山本太郎の「手紙」雑感

1959年の記憶
皇居からスタートした4頭立ての馬車をめがけて、沿道にいたひとりの少年が投石をする。半世紀以上前の1959年春の「成婚パレード」における一瞬の出来事。当時、映画館で上映されていたニュース映画で、この映像は津津浦浦に伝わった。山本太郎の園遊会で天皇に渡した「手紙」のニュースを聞いて、なぜか場末の映画館で見たこのニュースを思い出した。
この4頭立ての馬車に乗っていたのが、現天皇であり、彼と結婚した正田美智子である。ふたりの結婚は軽井沢のテニスコートでの出会いからであり、非皇族(旧華族)との恋愛結婚と言うことで、マスコミは大々的に報道した。当時、続々と創刊された週刊誌が「テニスコートの恋」の記事を写真付きで掲載して、「ミッチーブーム」に火を付けた。皇室ネタで売り上げ増をはかる、今日まで続いている週刊誌の始まりであった。
投石した少年は、天皇制反対の意志表示のために行動したのではなく、貧困な家庭で育った自己の存在と華やかな世情との隔絶した落差に我慢できなかったのであろう。少年とほぼ同年齢であり地方都市の高校生であった私は、漠然とながらもそう思い、投石少年の怒りと悲しみにそれとなく「同情」した。経済白書が「もはや戦後でない」と謳い、その後松下圭一が「大衆天皇制論」を主張し始めた時代のことである。

後日談と光文社争議団
それから10年後の1969年に光文社闘争の火ぶたが切られた。そのころの光文社の記者のひとりから聞いた話。『女性自身』にコラムに記事を書くため、投石少年のその後を追跡した。
少年の家族は村八分になり、一家離散。少年は流れ流れて池袋でヤクザになっているところまで分かったが、その所在はついに掴めなかったとのこと。
ついでに、光文社闘争について記しておく。光労組(正社員の組合)、記者労組(嘱託)、臨労(臨時雇用者の組合)の3労働組合が共闘して、社員・嘱託・臨時という身分差別の撤廃、賃金差別の是正・大幅ベア、年齢別最賃制の確立等を要求してストライキに突入。ついに親会社の講談社・野間資本が介入。ロックアウト、刑事弾圧、暴力団・労務ゴロの暗躍。これに対して、27の争議団を含む広範な光文社労組支援共闘会議が結成され、梶山季之、五木寛之、野坂昭如、瀬戸内晴海ら150人を超える作家・文化人が3労組支持声明、光文社への執筆拒否が広がる。2414日にわたって、音羽を揺るがし「野間帝国」を追い詰めた3労組は、1976年11月に勝利的に争議の幕を閉じた。
この7年に及ぶ闘争記録は、神戸明、小出忍ら光文社の名うての記者・編集者たちが執筆した『光文社争議団―出版帝国の“無頼派”たち、2414日の記録』(1977年5月、社会評論社刊)に、活写されている。また、この争議の展開過程で、アジア・太平洋戦争において、出版界が天皇制擁護・戦争協力した実態が明らかにされ、その戦争責任が追及されたことも記録されるべきであろう。今日のメデア状況を考察するために。

反天皇制運動連絡の「手紙」について
11月7日の「評論・紹介・意見」欄に反天連の「手紙」めぐる「私たちの見解」が掲載されている。象徴天皇制批判を長きにわたって行ってきた団体だけあって、理路整然としていて説得力のある見解です。
ただ、次の記述には違和感を覚える。園遊会の政治的役割を分析した上で、<こうした場で、天皇に対して「手紙」を渡すという行為は、天皇の権威を前提としたものであり、そのような天皇制の容認です。>
園遊会であれ、政府主導の審議会や公聴会であれ、それに参加・出席するかどうかは、具体的状況を踏まえて柔軟に対応することが、必要なのではないでしょうか。ほとんどインチキくさいそうした会にある目的をもって出席したからといって、そのインチキくさい制度を容認したことになるというのは、短絡的ではないでしょうか。山本太郎が議員として招待されたとき、出席か欠席かの二つにひとつの選択しかない。山本議員はおそらく熟慮した上で、天皇に「手紙」を渡すことを目的に、園遊会に出席するという方法を選択したのであろう。それは権威ある天皇への「直訴」ではない。おそらく「手紙」を渡すことによって生じる世間の波紋を起こしたかったのであろう。
私にとっては、1通の手紙によって、議員や識者、メデア関係者の象徴天皇制に対する見解が改めて露呈されて、大変参考になった。「山本議員の行為は違法ではないが、あの場で手紙を渡すのは非礼である」という見解が意外と多かった。天皇に直接手紙を渡すことが、なぜ非礼なのでしょう。むしろ、一市民からであれ、六〇万票以上の得票で当選した議員からであれ、国民から手紙を受け取った天皇はきちっと返事を書くことが、義務であり人間としての礼であると、私は思う。イギリス王室には少なくともそのような礼はあるようだ。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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