外国人排斥感情が投票行動に反映されたのか?

参議院選挙の結果を考える

政府・文科省の軽率な判断
つい先日、文科省は博士課程に在籍する学生への生活費支給の対象を「日本人」に限定する方針を発表した。受給者の4割が中国人などの外国籍であることを問題視する意見が自民党議員から出たのを受けての判断だという。今回の選挙で在日外国人の増加を問題視する政党が大きく票を伸ばしたことに危機感をもった一部の議員が動いたらしい。博士課程では、国籍を問わずに優秀な人材が研究に打ち込める環境が提供される必要がある。国籍や性別などによる差別は研究レベルの低下を招き、すでに低下傾向の続く日本の研究能力を一層引き下げるはずだ。

一方でつい最近、政府は優秀な海外研究者の受け入れ態勢を積極的に整えるとしたばかりである。トランプ政権が国内有力大学と中国人留学生に対する攻撃を強めたため、優秀な外国人研究者だけではなく多くのアメリカ人研究者もアメリカを離れている。世界の多くの国がその人材を受け入れようとしているが、この流れを受けて財界などの顔色も窺った政府が出した方針だった。職業柄、文科省の動きは常に観察してきたから、このような右顧左眄振りには驚かないが、このような相矛盾する政策を出すのは、中央官庁として軽率の誹りを免れまい。

外国人排斥の主張が支持されたのか
自民党の一部では、今回の選挙での参政党や保守党が得票数を大幅に伸ばしたことから、国民の間に外国人排斥感情が強まっており、これを掬い上げる必要があると考えている議員がいるようだ。しかし、参政党が「日本人ファースト」なるスローガンを掲げ外国人排斥を訴えたが、その主張に共感して投票した有権者が多かったのかは疑問である。

筆者の住む埼玉県選挙区(定員4名)では、参政党の大津力候補者が最下位で当選した。外国人人口の多い都市で参政党への投票が顕著に多かったのか確認しよう。県内には川口市(全住民の5.3%)、蕨市(同8.5 %)、戸田市(同4.2%)と、東京に近い南部一帯に外国人が相当数居住する。
大津氏の全県得票率は15.4%であった。最も得票率の高かったのは飯能市の22.5%だが、ここでは氏が市議会議員を務めていたことが理由である。次いで高い得票率であったのは川口市(19.6%)、戸田市(19.2%)であった。しかし、蕨市(15.3%)は外国人比率が最も高いにも関わらず全県の数値より若干低い。これらの数字をどう理解すべきか。
川口市は鋳物製造を伝統産業としてきたが、この20~30年間に企業の多くは新しい工業団地などへ移転し、その空き地に高層住宅の建設が続いた。住民の多くは東京などへの通勤者である。川口市の公営住宅などのアジア系の在留外国人の増加には長い歴史があり、かつては旧住民との間の摩擦も多くあったが、近年では大きな問題も聞こえてこない。

また戸田市はかつて倉庫の街として知られていた。東京に近いのだが、鉄道路線がなく生活には不便だったからだ。ところが埼京線が1985年に営業を始めてからじょじょに宅地が拡大するようになった。川口市と同様に新住民が増加してきた経緯がある。蕨市は、全国で一番面積の小さな市として知られ、2市とは異なり、高層住宅の新たな建築が相次ぐような条件はなく、新住民の大量の移住という現象はみられない。「ワラビスタン」などと揶揄されるほど、クルド系を含む多くの在留外国人が平和裏に定着してきた。
これらの事情から考えられる結論として、川口市、戸田市では、おもに近年、移住してきた新住民たちが地域での在留外国人の多いことに違和感を持ち、在留外国人排斥を訴える政党に何となく投票したということではないか、ということである。もともとの住民たちにとっては外国人の姿は日常の一部になっているのだろう。

