実効性があやしい「子どもの権利条例」の現状

◆はじめに
 相模原市が「子どもの権利条例」を制定して8年になります。
 人権文化の咲き香る人権尊重のまちづくりにとって、子どもたちが自分自身の主人公(主権者)として育ち、シティズンシップの担い手となってくれることは、とても大事なことだと言えます。そうした子どもたちが育つ土台となるのが、2015年4月1日に施行された「相模原市子どもの権利条例」のはずです。
 相模原市の本村市政は、2023年度の最大で筆頭の課題として、「(仮称)人権尊重のまちづくり条例」の制定を目指しています。その条例づくりの方向性を示した人権審議会の答申 が、2022年度末に提出されました。画期的、先進的と評価される内容の答申で、具体的な条例にしっかりと生かされることが求められています。制定作業のスタートとして、この答申自体をパンフレットにして、市民が直接手に取って読めるようにしてほしいものです。
 しかし、内容の濃い答申文を読みながら、いくつかの腑に落ちない点に気づかされました。
 まず、相模原市に「子どもの権利条例」があることに、まったく触れていないこと。これは、「子どもの権利条例」が、市政の中で十分に認知されておらず、実効的,具体的に施策に生かされていないことの反映ではないかと、疑念が生じます。実際に、人権審の委員に、権利条例の資料提供や説明などが十分になされた様子はありません。答申が取り上げている市の「人権施策推進指針」では、わずかに権利条例に触れてはいますが、子どもたち自身が権利の実行に取り組む具体的な手立て、仕組みなどは示されていません。(筆者は、2018年の指針案へのパブコメで、権利条例を明記し、実施の推進策を示せ、と意見を述べました。)
 国の法律の欠点を補っている市の「いじめ防止条例」についても、です。いじめ防止の条例では、国の法律が使わなかった「人権」の尊重を明記し、子どもたちの主体的な取り組みに触れ、国の法では罰せられるだけの「いじめた」とされた 子へのケアの必要を定めた、人権尊重の防止条例であることを、市の職員も承知していないのでしょう。
 また、人権についての教育と啓発の重要さに触れながら、もう一歩踏み込んでいるとは思えず、学校教育や社会教育 での教育と学習にも触れていません。いじめは、無視、悪口、排除、差別などヘイト言動の芽を含み、生活的な学習の中で対応力を身に付けていくことが大切で、いじめ防止は人権学習・教育だと言えます。市が行っている教育や啓発の実際は、子どもが参加するいじめ防止フォーラムなどの例はありますが、リーフレットの配布などが主なものです。

◆「子育て支援」を削除して「子どもの権利」の条例を制定
 相模原市子どもの権利条例は、2015年3月20日の市議会本会議で、総員賛成で可決され、4月1日に施行されました。この本会議では、賛成討論が1件だけ。全員賛成なのだから、討論などいらないという空気だったそうです。
 じつは、担当事務局の職員は、反対意見が押し寄せることに強い警戒感を持ち、緊張感を抱いていたように記憶します。実際に例えば広島市などでは、「子どもに権利とはとんでもない」「権利で子どもは育たない」「権利が家庭や学校の秩序の崩壊を促す」「健全育成でいい」「ありのままの自分でいる権利など、奇妙な権利だ」など、市外のネトウヨも含む反対の大騒ぎで、権利条例の制定が断念に追い込まれるという動きがあったのです。いじめ防止法に人権が書き込まれていないのも、こども基本法がこどもの権利基本法でないのも、こども庁に「家庭」がねじ込まれたのも、同様の流れだと言ってもいいでしょう。
 こうした中での、なんとも無風状態での子どもの権利条例の制定でした。
 長年にわたり、子どもの権利条例の制定を訴え続けていた相模原の教育を考える市民の会は、会報『いま、子どもたちのいつところ』21号で、こう書いています。
《「相模原市子どもの権利条例」の制定は、一昨年(2014年)5月に設置された「(仮称)相模原市子育て支援・子ども の権利条例検討委員会」が、半年足らずの検討期間でまとめ上げ、10月16日に市長に答申を提出しました。市長はこの答申をもとに昨年(2015年)3 月に市議会に条例案を提出。 市議会は僅か一会期のみの審議で可決、成立させ、4月1日施行というスピードぶりでした。/国連子どもの権利条約を日 本が批准してから 21年が経過、相模原市が条例制定に向けて庁内で検討を始めてから、10年以上も経っていることを考えると、そのギャップの大きさに驚きますが、ともあれ県を含めて34ある神奈川県内の自治体の中で、川崎に次いで2番目の制定は評価されるところです。/加えて、ともすればいわゆる“健全育成条例”になりがちな中で、「権利保障型」の条例ができたことは、長年、制定を願ってきた市民として大変喜 ばしいことでした。》(「やっと制定された子どもの権利条例を活かそう」篠田房枝)
 「子育て支援・子どもの権利条例」についての審議を求められた検討委員会は、条例の題名(名称)について、「子育て支援」を削除し、「子どもの権利条例」とすることを、委員全員の了承で決めています。つまり、市が考えていた子どもの育成・子育て支援と子どもの権利がセットの条例は、明確に否定されたのです。このことは、条例の施行、実施の在り方、姿勢に反映されるべきことですが、そうなってはいないと思わざるを得ないのが現状ではないでしょうか。

