Ⅰ 緊急事態宣言と108兆円の緊急経済対策
安倍首相は4月7日、緊急事態宣言を発すると同時に、108兆円の緊急経済対策を決定した。その概要は、末尾に載せてある。
(1)新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐためには、ヒトの移動を止め接触を減らすことが必要不可欠である。そのためには「不要不急の外出の自粛」にとどまらず、混雑した通勤や対面型の仕事をできるかぎりストップしなければならない。それは、企業の経済活動の全面的な休止を意味する。経済よりも命を優先するべき時である。
(2)だが、安倍政権は、感染拡大防止と経済活動の維持という相反する目標=「二兎を追う」立場に固執し続けている。感染防止を最優先するのなら、人びとの生活を維持するために最低限必要な分野(医療、食料や日用品の供給、飲食店、交通、電力・ガス・水道、金融、介護など)を除いて経済活動を全面的に一時休止し、代わりに政府が十全な休業補償を行うことが必要になる。
(3)しかし、政府は非常事態宣言を発しながら「外出の自粛」の要請にとどめ、企業への「休業」要請には否定的である。在宅のテレワークの活用が言われているが、朝の通勤ラッシュはいぜんとして続いている。その中途半端な姿勢ゆえに、「過去最大の経済対策」も、経済活動の全面的な休止(休業)に伴う補償は予定されていない。そして、経済対策の中心柱とされた生活支援給付金は、仕組みが分かりにくく支給対象も狭められていて、仕事や収入を失った人びとを支援する措置として欠陥が多すぎる。
(4)安倍政権は、108兆円、GDPの2割、「世界的に見ても最大級の経済対策」(安倍、7日)だと胸を張る。だが、その内実を見ると、財政支出は新しく18.6兆円(財政投融資分や19年度補正予案の未執行分を合わせて合計39.5兆円)であり、「納税や社会保険料の支払い猶予26兆円」(企業負担の先送り)まで入れて、数値を大きく見せかけている。
Ⅱ 見かけ倒しの「過去最大」
1 108.2兆円の経済対策は、数字の上ではリーマン・ショック時の56.8兆円を大きく上回り過去最大である。しかし、その内実に立ち入ってみるとスカスカである。
(1)経済対策の数字には、民間金融機関による特別の融資など民間資金が約42兆円(全体の39%)も含まれる。金融機関の融資に際して政府が利子補給をすれば、その融資全体が事業と見なされる。無利子・無担保で返済期間も長くなるとはいえ、給付金とは違って後から返済を求められる融資の割合が大きい。企業の資金繰り対策については、給付金もあるが、基本は「融資」つまり「借金せよ」ということである。
(2)当初言われていた60兆円を大きく膨らませた要因の1つは、企業の税・社会保険料支払いの猶予分26兆円を加えたことである。これも、当面の救済策となりうるが、1年後には納付せねばならず大きな負担になる。
(3)財政支出は39.5兆円とされているが、実際には19年度補正予算の未執行分9.8兆円および財政投融資約10兆円(金融公庫の融資など)によってかさ上げされている。
(4)したがって、新たな財政支出は、20年度補正予算として16.8兆円、特別会計を合わせても18.6兆円である。これは、リーマン・ショック時の15.4兆円とそれほど変わらない。なお、16.8兆円の財源は、赤字国債14.5兆円、建設国債2.3兆円で賄う。
2 総額108兆円という見かけにもかかわらず、財政支出が新しく20兆円弱にとどまった(その他の財政支出を合わせて39.5兆円)のは、なぜか。108兆円うちの45兆円は企業や個人事業主への金融・資金繰り支援(融資)であり、直接の現金給付が6.5兆円(生活支援金4兆円、減収した中小企業や個人事業主への給付金2.3兆円)に限られたからである。リーマン・ショック時の2兆円(全国民に1人当たり1.2万円)の3倍とはいえ、次に見るように欠陥だらけの現金給付である。
3 緊急経済対策の役割は、感染の拡大防止に力を集中しながら経済活動の低下・休止による生活と雇用、事業継続の危機に対する支援である。にもかかわらず、「緊急支援とⅤ字回復の2段階のフェーズ」を想定し、消費喚起のための割引やクーポン券発行など愚劣な施策を盛り込んでいる。この期に及んでも、経済成長主義の幻想が垣間見える。
Ⅲ 給付されない人が続出する生活支援金
