8月6日は米軍機によって広島に原爆が投下されてから86年にあたる日だった。これを記念して4日から6日にかけ広島市を中心にさまざまな催し があった。2011年、2012年は、2011年の東京電力福島第1原子力発電所の事故を反映して、そこでは「脱原発」が前面に押し出された感が強かった が、今年は総じて、改憲に向けてひた走る安倍政権に対する強い危機感がみなぎっていた、と言ってよい。
<原爆ドーム>2013年8月6日の原爆ドーム
もちろん、今年も「核兵器廃絶」「脱原発」を訴える声は強かった。なぜなら、それをうながす出来事が安倍政権になってから相次いだからだった。
まず、核兵器をめぐる問題でだ。今年4月にジュネーブで開かれたNPT(核不拡散条約)再検討会議第2回準備委員会で、「核兵器の非人道性に関する共同声 明」が発表され、これに約80カ国が賛同した。ところが、「核兵器廃絶」を公言する日本政府はこれに賛同しなかった。「日本の安全保障は米国の『核の傘』 に依存しているから」というのが、その理由だ。こうした安倍政権の姿勢は、「8・6」記念の催しに全国から集まった人たちには「明白な矛盾」と映ったよう で、とくに反核平和を目指す集会では「今こそ、米国の『核の傘』から脱すべきだ」「日本は非核3原則に徹せよ」の声が上がった。
広島市主催の平 和記念式典では、松井一実市長が平和宣言を読み上げたが、その中で、市長は核兵器を「非人道兵器の極みであり『絶対悪』です」と核抑止論を否定し、「ヒロ シマは、日本政府が核兵器廃絶をめざす国々との連携を強化することを求めます」と述べた。国民世論の集約とも言われてきた広島市の平和宣言が、ついに核抑 止論否定にまで到達したことは、日本の核兵器廃絶運動の上で画期的なことといってよい。
<大勢のひとが黙とうをしている写真>平和記念式典には約5万人が参列した
原発をめぐる問題では、安倍政権は前政権(民主党政権)が打ち出した脱原発路線を無視し、原発推進路線に転じた。福島の原発事故は今なお収束しないばかり か、汚染水が海に流出していることも明るみに出た。なのに、安倍政権は原発再稼働と原発の輸出に極めて積極的である。こうした政権の姿勢が、これまで脱原 発運動を進めてきた団体に強い警戒心を呼び起こし、原水禁国民会議系の「被爆68周年原水爆禁止世界大会・広島大会」で採択されたヒロシマアピールには 「原発推進派は原発の再稼働なしには経済発展はないとして再稼働にむけて進んでいます。私たちは核の平和利用というまやかしに騙されることなく全ての原発 の廃炉を求めます」と書き込まれた。
また、日本原水協系の「原水爆禁止2013年世界大会―広島」が採択した「広島からのよびかけ」には「原発の再稼働と輸出に反対し、原発からの脱却と自然エネルギーへの転換を求める運動との連帯をさらに発展させましょう」と書き込まれた。
さて、すでに述べたように、今夏の「8・6」関連行事の特徴は、憲法改定に対する懸念の声が例年になく高かったことだが、それをもたらした契機は参院選直 後からにわかに加速した、安倍政権による改憲への連続的な地ならしだ。まず、参院選で自民が圧勝すると、安倍首相はその直後に訪問したシンガポールやフィ リピンの首脳に改憲や集団的自衛権の行使容認に向けて検討を進めていると伝えた。さらに、現行憲法解釈の見直しに前向きな小松一郎駐フランス大使を新たな 内閣法制局長官に充てる人事を固めた(8日の閣議で決定)。加えて、内閣ナンバー2の麻生太郎副総理兼財務相が憲法改定にからんでドイツのナチス政権を引 き合いに出す発言をし、内外から批判を浴びた。
こうした一連の流れが「8・6」直前の時期に際だったものだから、ヒロシマはこれに敏感に反応したというわけだ。そのいくつかを拾うと――
まず、広島市の平和宣言。そこには、こうあった。「ヒロシマは、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する地であると同時に、人類の進むべき道を示す地 でもあります」。秋葉忠利・前市長時代の平和宣言は毎年、必ず日本国憲法への言及があった。もちろん、憲法擁護の立場からの言及である。が、2011年か らの平和宣言は松井一実・現市長の起草による宣言で、2011年、2012年とも「憲法」の文字はなかった。なのに、今夏は一転して憲法への言及がみられ た。