◆条例の執行体制は「子ども育成・子育て支援」のまま
 権利条例が制定されたときの担当(主管)は、健康福祉局こども育成部こども青少年課でした。教育を考える市民の会は、この重要な条例の施行を担うに相応しい部局を設けるべ きだと主張しました。条例の具体的実現はもとより、条例による子どもの権利の救済機関(子どもの権利相談室)、さらには確か児童相談所までが、小さな課の担当でした。
 こども・若者未来局は、2017 年度に新設。機能は「こども・ 若者施策の企画立案」とされ、主な業務として、「少子化や待 機児童対策等への政策立案・調整と、子育て家庭の保健・福祉の一元化に対応する子育て支援センターの各区への設置・運営」などが挙げられていました。つまり、こども育成部の拡大が主で、子どもの権利条例の主管局という役割は、当初から薄かったのでしょう。
 権利条例の第6章で定められた「子どもの権利侵害に関する相談及び救済」と「子どもの権利救済委員の設置」に関しては、「子どもの権利相談室」が開設されています。管轄はこ ども・若者支援課で、同課の出先機関の青少年学習センター内に置かれていますが、市の行政組織図には記載されていません。同相談室の2021年度の報告によると、相談件数は新規69件、継続45件の計114件。このうち、子ども本人からは65件(新規は45件)です。
 条例制定の当初から、「いっしょに考えよう! 子どもの権利のこと」という小学生用と中学生用のリーフレットと、保護者向けの「青少年健全育成啓発リ-フレット」」を発行。小学4年生と中学1年生の全員に配布しています。 条例発効の2015年4月に、当時のこども青少年課は、60ページ近くの丁寧な『相模原市子どもの権利条例 条文解説』を発行しています。せっかくのこの解説は簡易印刷のまま、活かされてはいません。第3条(子どもの権利の保障と尊重)の項では、こう書いています。
《「今を生きている子どもを支援するものとして、自己形成を支援し、エンパワメント(自分自身で問題を解決する力、自立する力)を促進する必要があります」「子どもの権利に対応する義務は、大人による子どもの権利を保障する義務と考えます」》ーー今、しっかりと踏まえたい言葉です。

◆子どもたちが「権利を実行できる」仕組みづくりを
 子どもの権利条例にかかわる現状を見ると、子どもたちが権利の主体として自ら行動し権利を実行することのできる場や機会を設け広げる、具体的で実効的な政策が、見当たらないということです。言い換えれば子どもたちは、人権の教育・啓発の対象、人権を守ってやる対象に置かれているように感じられます。
 条例を総員賛成で可決した市議会本会議での、江成直士議員(当時)のただ一人の賛成討論は、現状への発言のようにも感じられ、全文を再録したい気がしますが、ここではその 一部を紹介します。「……子供の権利について、理念や内容 を知り、学び、意見や実践を交わし、共有していかなければ、子供の権利保障を実現することはできません。パンフレット等 による広報にとどまることなく……特に権利の主体たる子供 の参加と自主的、主体的な運営による子ども会議の取り組 みが重要になると考えます」「……本条例の目的及びその他 の規定の具現化に向かって、必要な施策、事業が着々と推 進されるよう期待し・・・・・・」
 教育を考える市民の会は毎年、条例の具体的で実効的な実現のための、仕組みや制度づくりを求めてきました。例えば、子どもの意見表明権を支える「アドボケイト」制度の導入。 いわば子どもの意見代弁人です。子どもの権利政策を統括する担当部長の設置や学校に子どもの人権を担当の指導主 事教諭の配置、ユニセフが提唱する「子どもにやさしいまちづ くり事業」(CFCI)への参加(町田市が参加しています)などなど。いずれにも、まったくの無回答が続いています。このほか、学校で、学校協議会への子ども代表の参加など、さまざまな参加・参画の機会、仕組みづくりが工夫されていいのではないでしょうか。
 人権尊重のまちづくりを目指す条例の制定をきっかけに、子どもたちはその重要な担い手であることを踏まえ、子どもの権利条例を活かすことを考えたいものです。(注:本稿中の相模原の教育を考える市民の会は、2023年3月で活動を閉じています)

初出:「季刊 相模原 市民がつくる総合雑誌 アゴラ」105号(2023夏号)より許可を得て転載

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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