宝田明の他界を悼む ―「ゴジラ」と「反戦平和」―

《金融マンの私と東宝の関わり》
 1950年代に、東宝の青春スターとしてデビューし、多様なジャンルで活躍した俳優宝田明(たからだ・あきら)が逝った。2022年3月14日であった。

 東宝と、私が務めていた東洋信託銀行(現「三菱UFJ信託銀行」)との取引関係から私は入場券を購入する機会が多く、東宝ミュージカル、東宝歌舞伎、劇映画をよく観たものである。社内の映画同好会で、東洋信託本社が同居していた日本橋橋畔の野村證券講堂を借りて「二人の息子」(千葉泰樹監督/松山善三脚本・1961年)の上映会を催したことがある。
 宝田が兄役で団地に住むエリートサラリーマンを、加山雄三が弟役で白タクの運転手を演じた。戦後企業社会のスタートの頃の話である。映画は、三世代家族が多かった家族共同体が、経済成長の道行きで変貌してゆくさま示した佳品であった。二人の息子である宝田と加山の新鮮な演技に感動したのを私はよく覚えている。

《宝田明における戦争と平和》
 宝田明は「満州国」(現在中国東北地区)で満鉄勤務の家族として、1934年に生まれ、45年の大東亜戦争敗北で日本本土へ引き揚げた。その途上で彼は自分と近しい人々がソ連軍から、筆に書けない屈辱を受けたのを見た。彼は、チャイコフスキーやトルストイを生んだ「ソ連」を芸術の国として評価できないと語った。

 彼は自らも加害者の一員であった戦争から学んだ「反戦平和」の理念を尊いものとして考えていた。それをテレビや講演で、芸能が話題の席でも話した。自分の反戦平和論にクセがあることを自認していたが、逆にそれは彼の真情をよく訴えるものであった。

《宝田と観客は大衆の誇りである》
 なるほど宝田明は、黒澤明・小津安二郎・溝口健二ら巨匠作品への出演はなく、あっても主役を演ずることはなかった。しかしこの長身でスマートな二枚目は、東宝モダニズムによく似合い、メロドラマ映画やミュージカルの日本化で優れた達成を示した。
 代表作「ゴジラ」の出演者として、「巨獣の姿、伊福部昭のテーマ音楽」と共に、世界の大衆によって記憶されている。

 表現の自由と反戦の思想を、世論を忖度して曖昧にする演技者は、日本に多い。
 しかし、このエンターテイナーは、自分の言葉で「反戦平和」を語った。
 人々はそのことを密かに感じ続けていた。彼の訃報に対して人々は瞬時に反応した。
 「Yahoo!」ニュース訃報欄に一日で750件を超える弔文が寄せられた。俳優と観客の「エンタメ共同体」は生きていたのである。私もその一人である。

宝田明よ 安らかに眠れ!
(2022/03/18)

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

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