みなさまへ 松元
小出先生の「たね蒔きジャーナル」9月8日分の転送です。遅くなりましたが、小出先生「事故後半年」のお話に続き、中手聖一さんのお話もありましたので、あわせてお届けします。
小出先生、メルトダウン発表以前の4月につくられた「工程表は意味がない」と、情報を出さずにいい加減なことを言う東電、政府のあからさまな誤魔化しを批判しています。そして、2,3号機の水蒸気爆発の可能性を否定できない、と警告します。
中手聖一さんが紹介する子どもたちの声には、身につまされますし、永岡さん、「福島の地元が人口流出を恐れて避難させないという現実に愕然」としています。
●「小出裕章非公式まとめ」に生の声がアップされています。
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=====以下転送、小出先生のお話=====
永岡です、毎日放送ラジオ「たね蒔きジャーナル」、今日は毎日放送の千葉猛さんの司会、毎日新聞本社論説委員の藤田悟さんの案内で放送されました。小出先生、1週間ぶりの出演です。震災、原発事故半年を振り返られます。私も、このラジオで小出先生のお話を追跡して半年(正確には3月21日以来ですが)ですので感慨深いです。阪神タイガースの快勝でたね蒔きジャーナルを気持ちよく聞きました(阪神ファン以外の人は毎度ながらすみません(笑))。が、台風12号の被害があり、沈痛な思いでも聞きました(この前にFMの音楽番組を聞いていて、3度ほど台風の避難指示情報が流れました)。
原発事故関係のニュース、野田総理、福島にいき、陳謝して、福島の再生に国として力を尽くすと言いました。中間貯蔵施設を福島に作る、野田総理、Jビレッジの自衛隊員を激励、福島原発を視察しました。藤田さん、菅政権では地元の人の政治不信を招き、野田氏、信頼感を取り戻す姿勢で評価できるものの、長期的なエネルギー問題、政権として腰をすえてやって欲しい、菅政権は思いつきでやっていた、もっとしっかりやれとのことでした。口で言うだけでなく、信頼のために行動して欲しいとのことです。藤田さん、今のところは野田氏を信頼できるとのことでした。
岩手県の食肉よりセシウム検出であり、汚染された稲わらを使った恐れのあるもので、出荷停止になり、立ち入り検査です。放射能は検出される、出たものはストップさせる体制をと、という藤田さんの指摘がありました。
福島原発、4月に高濃度の汚染水が出て、1万5千「兆」!ベクレルと分かりました。東電の試算より計算したもので、1年間かけていい量の6万!倍なのです。東電は4700「兆」ベクレルと言っており、1/3の量であったのです。日本原子力機構の数値は、雨に出た量も入っているのです。
玄海原発のやらせ、佐賀県知事の発言が影響したと結論付けられました。古川知事が番組前に九電幹部と会談した結果で、知事の発言がやらせを誘導したのです。知事への批判が出ます。
そして、小出先生のお話、間もなく事故から半年であり、事故をまとめてみると、東電はステップ1を安定的冷却、放射能抑制は終わったと言っており、次は冷温停止の「工程表は意味がない」、4月18日にできて、その時は炉心は半分水につかり、残っているとの前提で作られ、炉心を壊さないようにするのが目玉であったのに、5月12日、1号機に水がない、炉心は融け落ちている、圧力容器の底に炉心が落ち、2800℃、100トンあり、圧力容器に簡単に穴が開き、その下(格納容器)に落ちていると東電は説明しています。冷温停止は、圧力容器が健全で炉心のある場合であり、工程表を作り変えないといけないのです。
1号機85.8℃、2号機は120℃と言うのですが、なぜ圧力容器の温度が上がるかは炉心があるからで、しかし炉心は圧力容器にない、「温度が上がるほうがおかしい」のです。
原子炉の状態、この半年で、小出先生も正確な情報が得られず、「それが原子炉の本質の困難を示す」、火力なら壊れたら直せるが、原子力なら壊れた箇所を見ることすら出来ない、正確に情報がわからない中での闘いなのです。1号機は建屋に入り、水位計を調整できた、しかし、2,3号機は建屋に入れないのです。
2、3号機の使用済みプールからの燃料搬出、建屋に入れず、3号機は猛烈に破壊されている、「使用済みプールから取り出すのには大変、何年もかかる」と言うものです。
半年たち、完全終結したかについては、「何十年、何百年かかる、放射能がとまるまで何ヶ月もかかる」、追い詰められ、その格闘が続いているのです。
藤田さん、状況の悪化する可能性について、最悪は圧力容器内での水蒸気爆発、炉心が元の場所にあり(2,3号機)、冷却に失敗して底に落ちたら水蒸気爆発で圧力容器、格納容器破壊で、大量の放射能放出になり、「その可能性がないと断言できない」のです。水がどこまであるか分からず、原子炉の中の状態がわかるには、計算機解析もあるものの、どこまで正しいか実証できない、データを取れないのです。