8月7日付の中国新聞社説は、このことを高く評価し「核兵器を非人道兵器と断じ、『絶対悪』として否定する。そしてヒロシマを『日本国憲法 が掲げる崇高な平和主義を体現する地』と位置付ける。被爆地の長年の思いが凝縮されたといえる」「米戦略に組み込まれつつある現実に加え、憲法9条改正や 集団的自衛権の行使容認に前のめりな(日本政府の)姿勢を思うと、(平和記念式典に臨んだ安倍首相の口から繰り返し決意が聞かれた)核兵器廃絶への本気度 も心配になる。まず首相は松井一実広島市長が読み上げた平和宣言をしっかり受けとめてもらいたい」と書いた。
松井市長をして平和宣言の中で「ヒロシマは、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する地」と言わしめたのは、このまま推移すると平和憲法が改定されるかもしれないという強い危機感であったのではないか。私にはそう思われた。
8月4日に広島市内のグリーンアリーナで開かれた、原水禁国民会議系の「被爆68周年原水爆禁止世界大会・広島大会」開会総会。冒頭、あいさつに立った川 野浩一・原水禁国民会議議長の口から最初に飛び出した言葉は「核兵器」でも「原発」でもなく、「憲法」だった。「戦争で日本国民310万人が犠牲になっ た。それに、日本は東アジアの人々に大変な被害を与えた。こうした多くの人々の犠牲の上に平和憲法がつくられた。それから60数年。日本は平和であった。 このことを忘れてはいけない。ところが、総選挙で民主党と社民党が大敗すると、自民党は集団的自衛権を容認するなど、憲法の拡大解釈を始め、憲法改悪を強 行しようとしている。私たちは、憲法改悪を絶対に許してはいけない」
これも、平和運動関係者の間に広がりつつある危機感の表れ、と私は見た。
また、日本原水協系の「原水爆禁止2013年世界大会―広島」も安倍政権による改憲の動きに強い危機感を示し、「広島からのよびかけ」に「安倍政権が改悪 をねらう日本国憲法第9条には、ヒロシマ・ナガサキをくり返さない不戦の決意がこめられています。憲法を守り生かす運動、沖縄はじめ米軍基地の縮小・撤去 を求める運動、集団的自衛権の行使など日米軍事同盟の強化に反対するたたかいを大きく発展させましょう」とうたった。
これもぜひ報告し ておきたいことだが、今夏の「8・6広島」は、あたかも米国の映画監督、オリバー・ストーン氏に席巻されたかのような様相だった。ストーン監督は昨年、ド キュメンタリー番組『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ』を、米アメリカン大学のピーター・カズニック准教授と共同制作、同名の著書の日本訳 も早川書房から出版した。それらのPRを兼ねてカズニック准教授とともに来日したものだが、2人は、広島市内で開かれた反核平和関係の集会のほとんどに参 加して熱弁を振るい、メディアの取材にも応じた。
私は2カ所で彼らの発言を聴いたが、米国の核軍拡政策と米国の「核の傘」に依存する日本政府の 核政策を鋭く批判し、日本の市民に平和憲法の堅持を呼びかけたのが印象に残った。その一つを紹介しよう。原水禁国民会議系の「被爆68周年原水爆禁止世界 大会・広島大会」閉会総会でのストーン氏の発言である。
「日本は米国の同盟国なので、米国の戦争拡大政策をサポートさせられている。これから先、日本国憲法9条が拡大解釈されるようなことがあれば、日本はもっと米国の戦争をサポートさせられるだろう。9条はそれをさせないための歯止めだ。そのことに目を向けてほしい」
<演壇に数人が座っている写真>左端が講演するオリバー・ストーン監督。その右2人目がピーター・カズニック准教授(8月5日、ゲバントホールで開かれた「8・6ヒロシマ平和のつどい2013」で)
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