富裕層と大企業に増税 -仏オランド政権が本格始動-

5月の大統領選挙で当選したフランスのフランソワ・オランド大統領の政権が本格的に始動した。まず7月4日、筆者の後輩である共同通信パリ支局長の軍司泰史記者が送った記事を紹介する。

【パリ共同】フランス政府は4日の閣議で、財政赤字を削減するため、富裕層を対象とする計72億ユーロ(約7200億円)の増税を盛り込んだ補正予算案を決定した。サルコジ前政権が10月からの実施を決めていた付加価値税の引き上げは撤回した。補正予算案によると、富裕層などへの課税強化のほか15億ユーロの支出凍結などにより、2011年で国内総生産(GDP)比5.2%だった財政赤字を今年末までに4・5%までに圧縮する。オランド政権は、欧州連合(EU)が6月末の首脳会議で「成長・雇用協定」を採択したことを受け、これまで留保していたEUの財政規律強化策「財政協定」の批准を推進する方針に転換。同政権は17年の財政均衡を掲げている。

新聞活字大型化のため「記事はなるべく短く」といつもデスクに言われている軍司記者は省いているが、この補正予算は富裕層向けの増税23億ユーロの他に大手銀行、エネルギー企業などを対象に11億ユーロの増税を盛り込んでいる。また仏政府は、サルコジ前政権時代に導入された従業員20人以上の企業に導入された残業代の税金優遇措置を廃止した。これで9億8000万ユーロの税収増が確保される予定だ。また0・1%だった金融取引税を0・2%に引き上げ、1億7000万ユーロの増収を見込んでいる。

19世紀からヨーロッパで育った社会民主主義の嫡子であるフランス社会党を代表するオランド大統領が、まず富裕層と大企業に増税を課すのは当然のことだ。産業革命を経て資本主義が勃興した19世紀、カール・マルクスが指摘したように資本家が労働者の生み出す剰余価値によってますます富み、労働者は資本主義が生みだす便利な商品を買うためにますます貧しくなった。その結果生じた貧富の格差を正視できなかった当時の思想家が生んだのが社会民主主義だ。

マルクスが唱えた労働者階級の決起による資本主義の打倒はなされず、資本家が労働者階級に利潤の一部を分け与えることで、資本主義の悪弊を正そうという考えが生き延びたのである。マルクスの予言に反して、資本主義が最も発達したヨーロッパでプロレタリア革命は成功せず、資本主義後進国のロシアや中国で革命は成ったのは歴史の皮肉と言うべきだろう。

それはそれとして、第2次世界大戦後のヨーロッパでは基本的に社会民主主義路線が貫かれた。資本家や富裕層に課す税金は高く、労働者階級への課税は薄くしようとする考え方だ。第2次大戦後の英国民は大戦勝利を導いたチャーチルの保守党ではなくアトリーの労働党を選んだ。労働党が唱えた「揺りかごから墓場まで」の社会福祉優先政策は1970年代初頭までは持ちこたえた。しかし1979年に登場した「鉄の女」サッチャー首相と「供給サイド重視」を唱えたレーガン米大統領のネオリベ(新自由主義)路線は、1980年代に英国労働党や欧州諸国の社会民主主義政党打ち負かした。

こうした状況下、1994年に英国労働党首になったトニー・ブレアは「New Labour(新しい労働党)」を掲げて政権に就き、ネオリベ路線のジョージ・ブッシュ米政権に追随した。同時にブッシュ路線に追随したのが、ニコラ・サルコジ前仏大統領である。サルコジ政権は残業料への減税を導入して労働者の残業を奨励するなどの労働法制の緩和による経済競争原理を導入し、対米関係の改善を進めた。また移民規制や犯罪対策など治安対策を強化し、同じ保守党のジャック・シラク前政権へのアンチ・テーゼを打ち出した。

しかしサルコジ政権の5年間をフランス市民は肯定しなかった。だからこそサルコジ政策を正すために、正統社会民主主義のオランド大統領を選んだのである。フランス国民はオランド大統領をを選んだだけでなく6月に行われた国民議会総選挙で社会党に絶対多数を与えた。従って今回の補正予算が議会を通過することは間違いない。しかし、しかし、オランド政権もサルコジ政権の間に積み重なった財政赤字の解消に取り組まなければならない。そのためにオランド政権は、経済成長政策と緊縮政策を同時に進めなければならない訳だ。

これこそ目下先進諸国が抱えている共通の課題である。オランド政権は今回の補正予算で、サルコジ政権が決めた付加価値税(消費税に相当)の増税を取りやめた。これと反対にわが国の野田政権は財務省の指南通りに、消費税増税を強行しつつある。世界は今オランド大統領のおかげで、社会民主主義路線が正しいのか「弱肉強食」のネオリベ路線が正しいのかを見定める歴史時代に入った、と言えるのではあるまいか。

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