1 緊急経済対策の目玉とされているのが、「コロナ恐慌」によって収入が減った人への生活支援金の給付である。ところが、その給付には、収入が減っても月収が一定水準以下にまで落ちるか、収入減が5割以上にならないと給付されないという制限(事実上の所得制限)が課せられている。給付金を受け取れる条件は、以下のようなものである。
(1)低所得者のケース/2~6月のいずれかの月で世帯主の収入が前年より減り、月収が単身だと10万円以下に、3人家族(扶養親族2人)だと20万円以下にまで落ちこんだ世帯(当初案では、年間所得が住民税非課税の水準以下に落ち込んだ場合とされた)。
*この条件では、アルバイトをしていて1カ月の収入が16万円から11万円に減った単身の人は、収入が激減したにもかかわらず、月収が10万円を上回るために給付されない。しかし、1カ月の収入が5万円も減れば、家賃が払えず生活できなくなるだろう。それでも、支援を受けることができない。
(2)中所得者のケース/同じく世帯主の1カ月の収入が前年より半減し、月収が単身だと20万円、3人家族だと40万円以下にまで減った世帯。
*この条件では、月収42万円(年収500万円)の会社員の収入が20万円減って、月収が40万円以下に落ちても、収入の減り方が半分以上にならないために支給されない。月収が20万円も減れば、住宅ローンを払えないとか、子どもの学費を出せないというぐらいの窮状に陥るだろう。
(3)生活支援金は、収入が減った人は誰でも無条件に自主申告によって一律の金額を受給できるような仕組であるべきだ。ところが、安倍政権の生活支援金制度は、分かりにくく厳しい制限(月収が一定水準以下に減ったり、半減したりする)を付けることによって受給対象から外れる人が続出するにちがいない欠陥品である。
2 中小企業や個人事業主に対する給付も、問題点が多い。
(1)受給の条件は「売り上げが(前年同月比)50%以上減少した」ことだが、売り上げ半減を証明する書類を自ら作成する手続きが煩雑である。そのため申告しない人が増える可能性がある。
(2)企業(法人)は200万円、個人事業主は100万円を上限に減収分の12カ月分が支給される予定だが、金額が小さすぎるという批判がある。これも、生活支援金の給付が不確実なために従業員の人件費の補填まで含めて悩まざるをえないからである。
3 休業手当の受給についても、多くの問題がある。
(1)休業手当が支給されても、これまでの賃金の6割の支払い(補償)にとどまるから、時給の低い労働者は生活できなくなる。ただし、休校に伴う休業に対しては、1人当たり日額上限8330円(フリーランスには4100円)の助成金が出る。
(2)助成金があっても休業手当の支払いを嫌がって解雇したり、支払わずに休ませる企業も少なくない。その一因は、雇用調整助成金の申請には、10種類以上の書類(「休業等実施計画」、「事業活動の状況に関する申出書」、「労使協定書」など)を準備する必要があることである。また、申請から支給まで2カ月もかかる。ドイツでは、2種類の書類の提出だけで済み、申請から15日程度で支給される。
(田村理「日本の雇用調整助成金は支給まで遅すぎる」、『東洋経済オンライン』4月11日)
Ⅳ 有効な生活支援金の仕組みとは
1 海外の生活支援の事例
(1)個人への現金の直接給付
*米国/大人1人1200㌦(13万円)、子ども1人5.5万円を、年収7万5000㌦(825万円)以下の世帯に対して現金給付する。
*韓国/全世帯のうち所得下位7割の1400万世帯(全世帯)に対して、1人世帯は40万ウォン、2人世帯は60万ウォン、3人世帯は80万ウォン,4人以上世帯は100万ウォン(約9万円)を支給する。総額で9兆1000億ウォン(約8000億円)。
*香港/18歳以上の市民に1人当たり1万香港㌦(約14万円)の現金を給付。
*スペイン/月440ユーロ(約5.2万円)の「ベーシック・インカム」導入を検討。
(2)政府による賃金の立て替え払い
*イギリス/雇用を維持した企業に対して、政府が代わって労働者の給与の80%を1月当たり最大2500ポンド(約33万円)まで支払う。当初は除外していたフリーランス(約380万人)も対象にする。
*デンマーク/解雇しない企業に対して、政府が労働者の給与の75~90%を、1カ月当たり最大2万6000クローネ(約42万円)支払う。