ヤマハやスズキなどの自動車関連企業の多い浜松を抱える静岡県の場合も同様である。定員2の静岡県選挙区では、国民民主と自民が議席を取り、参政党は3位に入ったものの得票率は17.2%にとどまった。なお立憲民主は候補者を立てなかった。在留外国人のとくに多い浜松市では全人口の約4%に達するが、浜松市での参政党の得票率は19.2%で県全体を2%程度上回ったに過ぎない。
以上のことから、参政党が訴えた外国人排斥の主張は、在留外国人の多い地域で強い支持を受けたわけではないことが明らかである。日常的に外国人と触れ合う機会の多い市民の間では、ほとんど争点になっていなかったのである。では、参政党とは何か、どのような有権者が票を投じたのか。

参政党という新興勢力
参政党の主張の多くは外国人嫌悪(xenophobia)も含め、ほとんどが安倍政権時代に一部の国民が声高に唱えた極右的な主張のパッチワークである。今回の選挙で話題となった外国人ヘイトも少なくない有権者の支持が得られそうだから取り上げただけであろう。簡単なファクトチェックにも耐えられないような虚偽を流し続けた。教育勅語の復活とか核武装などについて真剣に考えたことはないであろう。

なによりも「日本人優先」を唱えながら、「ファースト」という英語を使う。そして、外国人犯罪に日本人が常に怯えざるをえない沖縄の米兵犯罪の問題を取り上げたという話は聞こえてこない。教育勅語は全文を読んでもいないかもしれない。また核武装については、アメリカが許すか、また核不拡散条約からの脱退は北朝鮮が現在受けているような国際社会からの制裁を招き、国際社会から孤立して経済的にも破綻する可能性があるが、それらを論じていない。高校生レベルでも多少賢い生徒には理解できることである。
パッチワークはよほど丁寧に縫製されていなければ、すぐに綻びる。彼らが次回の総選挙あるいは3年後の参議院選挙まで政党として残るかは怪しい。馬糞の川流れのように消滅していくかもしれない。

では何が起きたのか?

政党別得票数 前回比
自民 1,281 ▲545
参政 743 566
国民 762 446
立憲 740 63
維新 438 ▲347
れいわ 388 156
公明 521 ▲97
保守 298 298
共産 287 ▲75
みらい 152 152
社民 122 ▲4
再生 53 -
NHK 68 -
総数 5,919 616

今回の参議院選挙では、投票率が6.46%増という大幅な上昇であった。実数で約616万票であった。そのうえ、自民党の545万票、維新の347万票、公明の97万票、共産の75万票など、「既成政党」から計1000万票以上が逃げたのである。新たに加わった600万票と併せ、じつに1,600万票が「新興政党」などに投票先を求めて動いた。参政党と国民民主党の2党だけで1000万票を増やしている。これも多くは浮動票である。キャッチフレーズがそれぞれ「日本人ファースト」と「所得を増やす」であった。
要するに生活苦にあえぐ有権者の多くが、既成政党は共産党なども含めて「この現状を招いた」政党として避け、新興政党に投票したものと考えられる。とくに参政党の場合、生活不安を抱える中下層の国民の間にある不満の原因を、外国人が優遇され日本人は不当に扱われているからだとする根拠はないが、単純で分かり易い図を示したのが効果的だったのだろう。

このことは、今回の選挙で投票率が著しく上昇した府県の分布からも明らかである。最も大きく上昇したのは石川県で前回の46.4%から58.7%へと12.3%増加した。次いで9.9%増の熊本県であった。両県に共通しているのは地震や大雨の自然災害の被害が甚大で復興が遅々として進んでいないことである。今回、いずれも自民党候補が当選しているが選挙民の目は厳しい。前回2022年の参院選挙でもいずれも自民党が議席を確保し、自民党の得票率が石川県では64.5%、熊本県では62.2%と圧倒的な勝利であった。しかし今回の得票率は、それぞれ38.7%、39.2%と大幅に減らしている。今後。復興のスピードを速めて被災者の生活改善などを進めなければ、次の選挙で自民党は議席を失うかもしれない。
本稿ではここまでとし、既成政党の今後の課題については、回を改めて論じたい。

初出:「リベラル21」2025.08.07より許可を得て転載
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