が、消費税増税法案を今国会で採決する必要はないと答える一方、今国会で法案が成立しない場合は総選挙か野田内閣の総辞職を求めている。この事実は、国民は消費税増税法案の行方には強い関心を寄せているが、野田首相の政治生命が絶たれることをいっこうに気にしていないことを意味している。自分の政治生命を高く売りつけるような芝居がかった物言いは国民には通用していないことを野田首相は早く悟った方がよい。
「私の責任で判断する」!?
自分の地位を高く売りつけようとする野田首相の大仰な物言いは大飯原発の再稼働問題でも見られる。「私の責任で判断する」という言葉がそれである。このような発言の問題点は6月1日付け「毎日新聞」の社説「再稼働と原発の安全 『私の責任』という無責任」で的確に論評されている。社説が指摘するように、「第一に事故の検証は終わっていない。国会事故調査委員会による真相解明は遠く、政府の事故調の最終報告は7月だ。大飯再稼働の根拠とする安全基準は経済産業省の原子力安全・保安院が作成した「ストレステスト」が基になっている。保安院は原発の「安全神話」を醸成してきた組織だ。事故時に危機管理能力がなかったことも明らかになっている」。
ここで言いたいのは、原子力の専門家でも地震予知の専門家でもない野田氏あるいは野田氏を含む4名の政府首脳の「責任で再稼働の可否を判断する」ことに正統性があるのか、「責任」の中味は何なのかということである。安全性の判断をいうなら、あらゆる利害関係者から独立した機関による福島原発事故の原因究明と大飯原発の安全対策の十分性を検証する作業を進める環境を整えるのが政府の責任であり、独立した第三者機関に代わって素人の政府首脳に安全性を確認されても国民は安心立命できるはずもない。
ところが、政府が注力しているのは、安全性の検証ではなく、この夏の電力不足を喧伝して「はじめに再稼働ありき」の行動である。しかし、関西電力による需給予測は試算のたびごとに供給不足の数字が下がる奇妙な試算である。再稼働の判断の前提として、信頼できる電力の需給見通しの開示を求めていた関西広域連合が、この前提がどうクリアされたかも見極めないまま、この期に及んで再稼働容認に転じたのも不可解である。こういう腰砕け的な対応が、議論の筋を曲げ、問題点をうやむやにして終わる日本の政治の悪弊であり、それに警鐘を鳴らすのがメディアの役割である。
「私の責任」という名の大いなる無責任
ついでに、「私の責任」について指摘しておきたい。
将来、かりに、原発直下で大地震が発生し、福島原発の二の舞の事故が起こった時、野田氏がまだ、首相の座にとどまっていると誰が保証するのか? かりに、とどまっていたとして、野田氏がいう「私の責任」とは具体的に何をすることなのか? その場合、安全面で責任を負える立場になかった野田氏にできることと言えば、私財を投げ打って被害者の損害賠償に充てるということなのか? しかし、昨年10月14日、野田内閣の発足時に公開された閣僚らの資産によると、野田首相の資産は、公開制度が始まって以来、歴代の首相の中で最も少ない1,774万円だった。失礼ながら、これでは被害補償に米粒ほどの役にも立たない。
あるいは、不謹慎ながら、野田首相は切腹して国民に詫びるつもりなのだろうか? しかし、それが被害者にとって何の救済になるわけでもないことはわかり切っている。
要するに、「私の責任という名の無責任」ここに極まれり、である。こういう物言いをさも重大な「決意」かのように持ちあげるマスコミの無責任も同罪である。
「ぎりぎりセーフ」ではなく、完全にアウト
岡田副総理は5月30日の衆院消費増税関連特別委員会で、消費増税について「マニフェスト違反とは思わない。(テニスでボールが線上に落ちる)オンラインみたいなもの」、「ぎりぎりセーフ」だと発言した。税率引き上げ時期が現衆院議員の任期満了後だという理由。ただ岡田氏は「国民の期待を裏切ったのは誠に申し訳ない」と弁明し、「マニフェストは4年間の約束で、状況が変わることはある。きちんと説明することが大事だ」と語った。同じ民主党の近藤和也氏が「マニフェスト違反と言われる。私も前の衆院選では、当選させてもらえば任期中は消費税は上げませんと言ってきた」と述べ、「任期中の消費増税(方針の決定)に違和感があることは間違いありません」とただしたのに答えた発言である。
しかし、「線上」とはどういう「線」なのか? 消費税の増税法案を国会に提出するのが4年内であっても「実施する」のは4年以上先だということを以て「ぎりぎりセーフ」と言うつもりらしい。しかし、4年間の公約であるマニフェストに掲げなかったということは、消費税増税を「実施しない」というにもどまらず、消費税増税を政策として採用しないという公約を意味することは子どもでもわかる話である。したがって、法案の基になる消費税増税を謳った税制改定大綱を民主党が了承することも、法案を閣議決定することも有権者は民主党に信任していないのである。そして、昨年末から現在までに行われた各種の世論調査消費税増税に反対の意思がで50~60%に上っていることは、こうした国民の意思が今も変わっていないことを意味している。
現に、民主党は2009年8月に行われた衆議院総選挙で、国の総予算207兆円を全面的に組み替え、徹底的に効率化、ムダ使いを省いて9.1兆円、「埋蔵金」や国の資産を活用して5.0兆円、租税特別措置を見直して2.7兆円、計16.8兆円を平成25年度に実現するという公約を掲げ、公示前の193議席から308議席へと躍進して政権の座を獲得した。
しかし、2010年7月に実施された参議院選挙で、民主党は「強い財政」の旗印のもと、「早期に結論を得ることを目指して消費税を含む税制の抜本改革に関する協議を超党派で開始します」というマニフェストを掲げて戦ったものの、1人区で8勝21敗するなど大敗し、参議院第1党の座を自民党に奪われた。
こうした選挙結果を見ても、民主党が消費税増税について国民から信任を得ていないことは明白である。それでも、「任期中に状況が変わった」というなら、解散して改めて国民の総意を問うのが「国民主権の常道」である。それを回避して、法案を成立させた上で、実施の前に国民の信を問うなどというのは、民意を愚弄するのも甚だしい詭弁である。
初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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