安倍政権の支持率はなぜ高いのか(4)    ―改憲論争を見て考え込む―

著者: 半澤健市 はんざわけんいち : 元金融機関勤務
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 一つの改憲論争◆を見て、私は考え込んでいる。
それは、有料ネット放送局「デモクラテレビTV」の討論番組(「デモクラTV本会議」、初回放映は2016年8月27日)で、今井一(市民運動家、ジャーナリスト)と孫崎享(元外務官僚、評論家)で交わされた激論であった。

《今井一が「自衛戦争可否を論ぜよ」という真意》
 今井一は何と言ったか。
一つは、「護憲勢力は、自衛隊を戦力として認めるのか。自衛戦争を認めるのか。それを明確にしないと、改憲論者に対抗できない」と言った。護憲派の中にも、自衛権も自衛戦争も認める人(福島瑞穂、辻本清美)から、あらゆる戦争はしないという人(落合恵子、今井一)まで、色々な立場の人がいる。しかも、敗戦直後の新憲法制定時の貴族院でも同種の論争があった。南原繁や野坂参三と幣原喜重郎や吉田茂が論戦をしている。当時の結論は「戦争はすべて自衛と称して開始された」のだとして、自衛権、交戦権は否定された。自衛隊(当初は1950年の警察予備隊)設置から、現在までの違憲状態は解釈改憲の積み重ねによって出来上がっている。集団的自衛権行使容認という解釈改憲のみを違憲とするのは説得力がない。
二つは、国民投票の事前運動についてのルール作りを進めるべきという提案である。現状のまま推移すれば、カネをかけ放題の宣伝が可能となる。さすれば改憲側はマスメディアを独占して改憲PRをやり放題やるだろう。護憲派は、10年前に小森陽一が提起した問題に適切に対応してこなかった。

今井発言の要旨は、国民投票が緊急課題となった今でも、護憲側は問題直視を避けている。改憲に関するリテラシーの強化を怠り、「改憲派三分の二」に敗北感をもち、必要な論議を回避している。これではダメだというのである。

《孫崎享の反論は「安倍派兵こそ緊急課題だ」》
 孫崎享は何と言ったか。
自衛隊が戦力かどうか、自衛戦争は許されるか、は現下の基本的な問題ではない。
安倍政権が、自衛隊を米軍の指揮下で海外に派遣し戦争に参加すること、これが現在の最重要問題である。戦後70年間、内閣法制局の解釈に従ったので、歴代内閣は海外での戦闘を実行できなかった。そのルールが破られるという重大な事態が起こった。これを阻止することが第一である。今井は自衛戦争は必要というが、いま具体的にどんな戦争を想定しているのか。中国が日本に攻めてくるはありえない。その中で、戦力としての自衛隊とか、自衛戦争を認める、などという論議は問題にならない。

二人は感情的になり「エキサイティング」な論争になった。司会の山岡淳一郎(ジャーナリスト)、平井康嗣(週刊金曜日)、横尾和博(文芸評論家)、鈴木哲夫(政治ジャーナリスト)から、両者の共通性、相違性につき意見が出され、今後の課題とすることで、議論は終わった。

《両者の言葉に納得してしまう》
 私が、冒頭で「考え込んでいる」と書いたのは、両者の意見のいずれにも共感するからである。今井一による、現実を踏まえた戦略・戦術論の構築が急務という主張には説得力がある。
共産党の志位和夫は、安倍晋三の対米追随を追及するのには強いが、自党の国防政策について、たとえば田原総一朗に追及されると実に弱い。共産党は、今井のいう「戦力としての自衛隊」、「自衛戦争の正当化」を認めていないからである。考えてもみよ。志位が「太平洋戦争」は「誤った戦争だったのか」と安倍に問うときに、言外に「正しい戦争」を認めているのだ。対日戦勝国(United Nations)は、「正しい戦争」を戦ったのである。

企業戦士だった元同僚との会話では、「戦力としての自衛隊」や「自衛戦争」の正当性は自明の前提である。彼らは、「戦力としての自衛隊」、「自衛戦争」は現実であるのに、いつまでも「九条の原理」が貫徹しているという認識は「欺瞞」だというのである。元企業戦士―一般大衆の多く―と、今井の違いは、改憲派が現実に合わせて憲法を変えようというのに、今井たち護憲派は、憲法に合わせて現実をリセットしようというところである。

一方で、孫崎享のいう日米関係の実態も真実である。居酒屋の「現実主義」は、結局のところ対米追随を認めることになり、外交も指揮権も米国に奪われた自衛隊が、傭兵として世界に展開することになる。年末にも実施されようという南スーダンへ自衛隊PKO派遣はその第一弾である。この場合、「米国の傭兵」と呼ぶのは正確でない。正しくは国連の活動の一端である。しかしこれは安保法制によって初めて認められたのだ。その上、PKOの現場を経験した伊勢崎賢治(東外大教授)によれば、PKOの概念はすっかり変わっている。紛争当事国の第三者として和平維持に努めるのがPKOの任務だった。それが当事者として、紛争当事者の一方と、交戦することが正規の任務となった。戦死者が出るのは必至だという。日本国憲法に「戦死」の概念はない。伊勢崎は、日本の戦争論議は、国連活動の論理と現実からみると、仮想内現実を対象とした議論だという。かくして安倍内閣の支持率は、ますます高いのである。

《デモクラTVのCMではないが》
 ◆今井・孫崎論争は「デモクラTV」の「ウッチーのデモくらジオ(無料)」(2016年9月2日初回放映)のアーカイブでサワリを見ることができる。また上記伊勢崎が出ている『立憲主義シンポジウム―憲法論議におけるメディアの責務』(約3時間・初回放映2016年9月3日)は全編、無料でみられる。ネットテレビ局のCMみたいになったが、一見をお勧めする。(2016/09/06)

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