専門化が将来の展開への枷となる

著者: 藤澤豊 ふじさわゆたか : ビジネス傭兵
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能力も時間も限られているから、何かに注力すれば他がおろそかになる。持ってうまれた才能や努力から総体のキャパは人それぞれだが、すべてを完璧にこなせる人はいない。いくら完璧を期したところで、状況は日々変わるから、今日の完璧が明日には崩れているなんてことが当たり前のように起きる。
職業人として禄を食んでいくには、仕事で必須の知識の習得と業務を遂行するために必要な専門的能力を培わなければならない。いきおい、業務に関係のないことに時間や労力をさいている余裕はなくなってしまう。二十歳のころから仕事を追い回し、追い回された経験から、専門的な知識や能力を追い求めながらも、周辺からその外縁に手をつけずにおいておくのことのリスクをできるかぎり少なくしようとしてきた。あれもこれもできやしないにしても、あれもこれも手をださずに放ってはおけない性分のまま還暦をむかえて一線をしりぞいた。誰もが似たようなことを思っているだろうと思うが、古希も過ぎてあらためて振り返ってみた。

ちきゅう座に投稿した拙稿に目を通した方ならお気づきのように、自分にはこれといった専門分野がない。生まれながらに好奇心だけは人一倍強いが、日常生活や仕事を通して遭遇したことが気になるだけで何の才もない。その好奇心にしても、何で?という疑問から生まれたもので、なんの根拠があるわけでもない。
何で?どうして?という素朴な疑問のようなものが湧き出てくるたびに、知らないできたことに呆れて、知らないでいることが怖くなる。そのせいもあって知らないこと調べてが習慣になってしまった。ただ知ったところで所詮つけ刃、あらためて知ったことがどうしてなのか、どうしてそうなっているのかを自分に説明しようとしても、知ったたばかりのことの背景や歴史的経緯など説明などできるわけもない。説明するために情報を集めては説明を試みるのが生活の大きな部分を占めてきた。さしたる能力も知識もないから、あれこれ情報を集めても、なかなかこういうことなんだと自分を説得できない。人さまの目には、相互に関連のないあちこちにきょろきょろと落ち着かない痴れ者としかみえないだろう。小学校も高学年になれば、多少の自覚もうまれてくる。なんとか抑えなければ思いはしても、身体的にも精神的にもじっとしていられない。言い訳がましいと叱られそうだが、遺伝的欠陥だと思っている。
日常生活だけならまだしも転職でもすれば、きょろきょろも激しくなる。できるだけ早く必須の知識と能力を手にしないと、仕事にならない。中途採用とはいえ、それなりの立場になると知らないからとはいってられない。切った張ったの外資で使い捨ての傭兵のような立場で、小手先の言辞をろうしてその場その場を繕っていたら、遠からずレイオフになる。

アメリカにかぎらずヨーロッパの会社でも職業人としてしっかりした専門分野をもたなければ生き残れない。どうしてもある特定の分野に持てるエネルギーと時間を割かざるをえない。ただ特定の専門分野に集中すれば、それ以外の分野に割く時間が減るのをさけられない。フォン・ノイマンのような途轍もない頭脳をもっていた人たちですら、限られた領域にしか時間をさけなかった。アインシュタインはバイオリンを上手に弾いたらしいが、それで禄を食んだわけではないし、ラグビーやボクシングをやったわけでもない。万能の天才と言われているダ・ヴィンチにしても似たようなもので、特定の領域で天分を発揮したにすぎない。
ましてや科学技術の進化が加速している現代社会において、相互に全く関係のないいくつも領域で人智を越えた活躍をできる人はそうそういない。

例として適切かどうか気にはなるが、生物の進化をみれば分かりやすい。与えられた環境にもっとも適合した生物が大きな繁栄を享受する。ただある特定の環境に最適化しているということは、大きく違う環境への適合は難しいということに他ならない。これは生物だけに言えることではない。社会も政治も経済や技術の専門領域においても似たようなことがいえる。こっちの環境、あっちの環境に……まあまあ適当に適合していれば、環境が大きく変わっても、あるいは違う環境に出て行っても、そこそこ生きのびられる可能性が高い。