2 生活支援金は、仕事を失ったり削減されたりしたことで収入が少しでも減った人すべてに対して、一律の金額をできるだけ迅速に支給されなければならない。
(1)収入が少しでも(例えば1万円でも)減った人は、すべて支給の対象とされる。所得が一定水準(例えば月10万円)以下にまで減ることなどは、条件にすべきではない。
(2)収入が減ったことを証明する書類(給料明細書など)の提出や審査など面倒な手続きを必要とせず、支給までに時間がかからないことが重要である。
(3)「コロナ恐慌」の深刻さは予想を超えていて、経済活動の急激な低下(営業の時間短縮や休業、工場の操業休止など)の影響は、飲食・宿泊、観光、交通などの分野だけではなく全分野に及びつつある。したがって、収入の減少は、非正規労働者や自営業者のみならず、残業の削減や一時帰休なども含めて大多数の就業者に広がっていると考えられる。
(4)収入の減少に対する補償は、休業手当とそれを支える雇用調整助成金の制度などによって行われるはずだが、休業手当は6割の補償にすぎない。また支給する責任を逃れる企業があったり、フリーランスが除外されるなどセーフティネットとして十全に機能していない。
3 そこで、6700万人の就業者全員を対象にして一律に月10~20万円の生活支援金を支給する措置が考えられる。
(1)働いている人のうち実際に収入が減った人がどれくらいの数になるかは、すぐには正確に把握できない。そこで、働いて収入を得ている人※がすべて収入減の影響を受けるという最悪の事態を想定する。
※就業者6724万人、うち雇用者6004万人、自営業主・家族従業者675万人(19年)
(2)1億2600万人の国民全員に一律の生活支援金を給付するという提案もあるが、収入減を補償する給付という趣旨からすれば、収入減が生じないことが明確な15歳以下の子ども(1500万人)、就業していない年金受給者、収入がない専業主婦などは除外される。
(3)すべての就業者に対する一律の現金給付は、「労働によって所得を得る」機会が全面的に失われかねない事態のなかで、労働によらない基本所得の保障というベーシック・インカムの考え方の限定的な適用でもある。
(4)申告なしに一律に給付するから、対象とする就業者のなかには実際に収入が減っていない人びとが多く含まれるであろう。テレワークで働き続けたり100%の休業手当を受給する正社員や正規の公務員などである。収入が減っていないのに生活支援金を受け取った人びとからは、年末調整や確定申告の際に一時所得への課税の形で戻してもらう。
(5)すべての就業者ではなく、米国や韓国のように一定の年収(例えば1000万円)以下の人びとに限って給付するという措置もありうる。しかし所得制限の導入は、線引きの妥当性、前年度の収入証明の手続きなどの問題を引き起こす。また、年収1000万円超の人を除外しても、人数は極めて少ない。
(5)6700万人の就業者すべてに月10~20万円を給付すると、1カ月で6.7~13.4兆円の財政支出が必要になる。これは、政府が1300万世帯を対象に想定している現金給付の総額4兆円を大きく超える金額だが、1929年大恐慌以来とも言われる深刻な経済危機の局面では必要な出費である。
4 この生活支援金の給付は、あくまでも仕事がなくなったり削減されたりしたことで収入が減った人への補償、すなわち生活を防衛するための最低限の措置である。
(1)行政の休業要請によって休業することになった施設や店に対しては、休業補償が行われるべきである。休業補償は、就業者への生活支援金が給付されれば、人件費を除いて事業の継続に必要な固定費(テナント料や光熱費など)に充当される。また、東京都の「感染拡大防止協力金」は1つの店に対して50万円だが、この費用は地方自治体だけに背負わせず政府の財政支出が必要である。
(2)生活支援金の給付は、窮地に陥った人びとの生活を守ることが目的である。消費税減税とセットで消費を喚起し景気回復につなげるといった発想を紛れ込ませるべきではない。
[拙稿「『コロナ・ショック』への経済対策 何が必要か」(20年3月31日)でも、「収入を減らした人すべてに現金をすみやかに支給する」ことを提案したが、経済活動の全面的な休止の必要性とその影響の大きさを考慮すると、支給対象を最大限広げる必要があるとあらためて考えた]。
