「今年は亥年、去年は戌年」は子供でも知っている。あちこちから頂く年賀状に、今年はさまざまな猪、去年は犬のデザインが描かれていた。絵心のある人にとって、年賀状を書く楽しみのひとつは毎年変わる12の動物のデザインを考えることにあるようだ。
それはそれとして干支とは十二支、つまり12の動物と十支、つまり甲(コウ きのえ)、乙(オツ きのと)、丙(ヘイ ひのえ)、丁(テイ ひのと)、戊(ボ つちのえ)、己(キ つちのと)、康(コウ かのえ)、辛(シン かのと)、壬(ジン みずのえ)、発(キ みずのと)と、順番を示す10の漢字とを組み合わせたものだ。今年2019年は「己亥(みがい)」の年となる。
「亥」という漢字には「無病息災を願う」意味が込められているというが、実際には亥年には災害や事故が発生する傾向がある。1923年の亥年には関東大震災があったし、1995年の亥年には阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件が発生した。前回の「己亥」つまり60年前の1959年には名古屋を中心に一大被害を及ぼした伊勢湾台風が襲っている。どうか今年は大災害が起こりませんように!
今では「戊辰戦争」(1868年明治維新の戦い)、「辛亥革命」(1911年清朝打倒革命)くらいしか干支による年次を思い起こすことはないが、明治維新後に西暦が導入される前は干支による表記が年次を示す普通の尺度だった。漢字2字で年次が指定できるのは、漢字がわかる人にとっては確かに便利である。
物の本によると、干支は今から3000年ほど前の殷代の中国で発明され、漢代のころから広く使われるようになったとか。中国から徐々に周辺諸国に伝わり、日本、朝鮮、モンゴル、ベトナム、タイ、ビルマ、インド、アラブ世界、ロシア、ベラルーシなどにも広がったとされる。日本には5世紀末までに朝鮮半島の百済を通じて伝わったという。
これだけ広範囲に伝わったのは、漢字さえ知っていればたちどころに年次がわかるという簡便さの賜物だろう。干支は年次だけでなく、時刻や方位を指定するのにも使われた。だから日常生活にとって便利な必需品であったわけだ。また人間になじみのある12種の動物を組み合わせたことも親しみやすさを増したと思われる。
ところが中国では一般的でも国によってはあまり一般的でない動物もある。例えば「亥」は日本では「猪」だが、中国やその他の国では「豚」である。「丑」はどこでも「牛」だが、ベトナムだけでは「水牛」である。「寅」はどこでも「虎」だが、モンゴルだけでは「豹」となる。「卯」は「兎」が一般的だが、タイとベトナムでは「猫」である。「酉」はどこでも「鶏」だが、インドだけでは「ガルーダ」となる。
また明治維新以前の日本では年次だけでなく、日にちにも干支が指定されていた。今日(こんにち)ではすたれてしまったが、昔からの行事の日取りには干支が残っている。例えば「初午」は、2月最初の「午」の日に稲荷神社に参詣する日。「端午の節句」は5月初めの「午」の日で男児の誕生と成長を祝う日―今日では5月5日の「子供の日」。「土用の丑の日」ウナギなど「ウ」のつく食べ物を食べる日。「酉の市」では11月の酉の日に神社に市が立つ―などなど。
干支についてあれこれ書いてみたが、明治以来効用を失ってきた干支は21世紀の日本では自然に消え去るだろう。ただ毎年の年賀状にネズミ、ウシ、トラ、ウサギ、タツ(竜)、ヘビ、ウマ、ヒツジ、サル、ニワトリ、イヌ、イノシシの画が描かれ続けるだろうし、男女を問わず「自分は○○年生まれ」と述べて、つい年齢を告白してしまう?習慣は残るだろう。(了)
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