大空のサムライ

 私は、今まで仕事や勉学、家庭で苦境に陥った折に、手に取る本があります。
 それが、面白いことに精神の安定や一時の気休めにはなる筈も無い、戦記です。
 それも、空戦記。 日本よりも米国で名高い、故坂井三郎氏の空戦記です。
 「大空のサムライ」その他、氏が撮られた写真集があります。 氏は、帝国海軍の零戦搭乗員でした。 一海軍水兵から、艱難辛苦の末に戦闘機搭乗員に為り、零戦で終戦時まで戦い、出撃した戦闘では、全て搭乗機で帰還された方です。 所謂、エース・パイロットとして栄誉に輝く方でした。 
 その著書で、何度読んでも、涙が出る件があります。 ガダルカナル上空で、米海軍のグラマンF4Fと死闘の上げ句、敵パイロットの技量に感銘を受けて、その搭乗員席に照準を合わさずにエンジンを狙い撃墜した後に、米海軍鑑上爆撃機の編隊を戦闘機と観誤り、「合い打ち」覚悟で突入し、強かに銃撃されて頭に重傷を負い、死を覚悟しながら愛機の零戦が海面目指して降下して行く中で、母親に叱咤されて我に帰る瞬間です。 
 母親の幻影に励まされて、銃創を負った頭に三角布を巻き、自身の帰巣本能に従い零戦を操縦しつつラバウル基地まで帰投された氏は、麻酔無しの手術にも耐え、戦線に復帰後も硫黄島上空でグラマンF6F15機の襲撃を受けても決して諦めず、相手パイロットの技量を図る余裕を持ち生環されましたし、脅威的な精神力で戦いつづけながら終戦を迎えられたのです。
 Martin Caidin 、Fred Saito両氏に依る英文出版の“Samurai”では、事実に若干の誤記がありますが、これは、氏の記述には無く、翻訳者に依るものでしょう。 外国での評判が本国を上回る程である著書は珍しいのですが、これは、著者の故坂井氏が、攻撃中に捕捉した民間機を、命令に従わずに見逃し(この事実は著書には無いのですが、当時、坂井氏が見逃した機に乗っていた人が坂井氏と再会したことがあります。)、米海軍機の搭乗員を撃墜する折に、エンジンを狙う等の「サムライ」らしさ、そして母親の幻影に励まされて生環する等の人間らしさが非人間的な帝国軍人のイメージと違い、同じ人間と感じられたからでしょう。
http://www.youtube.com/watch?v=uZxdcqF22Hs&feature=fvwrel
歴史に残る空中戦

 第二次大戦での日本軍は、集団として愚劣極まり無く、高級将校に依る補給を無視した単なる机上での作戦で、悪戯に第一線兵士を過酷な運命に追いやり、また、彼我の戦力差を考えず無謀な攻撃を繰り返し、情報や補給を軽視して神がかりな作戦を無理強いする傲慢極まり無い権威的組織でした。 多くの餓死者が出たインパール作戦で捕虜になった日本軍兵士に対して、英印軍の将校が云ったと云う言葉が云い得て妙です。 彼は、こう云ったのです。 「日本軍兵士は、死をも恐れずに勇敢に闘ったし、下級将校も勇敢であったが、上級将校は、ただ愚劣であった。」と。 従って、私が読む戦記は、下級将校以下の兵士の手に為るものと限定しています。