非常に云いにくいことではありますが、云わねばならない時期に来たと思いますので云います。 それは、「経産省前テントひろば」に集われる方達に対してです。 正確に云えば、経産省の敷地を不法に占用されている方達に対してです。 テントを畳み、不法占用状態を旧に復す必要があると云う事です。
そもそも、こうした直接行動は、最初から取るべきでは無かった、と云わねばなりません。 「原子力発電全廃」を掲げた平和的な市民運動である筈が、過去にあった学生運動の「東大安田講堂占拠」とか、その他諸々の直接行動を目的達成のための手段とされるのは自己矛盾と云わねばならないのです。 私自身が「反原発」の立場にたちつつも、直接行動には批判的にならざるを得ません。 何故かと云いますと、何にもならない、からです。
経産省の敷地を、一部市民が許可無く占拠しテントを張り、集会その他の集まりに使用することは、国民の財産である「公有地」を侵す行為であり、如何なる目的であっても、国民の財産を侵すことは許されません。 経産省がこうした行為を黙認しているのは、恐らく、多くの市民が抗議のために来られているので、厳格な管理を徹底するのに逡巡し、一定の譲歩をしているからに過ぎません。 法に従い、管理権者が敷地の管理を徹底するべく手続を進めれば、公の敷地の不法占用事案として「行政手続法」に依り不法占用者に法定の糾釈明を求めた上で、占用状態を解くように命令し、従わねば「行政代執行法」の定めに従い「代執行」をすることになるでしょう。 後は、昔、良く観た光景が出現するのみです。 警官隊を導入して強制排除し、抵抗すれば逮捕、です。
これで一件落着です。 残るのは、敗残の思いでしょうか。 運動の総括に何かを書いて終わるのでしょうか。 「原発」は残るのに。 こうした運動スタイルは、消耗するばかりで市民権を得られません。 「反対」することに意義がある、とばかりに政府省庁に抗議することを繰り返しても、相手は、そんな個人や集団の扱いには馴れて居るのです。
何処の国にでも官僚制があって、統治機構を運営しているのです。 「官僚」には、個人の価値観は無く(建前上)、主権者に従うのが常です。 近代国家では、代表民主政に依り、主権者を代理する時の政権に従うのが普通ですので、安倍自民党の政策に従い、現在の不法占用を解消するべく、法に従い手続を進めるのは歴然としています。 その前に、進んで不法占用を解くのが上策ではないのでしょうか。
孫子の兵法に云う所の「敵の中に味方を作り、味方の中に敵を作らず」の運動を進められるように祈念いたします。