(2022年1月9日)
岸田文雄が、あちらこちらで年頭所感を述べている。この人の物腰には、安倍晋三や菅義偉のようなトゲトゲしさがなく、乱暴も虚勢も感じられない。真面目にものを言っている雰囲気がある。だから、安倍や菅や麻生に辟易してきた国民には新鮮に映り、「あれよりはなんぼかマシではないか」「久しぶりに普通に会話のできる首相登場」という評価が定着しつつあるようだ。
安倍や菅、麻生などの危険性は一見して分かり易い。とりわけ安倍の国政私物化の姿勢は酷かった。これに較べて岸田の危険は分かりにくい。しかし、どうやら岸田流の一見危険に見えないことの危険性を看過し得ないものとして見据えなければならないようだ。
岸田は、今年にはいってからの発言で、改憲に極めて積極的である。憲法改正は「本年の大きなテーマだ」と言ってはばからない。そして何よりも岸田は、施政方針演説で敵基地攻撃能力について言及した初めての首相である。
一昨日(1月7日)の「日米2プラス2」後の共同発表文書でも、日本側が「ミサイルの脅威に対抗する能力を含め、国家防衛に必要なあらゆる選択肢を検討する」と決意表明。この表現について林芳正外相は同日の記者会見で、「いわゆる敵基地攻撃能力も含まれる」ことを明言している。岸田政権の敵基地攻撃能力へのこだわりは相当なものなのだ。
この点について、昨日(1月8日)の赤旗が、《「敵基地攻撃能力」保有の問題点》という、松井芳郎氏(名古屋大学名誉教授・国際法)のインタビュー記事を掲載している。説得力のあるものと思う。
かなりの長文だが、抑止論との関係について述べている最後の部分だけを引用する。
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― 自民党は、「抑止力向上」を「敵基地攻撃」能力の保有の理由としています。
抑止論とは、自国が強固な軍事力を有すれば相手国は自国への攻撃を差し控えるだろうという発想に立つものです。しかし、歴史的経験によれば、こちらが強大な軍事力をもてば、相手国は自国への攻撃を控えるのではなく、より強固な軍事力の建設に向かい、その結果一層の軍拡競争と国際緊張の激化がもたらされたというのが現実です。ましてや、中国についていえば、核軍備を含む強大な軍事力をもっているわけで、日本がこれを「抑止」するに足る軍事力を有することはまったく非現実的です。
抑止論の虚妄は一般的には、ほぼ結論が出ています。1978年の国連第1回軍縮特別総会では、抑止論に対置して、国連の集団安全保障強化と全面軍縮を進めることで平和を維持しようという考え方が示され、米国やソ連を含めて合意されました。ただ、現実の政策はなかなか変わってきませんでした。これをどういうふうに現実化するかということが重大な課題となっていると思います。
― 抑止論に代わる対処政策として、どのようなことが考えられますか。
私は、平和的生存権と戦力の不保持を規定する日本国憲法に基づく平和外交の政策が、一見したところ理想主義にすぎると見えるにもかかわらず、かえって現実的ではないかと思います。
日本はこれまで、日米安保体制を軸として、中国や北朝鮮という近隣諸国を仮想敵国として、それに備えるという政策をとってきました。これが逆に、相手国にとっては大変な脅威となって、相手国の軍事力増強の一つの口実になっています。
しかし、日本が憲法に基づいて平和外交を展開すれば、地域の緊張緩和が進み、これら諸国の軍備増強の口実の一つを除去することができる。現状では、中国などを相手に、紛争案件をめぐる対話はほとんど行われていなのが実態です。
さらに、日本がより広く世界的な規模で平和的生存権の実現を推進する外交政策を展開し、そのような国としての国際的評価が確立すれば、この事実は軍事力をはるかに凌駕する「抑止力」を発揮すると思われます。
憲法に平和的生存権と戦力の不保持を規定する日本は、国民の英知を集めて、この平和外交の具体的な在り方を組み上げていくことこそ必要だと思います。
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私は、双手を挙げてこの見解を支持する。この武力の均衡による「抑止力」を否定した平和外交推進の立場こそが、日本国憲法の理念である。平和外交を基本に据えた安全保障政策を「非現実」「お花畑的思考」と揶揄する向きがあるが、軍事的均衡論に基づく安全保障政策こそ非現実的と言うべきであろう。軍事的均衡論の負のスパイラルの行き着くところは「お花畑」ではなく、戦場に墓標を並べた「墓場」なのだから。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2022.1.9より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=18323
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion11649:220110〕