従来の科学や技術では想像もできなかった知見や技術が日々登場する今、使い回しの効かない、Versatile(汎用性)ではない能力を磨くことに専念してしまうと、時代の要請が変わったときに、つぶしのきかない人材になってしまう。アナログテレビで世界を制覇した日本のテレビ業界(行政)は、アナログで高品位テレビの開発に途轍もない資金を投じた。その時、世界はデジタル通信―コンピュータ技術の応用に移っていて、今やほとんどの人がスマホというコンピュータを持ち歩く時代になった。アナログテレビの基礎技術に専念していた技術屋の多くは職を失っただけでなく、培った専門的知識を生かせる環境をも失った。似たようなことが世界中で毎日起きている。デジカメはスマホに置き換えられ、紙の新聞もテレビもインターネットに置き換えらようとしている。
似たようなことは金融機関でも起きている。高度成長期からバブル崩壊にいたるまで、日本の金融機関は豊富な国内の資金需要に応えるかたちで成長を遂げていた。資金さえ集めれば融資先には困らないから預金獲得能力の向上に努めてきた。それが時の環境―豊富な資金需要に適応するもっとも効率のよい選択肢だった。ところがバブル崩壊とともに国内の資金需要が収縮したとき、持てる豊富な資金を成長が続いている海外市場で運用する術をもっていなかった。集めれば運用はどうにでもなる市場に適合してきたため、資金の運用ということでは、国際市場での運用に力をいれてきた国際金融機関に太刀打ちできなかった。その結果として(日本の資産の)運用を海外の金融機関に依存せざるをえない状態に追い込まれた。

高専を卒業して入社した日立精機という環境では生き延びられなかった。まったく使い物にならない人材だった。仕事を通して勉強する機会も見つけられなかった。どうしたものかと、ない頭を絞って考えたが、いくら考えても、どうしたらいいのか分からなかった。やれることがわからないから、まあ英語でもやっておくかと、夜の英会話の学校に通い始めまた。まさか英語を武器にして職を転々とするなんて想像もつかなかった。
転職した先の小さな幸せとでもいうのか、ささやかな成功まではいいが、往々にしてその延長線の限界がすけてみえてしまう。どこからみても、先にはつまらない退屈でしょうがないものしか見えない。急激に変化し続ける社会で、似たようなことを十年、二十年とやり続けるか?そんなことしていれば日々のストレスは少ないだろうが、乗るか反るかという緊張感はない。駄目かもしれないという緊張感がないとどうしても日常に埋没してしまう。やばいから生きてる実感がある。疲れるが、それはもう性分としいいようがない。

英語は、あるレベルを越えればVersatileな能力になる。どこにいっても重宝がれるという以上に違う環境に飛び込んでいくときの武器になる。ここでいう英語とは、日常会話のことではない。広範な技術的知識と社会や市場を階層的にそして多次元的にみる分析能力を日本語と英語で駆使する能力のことで、いくつもの修羅場を潜り抜けてきて、はじめて習得できる可能性がある。大学やビジネススクールでは学べるとは思えない。

好奇心に駆られてあちこちに出て行って便利屋としてメシは食ってきた。そこまでは過ぎたことででしかない。過ぎたことで終われないのが性というものだろう。便利屋、いいかえれば、人さまの使いっ走り。そんなもので人生を終えるのか?じょうだんじゃない。なんとかしなきゃって、いい年してどうしたもんかと喘いでいる。
英語ではもう緊張感のきの字もなくなってしまった。緊張感を求めてトルコ語を独習し始めたら、ストレスがあり過ぎてふさぎ込む日多い。でもチャレンジから生まれる緊張感とストレスこそが生きてる実感、人生だろうと思っている。
2024/1/18 初稿
2024/2/29 改版

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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