データの取れる状況まで行かないといけないのです。
除染、国の責任で除染して、地元の人が帰れるまで2年としており、セシウム134の半減期が2年であり、その通りだが、セシウム134は半分になるものの、セシウム137は30年たたないと減らない、除染は、現在の半分に減らせる、今20ミリシーベルト/年であり、半分でも10ミリ、一般の人の許容の10倍で、そんなところに人を帰していいのか、と言うものなのです。何で国がそんなことをいえるのか不思議、日本は法治国家なのに、国が法律を破っており(年1ミリシーベルトの被爆禁止)、20ミリまで被爆していい、10ミリで帰れるなど、国家が率先して法律を破っているのです。
これが、小出先生の半年の判断です、つまり、半年、何も進歩していないのです。これを、お伝えいたしました。小出先生のお話、次は来週になると思います。
=====中手聖一さんのお話=====
永岡です、たね蒔きジャーナル、続いて、子供たちを放射能から守る福島ネットワークの代表、中手聖一さん、福島の子供たちのお話がありました。6月30日に続いての中手さんの出演です。
夏休みが終わり、福島の子供たち、夏休みはプール、外で遊ぶことが出来ず、自粛であり、反面、夏休みに県外に、全国からサマーキャンプ、6~8万人県外に行きました。
新学期、学校が始まり、つらい日々が続く、夏休みに実質避難を決める人もいて、いなくなった人もいるのです。8/11から4200人県外に避難しています。
関西だと、除染をしていると聞いており、汚染の激しい学校は終えており、状況はいい方向になっています。しかし、除染が終わり、体育、運動会と性急な動きで母親より不安が寄せられています。
子供たち、外での体育制限はあり、しかしマスクは暑いのでないのです。体育、運動会は慎重です。
子供たちに簡易線量計、福島市、始業式に積算線量計が配られ、子供たち、みんな一斉なのでショックはないが、線量計で被爆は減らない、つけないといけないからつけているのです。みんなやると、つけるのですが、被曝線量を計りながら授業は困難、疎開させて欲しいとのことでした。
子供たちの心、どうせ結婚できないとの声もあり、半年たち、あきらめ、疲れが出て、被曝に向き合う疲れは出ているのです、子供も、大人も、なのです。放射能を考えない方向もある、夏休み、思いっきり子供が遊び、改めて自主避難を考えている人も出ています。一時避難した子供たちは、楽しんで帰ってきた、プールに入る、土で遊ぶ、なのですが、福島ではプール、土はダメだからです。
8月に子供たちが霞ヶ関の役人に質問し、子供たち本質的な質問をして、除染を早くやらなかったのか、疎開を早くやらなかったのか、引率した中手さんも、自分が批判されている気持ちになったそうです。そして役人はちゃんと答えず、子供の質問に答えられず、マイクのたらいまわしであったのです。
リスナーより、政府の被曝制限の数字が一転二転している、汚染のないものを食べられているかについて、4月の、子供も20ミリシーベルトは正式に撤回されたものの、新たな対策は始まっていないのです。1ミリを目指すだけで、何も具体策なしなのです。食べ物は全国から届いているものの、ごく一部の人しか手にはいらず、地元、近県ものしか手に入らないのです。ストレス、いつまでストレスを受け続けられるか、目をそらそうとの気持ちもあるのです。
藤田さん、子供は大人より敏感であり、将来を不安に思っているところについて質問があり、それはある、ストレートに表現はしないが、政府に子供の声を届けるなかなかに、将来を不安視するものもありました。
中手さん、子供の疎開も考えており、子供の心を傷つけず疎開させるのは、自主避難のようにばらばらでやるのではなく、サテライト疎開(地域の集団として安全な場所に避難させる)を提案しているのです。
中手さんの主張に、県内では住民の流出が歓迎できず、流出を食い止めたいと、学校・自治体も考えている、しかし県外は大いにやろうじゃないかと、市民団体、動いているのです。放射能災害、目の前で被害は起きない、目先の、住民流出を止めたいとなっているのです。
守るべきは子供であり、子供たちを置いたまま除染してはいけない、子供たちを避難させて除染しないといけないのです。
中手さん、国に、「子供たちを安全なところに集団として疎開させて欲しい」のです。現実は、ダメですが、チェルノブイリも汚染地帯にどんな被害が出たか、福島でも、その被害が出る前に避難させて欲しい、問題はお金と、政府の決断なのです。野田総理に決断して欲しいのです。
中手さんのお話を聞いていて、福島の地元が人口流出を恐れて避難させないという現実に愕然となりました。日本の未来のために、子供たちを守らないといけない、それを、16年前に阪神・淡路大震災にあった私からも願います。以上、お伝えいたしました。