(20年4月11日記)
緊急経済対策の概要
1 108.2兆円の主な項目
(1)財政支出29.2兆円(補正予算未執行分を除くと11.9兆円)
*収入が減った家計への給付金:4兆円
*事業収入が急減した中小企業や個人事業主への給付金:2.3兆円
*中小企業の資金繰り対策:3.8兆円
*アビガン確保やマスク配布など:1.8兆円
*19年度補正予算の未執行分:9.8兆円
(2)財政投融資約10兆円
*政策金融公庫の危機対応融資や特別融資:9.3兆円
*政策投資銀行の大企業向け出資ファンド:0.2兆円
(3)経済対策に伴って支出される民間資金:42兆円程度
(4)企業の税や社会保険料の支払い猶予:約26兆円
(日経20年4月8日)
2 家計に対する給付金(「生活支援臨時給付金」)
(1)受給の条件
①2~6月のいずれかの月で世帯主の収入が前年より減り、月収が一低水準(単身だと10万万円、扶養親族2人の3人家族だと20万円など)以下にまで落ち込んだ世帯。
※当初案では、年間所得が住民税非課税の水準(単身だと年収100万円以下、3人家族だと年収205万円以下)。
②同じく世帯主の1カ月の収入が前年より半減し、月収が一定水準(単身だと20万円、扶養親族2人の3人家族だと40万円)以下にまで減った世帯。
※当初案では、年間所得が住民税非課税の水準の2倍(単身だと200万円、3人家族だと410万円)以下にまで減った世帯。
(2)金額と対象
*1世帯に30万円
*対象は1300万世帯を想定/全世帯の22.4%
(3)児童手当の上乗せ
*児童手当に子ども1人当たり1万円を上乗せ/1654億円
(日経4月8日、朝日4月11日)
3 中小企業や個人事業主(フリーランスを含む)に対する給付金
(1)受給の条件
*今年1~12月に前年同月比で50%以上収入が減った月があった場合、中小企業に最大200万円、フリーランスを含む個人事業主に最大100万円を給付。
*対象は、約130万の事業者を想定。
(2)生活費に困窮する世帯に対する「無利子」「保証人なし」で貸し付ける特例措置の継続
*休業中の人向けの「緊急小口融資」/最大20万円、最長1年の返済猶予で返済期間は2年以内。
*失業者向けの「総合支援資金」/月20万円(2人以上世帯)以内、最大で3カ月分借りられる。最長1年間の返済猶予で返済期限は10年以内。
(朝日20年4月9日)
4 雇用調整助成金の拡充(8330億円)
(1)従業員を解雇せず休業手当を出した企業に対する助成金の助成率を引き上げる
*中小企業には80%(これまで66%)、大企業には66%(これまで50%)に引き上げる。さらに、1人も解雇しないなどの条件を満たせば、最大で中小企業90%、大企業75%まで引き上げる。
(2)1人当たりの日8330円が上限、フリーランスには4100円が上限。
5 企業への資金繰り対策
(1)政府系金融機関(日本政策金融公庫、商工組合中央金庫)による実質無利子・無担保の融資
*対象は、個人事業主や売上高が前年同月比20%以上減の中小企業。
(2)民間金融機関による実質無利子・無担保の融資
*都道府県の制度融資を活用し、中小企業が銀行や信用金庫から融資を受ける場合、国が3千万円までは利子を補給し、3年間は利子負担をなくす。元本の返済も、最長5年間先延ばしできる。
*対象は、売上高が同じく5%以上減の個人事業主と15%以上減の中小企業。
(3)信用保証協会による借入債務の100%保証
*一般の保証枠とは別に、金融機関からの借り入れ債務を最大100%保証
*対象は、売上高が同じく20%以上減の中小企業
(朝日4月9日、日経4月8日)
6 消費喚起のための支援策(1兆6794億円)
(1)「Go Toキャンペーン」
*観光・飲食・エンターテインメントの事業を支えるために、消費を喚起する支援策を実施する。旅行代金の割引(半額を国が負担、助成額は1人当たり1泊最大2万円)、予約サイト経由の飲食店利用には1人当たり最大千円のクーポン券や2割引きの食事券、イベントやエンタメのチケット購入に代金の2割を国が負担。
(朝日20年4月8日)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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