学問の道を歩む―5―

 学問の道は地中海に通じていた2000年夏、2001年夏と、私は連続してマルタ島に出かけてフィールド調査を行なった。そのうち、2年目は、まずイタリアのミラノに立ち寄って、市中のカテドラル(完成まで500年を費やしたあの荘厳なドゥオモ)を始め主としてマリア信仰に関連する文化財を見学した。そのあとマルタ共和国のスリーマ、バレッタなどに滞在して調査を行なった。同島ではすぐさま、前年に調査できなかったイムナイドラ巨石神殿に出向いた。遺跡の外郭において先史マルタの母神をもっともよく象徴する神殿である。ちなみに、これは2001年3月に何者かによって一部破壊された。

 ただし、この年はマルタ共和国のみにかかわってはいられなかった。まずは北アフリカのチュニジア共和国へとぶ。この旅行もマルタでチュニス行きのチケットがとれたという偶然が介在してはいるが、漠然と構想していたものであった。初めてアフリカに降り立つや、イスラムの聖なる女性ファーティマ信仰の足跡を確認するため、サハラ砂漠近く先住ベルベル人の村落マトマタへいく。2泊したあと、引き返して首都チュニスで同国最古のモスクを見学する。さらには、古代地中海海域で各地の女性たちに広く信仰されたディオニューソスの祭儀そのほかを調査するため、チュニス近郊の遺跡都市カルタゴにいく。マルタに引き返すや、今度はギリシアのアテネにとぶ。なにはさておき、パルテノン神殿下のディオニューソス劇場遺跡をアクロポリス丘の上から確認する。詳しい調査は後回しにして、ディオニューソスゆかりの島クレタにとぶ。クノッソス遺跡を訪問しラビュリントスを歩き、ギリシア神話世界のルーツに接する。アテネにもどるやディオニューソス劇場遺跡を再度調査した。それから極めつけとして紀元167年に造られたヘロド・アティクス音楽堂(Odeon Herod Atticus)でエウリピデス作『バッカイ』を観劇した。バッカイとはバッコスつまりディオニューソスを崇拝する女性信徒「バッコスの信女たち」のことである。

 地中海域に母神信仰の足跡をもとめて行なった2度目の旅は、予想以上に多くの成果を得た。その一端を「デーメーテールとディオニューソス」と題する論文にまとめることにした。デーメーテールとはギリシア神話に登場する豊饒の女神・母神であり、ディオニューソスとは上に記したように、古代ギリシア・ローマ社会において女性たちに熱愛された男神である。この二神を代表例にして地中海一帯の母神信仰を社会思想史的・宗教民俗学的に検討するのが、この原稿の執筆目的だった。現在は『儀礼と神観念の起原』(論創社、2005年)に収録されている。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔study530:120708〕