高校無償化の何が問題か
今国会で高校無償化法案が成立しそうである。政権が予算案を通すために日本維新の会の求めに乗った形である。「無償化」自体に悪い響きはないこともあり、大きな声での反対は聞こえてこないが、学校現場の実情を無視した乱暴な政策というしかない。
義務教育が無償である意味
憲法第26条に「義務教育は、これを無償とする」と規定されている。保護者が子どもに学校教育を受けさせる義務を負わせている。すべての国民に健康で文化的生活を営むことを可能とするよう、保護者の所得・財産の多寡とは無関係に無償とするのである。
思い違いをしている人もあるようだが、義務は子どもに課されているのではなく、保護者である。今となっては想像も難しいだろうが、第一次産業中心の社会では、子どもは大切な労働力であった。学校に通わせるよりは子どもを働かせたい親が多かったのである。しかし産業の発展を図る国家にとって、義務教育の徹底は重要な課題であった。
世界的には義務教育期間は4年間程度で始まったが、徐々に延長され、現在では多くの先進国は9年間から10年間程度、つまり中等教育の前半までを義務教育期間としている。それも学年で切るのではなく、文字通り年齢で切るケースが多い。先進諸国では学校制度を7・5制や6・6制など中等教育を一つにまとめている国が多く、中等教育の修了(18歳程度)まで授業料を徴収しない国が多い。
もちろん保護者には子どもを私立学校に通わせる権利が認められるが、公的支援は限られるから多額の授業料が発生する。日本の場合、一般に授業料80万円程度に加えて施設費などの名目で20万円程度が必要になるから年間100万円程度はかかる。これを無償化しろという声はほとんど聞かれない。
高校教育が有償であった理由
日本では戦前の旧制中学校が公私立とも一定額の授業料を徴収し、それが新制高校に移行したため、そのまま授業料が課されることになった。民主党政権が公立高校授業料の無償化を実施するまでは、各府県とも年間10万円あまりの「授業料」を徴収していた。ただ法的には「施設利用料」であった。
私立高校は授業料を徴収したが、「公教育の一環を担っている」との理由で、地方自治体から一定の補助金が支給されてきた。とくに私立高校が多かった東京都では、財政的な余裕があったこともあり、比較的手厚い補助がなされていた。私立高校の扱いに関しては、それぞれの歴史的事情の違いもあり府県によって異なった。
高度経済成長と公立・私立の関係
どの先進諸国でも中等教育の後半は、高等教育(大学)に進む生徒向けの一般教育と職業訓練教育などが並列的に用意される。日本の場合、高度経済成長期、政府の職業高校増設策に基づき公立高校では職業課程の高校が増えていった。しかし一方で国民所得の向上に伴い、とくに大都市圏の大学進学率も上昇し、普通科高校志向も高まった。高校教育のあり様に、さらに混乱をもたらしたのは、1971年~74年生まれの第二次ベビーブーム人口の高校進学であった。
70年代半ばには高校進学率は90%を超え、保護者にとっては子どもを高校に通わせるのは義務として感じられるようになり、受験競争の深刻化が予想された。しかし高度経済成長期、大都市圏の都府県ではいわゆる革新系知事が選出されていたこともあり、ベビーブーム人口に対応するために公立高校の大幅な新増設が進められた。これらの動きは、高校の普通科・職業科比率や公私学校数比率、さらには公私学校の序列にも大きな影響を与えた。
下のグラフの「首都圏」は東京、千葉、埼玉、神奈川の4都県を示している。また「関西圏」は大阪、京都、兵庫の3府県を示している。2000年以降は公立高校の統廃合が進められてきたことがわかる。今後とも少子化の勢いが止まることはなく、公立高校はさらに統廃合が行われることが想定されるが、私立高校の存続も厳しいものとなる。「無償化」は、私立にしてみれば少子化の崖を目前に控えた救いの手になるだろう。

今後の公私関係のあり方
一部には無償化によって公立と私立が競争し、よりよい教育が提供されるようになれば良いではないかと議論する向きもあるが、そう簡単な話ではない。
第一に、私立は生徒募集に大きなアドバンテージが与えられている。私立高校の多くはかつて公立高校の滑り止めとされてきた経緯から、進学相談会と称する受験生とその保護者との事前の個別相談が行われ、中学校の学習成績を提示することによって、試験当日の出来に関わらす、合格の「確約」がなされるという慣行が一般化してきた。
一方の公立高校は教育委員会が設定する2月末ないし3月初めの入試日程でのみ生徒募集が行われる。私立の授業料負担が無くなれば、とくに学力中間層の生徒の間では、私立高校が自分のプライドを満たすブランド力をもっていれば、確約を出された時点で進学を決める傾向が強まるだろう。
第二に、私立高校は経営の自由が認められている。例えば通学バスを手配し、公共交通手段では通えない遠隔地の生徒を集める「努力」をする学校も少なくない。公立高校にはあり得ない話である。また私立高校では、募集段階から学力別のクラス編成を前提として、「効率的」な進学指導体制を組むことにより、「進学実績」をアピールする学校も少なくない。公立高校では、そのようなクラス編成をすることは一般的に避けられる。
第三に、私立高校は制服や独自の学校行事などをアピールする傾向があるが、それらに魅力を感じる受験生にとっては学校選択の理由となりうる。一般に授業料以外の諸費用は私立高校のほうが高額になる傾向があるが、授業料無償化はその負担感を軽減し、より多くの受験生を私立高校に誘導することにつながる。
以上から、授業料の無償化は受験生の私立への流れを強め、公立高校の定員割れを促進する。この数年間の大阪府ですでに明確になりつつあることである。
私立学校の指導・監督体制の必要性
私立学校が公教育の一翼を担っているから公的補助を行うとする論理は、私立大学への補助金にも援用される。大学では国公私立全体の定員の8割が私学である。この私学助成金にはペナルティがある。最近でいえば東京女子医科大学や日本大学の例のように、不祥事を起こし教育機関としてのガバナンスに問題あり、と判断されれば、全額不支給という措置もある。
しかし、高校の「無償化」は、実際には私立高校を運営する学校法人への補助となるのだが、保護者の支払う授業料を国が負担するという法的位置づけとなっている。そのため、私学助成金のようなペナルティは想定されていない。しかし数年前、大阪府の私立高校では億単位の使途不明金が明るみに出たことがあった。有力スポーツ選手の生徒を確保するための裏金として使われたのではないかとの噂があった。その他、いじめ問題なども含めて教育委員会の管轄下にある公立高校に比べれば、私立高校では不祥事が潜在化しやすい。
私立高校が大幅な公的資金の助成を受けるのであれば透明性や責任説明が求められ、より厳しい監督・指導体制の下に置かれるべきである。しかし今回の無償化政策導入に私立高校(学校法人)の監督強化の必要性はまったく議論されなかった。施設費などの名目で集める高額な費用なども監督、指導の対象となるべきである。これらの問題を脇に置いたままの高校授業料無償化は不適切なものと言わざるをえないのである。
初出:「リベラル21」2025.03.14より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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