地獄の釜の蓋が開いたのか

日本の政治論議を観察(ちきゅう座も含め)していますと、恰もテニスコートの観客になったかのようです。 観客は、右、左、と飛球の行方を追って観るだけで、論者の関心は、専ら、レッテル貼りに終始しているようです。

中でも、オールド・マルキストは、レッテル貼りに熱心な余り、神様の御託宣をお忘れになったかのようです。 神様(マルクス)が定義された「土台」と「上部構造」の関係を思い出されて、現在の「経済的諸関係」をもっと究明された方が良いのではないでしょうか。 尤も、ここでも「公式」に拘っては、現実と遊離してしまいますが。 でも、彼らは、未だに、「社会主義」が善、「資本主義」が悪、と叩きこまれた「教条」が思考を固定したままなので、例えば、「中国が善」で「米国が悪」と自動的に御自身の思考を金縛り状態に導いてしまうのでしょう。

戯言は兎も角、選挙結果を観れば、例えば、原発反対運動では、「反対」ばかりでは無く、現実を観て、原発廃絶を、科学的に実際的に実施出来る政策を国民に浸透させる努力が必要でしょう。 それには、運動体を代理する政治勢力が不在なのが致命的ですので、市民運動として組織し直すと同時に、自前の議員を、選挙で獲得することが当面の課題でしょう。 何時までも、「街頭に出る」だけでは、国家の統治は揺らぐものではありません。 国政は、主権者として投票する行為に依り左右されるのであり、デモその他の直接的行為は、憲法上で定められた「表現の自由」の一定限度を超えると「治安維持」の対象として鎮圧の対象になることはあっても、凡そ国家の統治には影響を与えることは無いのが、近代民主主義国家の定めです。 「解放区」等と、児戯に等しいことをされた「左翼」の真似はしてはいけないのです。

選挙結果の論議は、さて置きまして、安倍政権の最も危険な「リフレ政策」は、他の「右翼」的主張に転環はあっても、首尾一貫しているようで、既に、日銀は、屈服した様子で、年明けに政策協議を開始して、事実上「リフレ政策」を拡張するようです。 これまでの金融緩和策を強化するのには間違いは無いでしょう。

金融緩和策は、世界的な情勢であり、リーマンショック後の経済再生の梃入れとして札束が世界に舞っています。 日本でも、流石に、日銀に依る国債直接買い入れはしてはいませんが、既に、直近の「国債買いオペ」を含め百兆円を超す国債を買い入れているのです。 「アベノミクス」では、「デフレ解消」まで際限の無い国債買い入れを、日銀に要求することになるのですが、ここで安倍自民党に、自国の教訓を考えて欲しい、と思うのです。

唐突ですが、昔、子供の頃の私の趣味に「古銭収集」がありました。 子供のことですから、金銀の古銭は、価格が高くて無理でした。 中心は、銅貨か「藩札」でした。 「藩札」とは、江戸時代に諸藩が金銀銅貨の代替に発行した紙のお金、詰まり、「紙幣」でした。 当時(私の子供時代)は、これが大量にあり、子供でも買えたのです。 後年になり歴史の学習で、江戸時代にも貨幣(金銀)の鋳造替えに依り、貨幣価値が下落し、「藩札」の増刷で「インフレ」になった歴史的事実を知りました。 安倍自民党には、この日本の歴史に学んで欲しい、と思うのです。

「江戸時代の日本では、通貨が不足すると各藩が独自に領内で紙幣(藩札)を発行し、財政難の解消を試みた。しかし藩札は金銀に裏打ちされておらず、各藩の財政をもとに信用創造された紙幣だった。乱発した結果、価値が幕府発行の貨幣に対して著しく低くなり、インフレを招くケースが多く見られた。」として世界の金融緩和に警鐘を鳴らしたロイターの記事は、本年6月のことで、安倍自民党の政権発足前です。 「アベノミクス」実施前に、既に、紙幣で溢れた諸国への危機の指摘をされていたのです。 安倍自民党は、「インフレ」が狙いなのですから、それで良い、とされるでしょうが、問題は、「インフレ」を制御出来ないことです。 1から2%の範囲内のインフレ率に収まるどころか、国債の金利上昇を危惧した銀行を始めとして「売り」に転じれば、財政危機と「ハイパーインフレ」の導火線に火が付くことでしょう。

日銀が、安倍自民党に屈服したことで、地獄の蓋が開いた、のかも知れません。

http://jp.reuters.com/article/idJPTYE85O03T20120625

アングル:量的緩和は江戸時代の藩札制度か、紙幣「紙くず化」も

6/25/2012 ロイター