子どもの「育ち」を応援する政策への基本の転換を ーー子どもの権利条例、実効的な実施の「しくみ」なし

 相模原市の「子どもの権利条例」の実効性が〈あやしい〉と前稿で書きました。条例の存在感が薄いと指摘される現状を調べながら、その理由を充分に確認できないまま、〈あやしい〉とあいまいな書き方をしたのでした。
 しかし、今回は明確に「ほとんど無策の制定後の8年間」として、子どもの権利条例のない自治体の子ども政策の取り組みなどとも比べながら、相模原市の「無策ぶり」を述べたいと思います。その時、子ども政策の基本理念の、「健全育成・子育ての対象」から「子育ちの主体」への子ども観の転換が、大きなカギになると考えます。

◆ほとんど無策の制定後の 8 年間
 この8年間に行われてきた子どもの権利条例(以下、権 利条例)に関する事業は、第 6 章で具体的に規定された 「子どもの権利救済委員」とその事務室(子どもの権利相 談室)の設置、運用と、小学生、中学生と保護者・市民向 けのリーフレットの発行、配布くらいと言わざるを得ません。それ以外の、権利条例の規定の実効的な実行は、“さぼられてきた”と見ていいというのが、正直な実感です。
 子どもの権利相談室は、横浜線矢部駅前の青少年学習 センター(川端啓文所長)内に置かれています。場所としてだけではなく、同センター所管の組織としてです。つまり、 児童相談所のような、局直轄の独立機関ではないのです。
 同センターはこども・若者未来局の外局ですが、同局の行政組織や事務分掌を定めた規則には定めがなく、別の規則で「(局の)こども・若者支援課に属する」とされ、事務分掌として(1)「子ども・若者の育成支援に係る調査研究及び実施」、(2)「子どもの権利擁護に関すること」など 11 項目が規定されています。それで、同局は、「権利条例の所管は青少年学習センターだ」と答えます。子どもの権利に関する担当は、2023年4月に、局のこども・若者支援課から同センターに移籍された2人の職員だけのようです。
 リーフレットは、小4と中1の全員に配布、保護者にも同時に配布するほか、公民館などに配架しています。たまに、さらに欲しいと求める教員もいるそうですが、基本は配りっ ぱなし。作成の担当者が出張授業をするなどの取り組みはなく、授業での活用の積極的な呼びかけもしていません。条例制定の市議会本会議での江成直志議員(当時)の賛成討論で、「パンフレット等による広報にとどまることなく …」と求められたのに、その心配とおりの実情。(ただし、担当職員の責任ではなく、後述するように、組織や業務の在り方、施策の企画・実行の基本姿勢こそが、批判的に問われるべきです。)

◆権利条例のない町田市などでの取り組み
 ユニセフ(国連児童基金)が「子どもにやさしいまちづくり事業」に取り組んでいます。ユニセフによると、「子どもにやさしいまち」とは、「子どもの最善の利益を図るべく、子ども の権利条約に明記された子どもの権利を満たすために積極的に取り組むまち」のことで、自治体が「子どもたちが権利の〈主体〉として発言し参加することで、自分に自信を持ち、社会への参加意識を持てるように」取り組むのを支援する事業。
 町田市は、2021年12月に実践自治体として承認された5市町村の一つ。町田市の担当職員は、「権利条例はないが、もともと子どもの参画に力を入れてきたことが認められて、承認されました」との答え。子ども政策とその姿勢に自信と確信を抱いているように感じられました。権利条例があるかどうかよりも、子ども政策の基本姿勢と実際が肝心、というように。
 同市の参画を基本にした子ども政策の基礎は、2004年に策定した「町田市子どもマスタープラン」。期間10年で、現在は2期目の最終年。権利条例の制定の予定はなく、今年度は「子どもにやさしいまち条例」の制定を目指しています。マスタープランの基本理念は「子どもが自分らしく安心して暮らせるまちをみんなで創り出す」で、子どもを「現在の市民」と捉え「大人中心の暮らしや社会の価値を子どもの視点からも問い直す」とされています。また「基本的な視点」として、(1)一人ひとりの子どもの権利実現の視点、(2)子どもと親がともに成長する視点など4つの視点と、 基本目標Ⅰ「子どもが健やかに育ち、一人ひとりが自分の中に光るものを持っている」など、基本目標3項目を掲げます。この視点(1)と基本目標Ⅰは、「子ども育成・子育て」ではなく「子育ち」が政策の基本であることを示している、と明確な答えが返ってきました。なるほど、マスタープランが、権利条例宣言なのです。
 町田市の子どもセンター(5館)では、イベントなどの企画・運営を自主的に行う子ども委員会が組織されています。あるセンターでは、これまで委員のなり手がいなかったこと はない、と言います。東京都杉並区の児童館(25館)でも、中高生運営委員会が置かれ、自主企画の計画や運営を行っています。同区民は、児童館で育った子どもたちが地域でも活躍している、と言います。どちらも、館の運営にも、積極的に参加し発言しているとのことです。相模原市の施設では、同様の取り組みはありません。

◆実効的な施行への求め・提案には回答もせず
 さて相模原市では、権利条例制定から2年後の4月に、こども・若者未来局が発足しました。前年の2016年に、相模原の教育を考える市民の会(2023年度で活動を閉じた、 以下市民の会)は、それまでのこども青少年課という小さな組織では権利条例の執行は担いきれないからしっかりした組織を、と求めていましたので、ようやく体制が整ったと受 け止めていました。しかし。この局は、権利条例の具体的執行にほとんどノータッチでした。
 今回、改めて行政組織条例などで同局の各部課等の事務分掌を見ると、「健全育成、子育て支援」のベースは不変で、組織が大きくなっただけ。権利条例の担当とされる青少年学習センターも、子どもの権利に関しては「擁護」が主体で、権利の実現のための政策の企画や実行は役割外です。つまり同局には、子どもの権利条例に関する司令塔がないのです。無策なのは、無理がありません。
 市民の会は、権利条例の具体的な実現が進まないため、 2018年から毎年のように、こども・若者未来局と教育委員会に、権利実現のための「しくみ」を作るよう提案・要望をしてきました。項目だけ並べれば、▽子ども政策の基本理念を「子育ち」に転換すること、▽子どもが意見表明しやすい「しくみ」づくりと、そのためのアドボケイト(子どもの声の代弁人)制度などの整備、▽局に、子どもの権利条例担当部長の配置、▽市立学校に、人権の実現推進と人権教育担当の指導主事の配置、▽学校の運営協議会に子どもの代表が参加するように改革を、▽権利条例の全文とわかりやすい解説を載せた冊子を発行し、活用すること(条例公布時に、こども青少年課がまとめた、丁寧な条文解説が残されてれています。)など、多岐にわたります。
 「子どもにやさしいまちづくり事業」への参加も求めましたが、承認され得る実績がないので無理でしたが、これも含めて、提案・要望にはすべて無回答・無反応でした。
最後に一言加えれば、市議会には、自らが定めた条例の現状と施行状況の点検に責任を持つよう、切に望みます。市議会が全会一致で制定した権利条例が泣いています。

初出:「季刊 相模原 市民がつくる総合雑誌 アゴラ」106号(2023秋号)より許可を得て転載

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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